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2018年6月、4度目の会津若松

仏都会津・鳥追観音

青山貞一・池田こみち 
環境総合研究所顧問
掲載月日:2018年7月28日 2020年3月11日第2次公開
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 仏都会津の三霊地、三観音の三つ目は、西会津にある鳥追観音である。

 立木千手観音から鳥追観音がある西会津まではかなりの距離がある。鳥追観音までは19kmあり、約20分かかった。とはいえ、今は車で20分で行けるが、江戸時代などで徒歩では、3-4時間はかかる。その意味で昔の人々は大変だったが、その分、行き着いたときの喜びは格別だったのだろう。

 鳥追観音如法寺
 〒969-4406 福島県耶麻郡西会津町野沢如法寺乙3533 耶麻郡


出典:グーグルマップ

 以下は徒歩の場合にかかる推定時間である。もっぱら、西会津の西は新潟県である。


出典:グーグルマップ

 以前冬に西会津に行ったときは、あたり一面雪だったが、今回は初夏、まるで違う景観になっていた。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

◆2011年12月に西会津に行ったときの雪景色

 途中、下の写真にある阿賀川に架かる鉄橋で見た雪景色は秀逸だった。


福島県西会津近くの阿賀川に架かる鉄橋にて
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8  2011.12.26

 下の写真は西会津近くの阿賀川に架かる鉄橋上で撮影したものだが、これより北西10kmちょっとで新潟県である。


島県西会津近くの阿賀川に架かる鉄橋にて
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8  2011.12.26


 下の写真は新潟県側を写したもの。遠くに雪をかぶった連山が見える。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 そうこうするうちに鳥追観音の到着した。下は3観音共通のデザインの観音告知板である。やはり新潟に近い福島県最西端にある鳥追観音には格別なものを感じる。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 以下は山門。
 

撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 下は池田がやっとのことで撮影した山門の阿吽の仁王像。

 
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900  撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900

 山門には大きなわらじがかかっていた。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

鳥追観音如法寺の概要

 鳥追観音如法寺は、仏都会津の祖・徳一大師が、千二百年前の平安初期大同2年(807)に、会津の西方浄土として御開創なされた屈指の観音霊場であります。

 御本尊鳥追聖観音は、僧行基御作と伝え、衆生を導いてこの世の寿命を全うさせ、あの世は西方浄土の阿弥陀仏の世界へ安楽往生させるという御誓願と、子授け・安産・子育て・厄除け・健康・長寿の広大無辺なご利益から、老若男女の厚い信仰を集めております。

 また、会津ころり三観音の一、会津三十三観音番外別格の結願所として、二世(この世・あの世)の安楽を願い、≪命のふるさと・鳥追観音≫へ参る巡礼者が絶えません。

 さらに、当地西会津は、霊峰飯豊山の南麓に位置し、阿賀川が悠然と流れる山紫水明の里であり、如法寺境内には、樹齢千二百年の高野槙が孤高に聳え立ち、春は桜と若葉、夏は深緑、秋は紅葉、冬は雪景色と四季折々の趣きもまた格別で、まさに≪仏都会津の西方浄土・鳥追観音如法寺≫は、身も心も癒される≪命のふるさと≫と申せます。

 下は鳥追観音如法寺の境内に掲げられていた縁起である。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 下の写真は鳥追観音如法寺の本堂を撮影したものである。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 以下は日本遺産による鳥追観音如法寺の告知案内である。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 以下は本堂内部。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 下はご本尊。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900

 本堂の一角に下の写真のような仏像が多数鎮座していた。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 この時期、境内にはさまざまな花が咲き誇っていた。この白い花はシャクヤク(芍薬)。花は大輪で美しく、観賞用、茶花としても好まれ、また、薬草としても貴重なものである。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 境内には樹齢が相当ある高野槙の木があった。樹齢はなんと、1200年である。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 ※ コウヤマキ(高野槙、高野槇、学名:Sciadopitys verticillata)は、マツ目コウヤマキ科の日本および韓国済州島の固有種。常緑針葉樹で高木となる。別名ホンマキ。コウヤマキ科は1属1種であり、コウヤマキのみを含む。

 下は樹齢1200年余の高野槙の木である。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


◆左甚五郎の彫刻
 「災難より隠れ猿」,「災難より逃れ猿」,「安楽に暮らし猿」


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 鳥追観音如法寺には、貴重な彫刻がある。

 日光東照宮の作品でも有名な左甚五郎が心を込めて刻んだと伝えられる、三匹の猿の彫刻がある。それぞれ「災難より隠れ猿」,「災難より逃れ猿」,「安楽に暮らし猿」のいわれがあり、三匹目の猿は、牡丹の蕾に似せて隠し彫りされている。観音の大慈大悲に祈願してこの三猿を探し得れば、固いつぼみが花開くように幸運が開き「福マサル」といわれている。

 ※ 左 甚五郎(ひだり じんごろう、ひだの じんごろう)
 江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人。落語や講談、松竹新喜劇で有名であり、左甚五郎作と伝えられる作品も各地にある。講談では地元の大工に腕の良さを妬まれて右腕を切り落とされたため、また、左利きであったために左という姓を名乗ったという説もある。日光東照宮の眠り猫をはじめ、甚五郎作といわれる彫り物は全国各地に100ヶ所近くある。しかし、その製作年間は安土桃山時代 - 江戸時代後期まで300年にも及び、出身地もさまざまであるので、左甚五郎とは、一人ではなく各地で腕をふるった工匠たちの代名詞としても使われたようである。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 これは池田が撮影した甚五郎の猿の彫刻!


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900
                                        ↓ここ

撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


 私たちは鳥追観音参拝後、昼食をいただくために西会津の道の駅に向かった。下の写真は道の駅である。ここも2011年12月に来た時とだいぶ変わっていた。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 食事後、当初予定通り、西会津→磐越自動車道→東北自動車道→首都高速と乗り継ぎ無事、夕方に東京にもどった。時間は4時間弱である。


出典:グーグルマップ


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