2002.10.29 version 2.0

東京大気汚染公害裁判の東京地裁判決へのコメント
〜主として東京23区の「面的汚染」について
Comments pm judgement of Tokyo District Court on
Air Pollution Lawsuite of Metropolitan Tokyo
by Teiichi Aoyama
, Environmental Research Inst.

青山貞一
環境総合研究所所長

   
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 東京地裁は、2002年10月29日、国、公団、東京都など幹線道路の設置、管理責任者への国家賠償を認め、大気汚染公害裁判の第一次原告99名のうち7名について、総額7920万円の賠償責任を認める判決を出し、同時に、自動車排ガス(二酸化窒素)と呼吸器疾患などの疾病との間に因果関係があるこをを認めました。

 一方、本裁判で大きなポイントとなっていた、@東京特別区部の「面的汚染」の存在、A自動車メーカーの責任、B排ガスの排出差止めについて判決では一切認めませんでした。

 以下、「面的汚染」問題に限定しコメントします。

 今回の裁判のひとつのポイントは、東京23区に居住する原告99名のうち、幹線道路直近(ここでは50m以内)に居住するだけでなく、50m以遠に居住している原告に対し、裁判所がどういう判断を下すかにありました。

 実際、東京23区では、幹線道路から50m以遠に居住していても、複数の幹線道路、準幹線道路からの累積的な影響を受けます。その場合、二酸化窒素濃度で見た場合、幹線道路の直近に類する地域は多数あることが分っています。その理由は、複数の道路から累積的な影響が一本の幹線道路からの影響に類する、さらに場合によってはそれを上回る可能性があるからです。

 これを私たちはこれを「面的汚染」地域呼んでいます。

原告99名の居住地想定地図
東京23区の平成6年度の二酸化窒素
大気汚染濃度シミュレーション図
左図中、紫色の点が想定居住地を示す。図には23区以外2名(非原告)が含まれている。また左図中、
茶色の道路が12時間交通量で4万台以上の道路を示す。判決は、上記99名のうち、汚染の濃度では
なく、交通量と道路から50m以内に居住する原告7名に対してのみ国家賠償を認めている、

 
実際、東京都庁や特別区役所が設置している二酸化窒素、浮遊粒子状物質など大気汚染の測定局のデータを見ると、幹線道路から50m以上離れたいわゆる住宅地地点でも年平均で環境基準を超過しているところが多数存在します。幹線道路の沿道に設置されているいわゆる自動車排ガス測定局の場合は当然ですが、住宅地に設置されている一般環境大気測定局でも環境基準をこえている地点がたくさんあります。これら幹線道路から50m以遠の地域に居住し、喘息などの呼吸器疾患を煩っている原告への国家賠償が今回の裁判で大きな争点となっていたのです。

 環境総合研究所が調査を実施し、東京地方裁判所に証拠提出した昭和49年→昭和60年→平成2年→平成6年の4年度にわたる東京特別区の広域大気汚染シミュレーション(各年次での現況再現調査)を以下に示します。以下に示すように、今回の東京地裁の判決にある<12時間交通量で4万台以上>の交通量をもつ幹線道路の近傍<50m以内>だけでなく、東京23区の場合、図中黄色から赤で示すように、大部分の地点で環境基準を超えています。また複数の道路からの著しい累積的影響がある地域では<12時間交通量で4万台以上>の幹線道路近傍に匹敵する汚染が存在することが判明していました。

昭和49年から平成6年までの東京23区の二酸化窒素大気汚染の再現シミュレーションは環境総合研究所実施、東京地裁に証拠提出したものの一部です。


 判決では、これらの「面的汚染」、「累積濃度」に触れることなく、12時間交通量で4万台以上、沿道から50m以内に居住する原告に限定し、国、公団などに国家賠償責任を課しました。

 これは世界に類例のない人口、経済集中地のネットワーク状に道路が多数存在し、「累積的影響」や「面的汚染」の存在を無視したものであり、きわめて非科学的なものであると考えます。判決では、汚染の具体的濃度レベルに一切触れることなく、<12時間交通量で4万台以上>、<幹線道路沿道から50m以内>の原告に賠償が認められました。濃度(数値)と無関係に交通量と50m以内について賠償を認めると言う判断は合理性がなく非科学的な判断といわざるを得ません。

 今回の初審判決では、最も自動車排ガスの累積的影響が面的に広がっている都心部に居住する原告や国道1号、国道15号、産業道路、首都高横羽線、東京湾岸道路などが併走する大田区に居住ずる原告20名弱は賠償の対象からはずれています。

 このように、今回の東京地方裁判所の判決は、自動車排ガスと疾病の因果関係を認めるなど評価されるべき点もありますが、原告ひとりひとりが受ける二酸化窒素、浮遊粒子状物質の汚染の暴露量や濃度に一切触れず、従来の幹線道路から50m以内に限定し賠償を認めたこと、排出差止めを一切認めなかったことなど、過去切り開かれてきた司法判断の水準と比較してもきわめて遺憾なものであるといわざるを得ません。