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第3回 アマルフィ海岸自治体の持続可能性基礎調査 2013-6
A Survey on Sustainability of Costiera Amalfitana Comune

初夏のアマルフィ海岸を行く
 7日目

アトラーニの主な名所旧跡

    青山貞一・池田こみち  2013年6月14日
 独立系メディア E-wave Tokyo  無断転載禁


 2013年アマルフィ海岸現地視察調査報告<125本 全体メニュー>


    
左はアマルフィの位置 アトラーニの紋章  イタリア国旗

■アトラーニの主な名所旧跡

 高架橋をくぐってすぐのところにサン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会とマグダラの聖マリア後悔の協同教会がありました。

 下の地図の★Aのサン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会です。そして次に訪問したのは★Bのマグダラの聖マリア後悔の協同教会です。


空から見たアトラーニ    出典:グーグルアース


●サン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会(Church of San Salvatore de' Birecto)

 10世紀に建てられたこのサン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会は、正方形の正面玄関を持っており、バレル丸天井を持つ3つの身廊に分かれています。

 もともとは西(VIAアルテ・デッラ・ラーナの入り口)に面していましたが、バロック時代に現在のファサードは、クロック、階段と吹き抜けで構築されました。


サン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会  La chiesa di San Salvatore de' Birecto
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


サン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会   La chiesa di San Salvatore de' Birecto
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


Church of San Salvatore de' Birecto
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 アマルフィ共和国時代の宮殿の礼拝堂には、その栄冠とその衰退の歴史が刻まれることとなりました。教会で最も古い部分は、二羽の孔雀等が絵が描かれた12世紀頃の大理石の石板であり、14世紀には墓石として使用されています。
 
 ジュノの神聖孔雀は、よくアマルフィの人やモノによって表されるように、虚栄心とプライドの象徴として多くの東欧の人々から崇められました。孔雀はまた復活の象徴です。

  1087年に作られた青銅の扉を教会に寄贈したのは、その20年前にアマルフィ大聖堂の扉を寄贈した同じ人物である atranese Viarecta パンタレオンであった。ドアはキリスト、聖母マリア、いくつかの聖人の像を含むシーンのタイルに分割されています。それらは現在、サンタマリアマッダレーナ教会に収容されています。


●聖マグダラのマリア愛と哀しみの十字架の協同教会
  (Collegiate Church of St. Mary Magdalene Penitent)

 この教会は国道136号線の高架橋からよく見えます。

 聖マグダラのマリア愛と哀しみの十字架の協同教会(以降、聖マグダラのマリア教会と略)は中世の廃墟となった要塞の上に1274年に設立された教会です。教会は時間をかけ何回も回復を重ねています。 建築物は、1669年に一世紀かけ改修をおこなっています。アトラーニの人口が増加し民間の寄付により1753年に教会はさらに拡大されました。この拡充作業でもともとあった廃墟となった要塞が完全に解体されました。


聖マグダラのマリア愛と哀しみの十字架の協同教会
La cupola e il campanile della Collegiata di Santa Maria Maddalena
出典:Wikipedia


聖マグダラのマリア愛と哀しみの十字架の協同教会   
La cupola e il campanile della Collegiata di Santa Maria Maddalena
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


聖マグダラのマリア愛と哀しみの十字架の協同教会   
La cupola e il campanile della Collegiata di Santa Maria Maddalena
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 最近になってサレルノの建築家、ロレンツォCasalboreが改装を加えています。教会内は2つの翼をもった廊で飾られています。ひとつの翼は天井のタイルで覆われており、もうひとつは平らな屋根を持っています。この教会には、マドンナの羊飼い(1789年の有名な彫刻)、聖トマスの不信(16世紀サレルノアンドレア・サバティーニの作品)があります。

 また礼拝堂には多くの彫像や絵画があります。教会のファサードは、 "アマルフィ海岸で唯一のロココ様式となっています。テラスはチンブローネ別荘のベルヴェデーレとしてサレルノ湾の聖具室を見ることができます。鐘楼は、褐色の凝灰岩で作られておりナポリのマドンナ・デル・カルミネ教会を彷彿とさせます。


聖マグダラのマリア教会と無原罪の御宿りの教会    
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 サン・サルヴァトーレ・デ・ビレクト教会に隣接して、無原罪の御宿りの教会(Church of the Immaculate Conception)があります。この教会では、多くの色をもった大理石でつくられた主祭壇は、中世のものとは対照的に西を向いています。壁に埋め込まれ現在、貯水タンクとして使用されているローマ時代の納骨壺があります。もともとサン・サルヴァトーレ・デ・ベクト教会の青銅の扉はこの教会のためにあつらえたものなのです。


●サンミケーレアルカンジェロ教会(Church of San Michele Arcangelo ("Camposantino"))

 この教会は、アトラーニにある古代の城壁のすぐ外で、ラヴェッロと境を接する北門近くの聖ミカエル城壁の外にあります。

 この教会は、11世紀から12世紀の間に建てられています。この教団は階段を使い上り下りし、上部には鐘楼があります。教会の内部は台形であり、岩石の傾斜壁となっています。教会は1927年まで墓地として使用されていました。

 1656年のペストで多くの市民が死亡した際の墓として使用されました。祭壇はバロック様式で作成され、Cretellaの絵は聖戦士を描いています、これは1930年と日付が記入されています。祭壇の左側にある階段はサンタマリア・オレアリ修道院の礼拝堂に非常に似た小さな礼拝堂につながっています。


●デッロ要塞(見張り台) (Torre dello Ziro)

 この要塞はアトラーニからラヴェッロに車で登るとき、いろいろな角度から探しましたが、撮影することは出来ませんでした。

 デッロ要塞はアマルフィとアトラーニの町を見下ろすアウレオ山(MonteAureo)に位置しており、スカーラに含まれます。要塞が造られた正確な年月は不明ですが、アラゴン王国の記録によれば、15世紀となっています。

 構造は要塞と塔に挟まれたものとなっており、北は別の城と合体化されています。この遺跡は、スカーラやラヴェッロの南側の断崖絶壁にあり、現在でもラヴェッロのチンブローネのテラスからも見ることができます。

 デッロ要塞は、歴史的に刑務所や監獄としても使用され、歴史上有名な人々がここに投獄され餓死したり虐殺されています。

 以下ではグーグルアースの衛星写真を掲載しています。


デッロ要塞(見張り台)の位置 ティラニア海を見渡す高台にある
Source:Google Earth


白い石造りの構造物がデッロ要塞(見張り台)
Source:Google Map


デッロ要塞(見張り台)の位置 ティラニア海を見渡す高台にある
Source:Google Earth


出典:archeochannel, Torre dello Ziro. Costiera amalfitana.
    Vari punti panoramici scendendo / You Tube


●サンタ・マリア・デル・バンドー教会(Church of Santa Maria del Bando)

 この教会はアウレオ山の上に10世紀に建てられました。その後、12世紀と13世紀に復元と改修が間に行われています。教会は小さな聖具室を持つ身廊を持っています。

 祭壇近くにはフレスコ画で聖母子が描かれていおり、左側に絞首刑にされようとしている男が描かれています。教会の建物は白大理石で納骨壺を内部に持っています。


断崖絶壁の真ん中にある白い部分がサンタ・マリア・デル・バンドー教会
出典StockFreeImages.com

 サンタ・マリア・デル・バンドー教会の上から見たアトラーニの町です。


Church of Santa Maria del Bando
右下の白い部分がサンタ・マリア・デル・バンドー教会
出典:archeochannel,  / You Tube


 下は国道136号線沿いにあったイタリア語で「アトラーニ・コムーネへの献身者」と書かれたブロンズ像です。真新しい花が供えてあったので、市民に慕われている方なんだと思います。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


つづく