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伊能忠敬と日蓮の足跡を
たどる千葉の旅
 

多聞寺
(千葉県鴨川市浜荻)

青山貞一 Teiichi Aoyama・池田こみち Komichi Ikeda
Dec. 12, 2018 独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁


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 多聞寺は、以下のブーグルマップにあるように、鴨川市の清澄寺に上ってゆく道の付け根近くの沿岸にありました。背後に光玉山をいただき、海も見え素晴らしい景観のなかに寺がありました。


出典:グーグルマップ

 住所 29905504 千葉県鴨川市浜荻1145


光玉佐山 多聞寺


出典:日蓮宗ポータルサイト


多聞寺の鐘楼
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2018-12-12


◆多聞寺とは  多聞寺Webサイト

 1325年3月開創とされています。一方伝説では、文永元年(1264年)8月、日蓮大聖人鎌倉遊学より故郷小湊へお帰りの途中、浜荻の地にさしかかれた際、美しき童子が大聖人の御前にあらわれ大聖人を当寺に導き、住職に引き合わすとともに姿を消しました。

 不思議に思われた大聖人は、住職に当寺の御本尊を聞くと「毘沙門天である」と大聖人は「毘沙門天−童子に変じてのご供養」と法味をお供えになりました。

 大聖人の教えに感銘を受けた住職は、その夜、土地の郷土 北浦忠吾・忠内兄弟を招き、大聖人に教えを請い、両人と共に改宗し、「南無妙法蓮華経」の音声響く寺院となりました。

 土地の郷土 北浦忠吾・忠内兄弟こそ、日蓮大聖人四大法難の一つ「小松原法難」で、地頭 東條景信の毒刀より大聖人をお救いした方々です。「毘沙門天−童子に変じ大聖人お出迎えの縁」により、毘沙門天の別名『多聞天』の御名を賜り、『多聞寺』と改称しました。



多聞寺の鐘楼
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2018-12-12


出典:日蓮宗ポータルサイト

 以下は「日蓮宗ポータルサイト」からの引用です。

 房総鴨川市、太平洋に面し海の香りただようお寺です。

 文永元年(1264年)8月、宗祖日蓮聖人が鎌倉遊学より故郷小湊へお帰りの途中当地にさしかかられた際、毘沙門天が宗祖の御前に美しき童子となってあらわれ当寺にみちびき、一夜の宿を供養されたという伝説があり、『日蓮聖人お出迎え毘沙門天』と信仰されています。また、毘沙門天は『安房七福神』の一つでもあります。

 “勤め励め大願必ずなる” 「ひたすら祈る姿・おもい」によって大願は成就します。『開運勝利の毘沙門天』の御前にて、心からの祈りをともにささげ、壁に立ち向かう勇気とお力をさずかりましょう。「ともに悩み・ともに学び・ともに祈る」がコンセプトです。普段着でお越しください。


多聞寺の鐘楼
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2018-12-12


多聞寺
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2018-12-12

基本情報
寺院名称 光玉山 多聞寺(たもんじ)
住所 29905504 千葉県鴨川市浜荻1145
電話番号 04-7094-0341
お問い合わせ先 info@tamon-uminotera.com
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