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日テレ取材班の
奥秩父遭難を検証するB
詳細分析

青山貞一
東京都市大学環境情報学部
August 2010
追記 18 August 2011
独立系メディア「今日のコラム」


●特集:奥秩父、滝川上流の遭難事故を検証する
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する @経緯と事故の場所
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する A貴重な現場動画
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する B詳細分析
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する C遭難の原因リスト
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する D尾瀬での経験
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する E3次元シミュレーション

●特集:奥秩父遭難現場視察報告 2010.9.19
青山貞一:秩父再訪を敢行して 日テレ取材班遭難現場調査
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 @現場周辺の状況
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 A遭難事故の再検証
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 B使えない携帯電話(通話・メール・GPS)
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 C3次元想定ルート図
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 DGPSデータによる検証 

■分析


 
下は、Push Happyさんがたどった全行程を携帯用パーソナルGPSのデータから地形図に落としたもの。このルートで囲まれた地域を日テレの取材班が歩いたものと推測できる。


出典:Push Happyさん動画

 下の地図は滝川の沢(支流)からみたPush Happyさんのルートである。ただし、Push Happyさんは釣橋小屋跡で沢登りを終え黒岩尾根の登山道に移っている。

 ★
は日テレ遭難現場である。場所は滝川本流に金山沢が合流する地点の少し上流(南側)である。



Push Happyさんのルート。は日テレ遭難現場
出典:2006年夏 - 奥秩父・滝川水晶谷を参考に筆者が作成







 下はPush Happyさんのルートさんの遡行の終点となった釣橋小屋跡付近。


釣橋小屋跡付近
出典:Push Happyさん動画

 
下は上のルートを3次元で示したもの。以下に遭難現場の渓谷、沢の切り込みが深いものであるかが分かる。


出典:Push Happyさん動画

 
次に、上記のPush Happyさんのルートを朝日新聞の遭難地図に書き入れてみた。

 以下の地図中、
赤い線の実践はPush Happyさんのルート、橙の線の点線は日テレ写真のルートである。いずれも地図中、上から下方向、すなわち北から南に向かって歩いている。


出典:朝日新聞が作成した地図に青山が付け加えている
 
 いうまでもなく、先のビデオから明らかなように、Push Happyさんは、釣橋小屋跡で沢登りを終了し、その後、黒岩登山道まで登り、林道終点から林道に入り、豆焼橋から国道140号線に入り、駐車させていた自動車で山梨県側経由で帰途についている。
 
 それに対し、日テレパーティーは、豆焼橋から林道に入り林道終点から登山道に入った後、滝川の支流に下り、滝川の支流の
×の位置で遭難している。

 林道終点から沢に下りたルートについては先に示したが、以下に想定される代替ルート(AルートあるいはBルート)を再掲する。


 下はグーグルマップの地形図に今回遭難し死亡した2人が林道終点から滝川の沢までたどった推定ルートを示したものである。ルートはAとB二つある。

 
ひとつ目のAルートは、2人は林道終点から黒岩尾根登山道沿いに南下した後、標高1200mの尾根から標高900〜1000mの滝川本流の沢まで約200〜300mを下ったことになる。 このルートの到達点は、当初、ガイドが想定していたルートより500〜700m以上北側になる。

 
出典:グーグルマップより作成

 
ふたつ目のBルートは、ガイドが提案したルートに近いもので、2人は林道終点から黒岩尾根登山道沿いにAよりさらに南下した後、標高1200mの尾根から標高900〜1000mの滝川本流の沢(釣橋小屋跡近く)で、ヘリの墜落現場にほど近い沢まで約200〜300m下ったことになる。 

 
出典:グーグルマップより作成

 AルートとBルートの大きな違いは、Bルートの場合には、おそらくヘリ墜落現場までたどり着いていることである。2人の記者は現地に到着し、ビデオカメラに脱落したヘリの残骸を収録した後、滝川本流で事故にあい、上の図中、青の→のように下流に流され、釣橋小屋跡よりさらに北側の沢まで漂着したことが想定される。

 Push Happyさんは、周到な計画と装備、それに「高巻き」など沢登りのリスクを回避するためのさまざまな知識、ノウハウ、経験、実務をもっていることから、上の赤い線のルーツをそつなく坦々と半日でこなしていたことになる。

 それに対し、日テレの取材班は、当初、ガイドがついていたものの豆焼橋から林道に入り林道終点まで来たが、ガイドの警告もあり、いったん林道終点から豆焼橋に引き返した。そして再度、2人だけで林道に入り林道終点からおそらく登山道に入った後、滝川の支流がある渓谷に下り遭難したこととなる。


 ガイドはマスコミ記者の取材に応え、尾根筋の黒岩登山道を通ることはほとんど問題ないと述べていることからも、問題は日テレの2人が林道終点から黒岩登山道に入り少し南下した。さらに滝川の支流の沢がある渓谷に下りた以降、すなわちAルートあるいはBルートで沢に下りた後、滝川支流の沢登りの途中で事故にあったことは間違いないところである。

 遺体発見時、2人はTシャツとジャージー姿であったとされている。沢登り用の靴は履いていたようだが、そもそもヘルメットがない。果たしてロープ、ハーケン、ザイルをもっていたのか? 

 沢登りではPush Happyさんのビデオにあるように、胸まで水に浸かる可能性がある。しかも夏でも水温が10度前後と低い可能性もある。低体温症にかかる可能性もある。

低体温症
 恒温動物の体温が、通常より下がっている場合に発生する。軽度であれば自律神経の働きにより自力で回復するが、重度の場合や自律神経の働きが損なわれている場合は、死に至る事もある症状である。これらは生きている限り、常に体内で発生している生化学的な各種反応が、温度変化により、通常通りに起こらない事に起因する。

中程度の症状場合の対応例
 運動させたりすると、心臓に冷たい血液が戻って、心臓が異常を起こす事もあるので、出来るだけ安静に努める。急激に体の表面を暖めるとショック状態に陥る事があるので、みだりに暖めない。比較的穏やかに暖める事は可能であるが、裸で抱き合うと、体の表面を圧迫して余計な血流を心臓に送り込んで負担を掛けるので避けるべきである。同様の理由で手足のマッサージも行ってはいけない。とにかく安静にする必要があるので、風雨を避けられる場所に移動するにも、濡れた衣服を着替えさせるにも、介助者がしてやるようにし、出来るだけ当人には運動させないようにする。心室細動により非常に苦しむ事も在るが、心臓停止状態以外では、胸骨圧迫も危険であるため、してはならない。

出典:Wikipedia

 なお、県警幹部は日テレ社員2人が亡くなった原因として「流された時の傷と考えても矛盾はない。(別々に流れても)水の流れで遺体が自然に並ぶことは考え得る」と話いる。 2人が入山していた31日午後は、現地で2時間で43ミリの豪雨があり、川が増水した可能性も大いに考えられる。

 また県警の同幹部は「滝つぼに落ちた可能性も否定できない」としている。県警は3日、現場を訪れて遭難するまでのルートを調べ、遺留品を捜す予定としている。

 となると、普段でも滝川本流では以下の写真にあるようにかなりの水量があるのだから、7月31日の午後、現地で2時間で43ミリの雨が降っていたとすれば水量は間違いなく増加していたに違いない。

 もしそうだとすると、最初に事故が起きた地点がかなり上流であっても、水流により遭難地点まで流された可能性も否定できない。


膝から胸まで冷水に浸かる可能性もある
出典:Push Happyさん動画

 ちなみに2010年7月18日、私たちは白根山系の白砂川、浅間山系の吾妻川流域で水質調査を行ったが、前日夜から当日早朝まで降り続いた降雨により、各河川と支流の水位はかなり上昇しており、濁流化していた。

 これは滝川本流にあっても流断面がV字型となっている個所では顕著となったにちがいない。


最低限の装備もなかったのではないか?
 出典:Push Happyさん動画

 さらに問題は、装備だけでない。

 詳しくは後述するが、具体的にいえば、Push Happyさんのビデオに何度となくでてくる激しい流れや滝がある場所では、「高巻き」と言って、敢えて沢登りは避け、地上を遠巻きに上る手法がとられている。
 
 「高巻き」は専門的には滝など難所を、水線沿いに突破せずに左右から迂回することを意味する。

 「高巻く」と動詞の形でも用い、「巻き」「巻く」と略されることも多い。実際、Push Happyさんはビデオの中で声を出して、この「高巻き」に言及している。



「高巻き」するPush Happyさん
出典:Push Happyさん動画

 理論的にも実務的にも、沢登りは登山よりもはるかに難易度が上である。

 さらに装備もかなり専用のものが必要となる。日テレのカメラマンはアラスカやチベットの山岳を登山した経験を持っているらしいが、実はここに落とし穴があったのではないか?


 あえて言えば、高度な沢登りは技術的にはロッククライミング(登攀)に属する。

 沢登りをロッククライミングと比較すれば、岩壁を登り続ける訳ではなく、また、登攀具の必要な滝の場合でも、その左右に巻き道が存在する場合が多く、体力と技術にあわせたルートをとることができるという利点がある。だが、水の流れる沢や滝を登る性質から、ロッククライミング技術とは異なり一つの分野を形成している。

 その意味で多様な場面で臨機応変な対応能力も問われ、沢登りでは充分な足回りを確保する必要がある。これはとくに同じ川でも上流に行けば行くほど重要なものとなる。

 ところで沢登りの専門家がこの奥秩父の滝川水系の沢登りの難易度をどう評価しているだろうか? 下の表はその一例である。以下の表は下記川水系の沢名毎の評価である。 表を見ると、今回、日テレ社員が遭難した地域は初級から上級が入り乱れ、結果的に難易度が非常に高いことが分かる。

 地元の沢登りのプロが中級から上級をつけている沢を沢登りの経験に乏しい、しかもテレビカメラを持った軽装の取材者がいきなり踏破できるはずはないだろう。

つづく


参考:奥秩父 滝川水系の沢登り難易度

出典:沢登り専門学校、渓友塾 

沢 名 特    徴 難易度 個人的
満足度
平水 増水
本流 非常に水量の多い沢だが、豆焼沢との出合までは国道140号線雁坂トンネル工事により昔の面影は全くない。豆焼沢との出合からはトンネル工事の影響で水量が少なくなったが、深い谷床に大釜を連続してもち、水流にドップリと浸かりながらの水線遡行を十分に楽しめる盛夏向きの沢だ。三本桂沢途の出合を過ぎると大きな釜を持った滝が連続し、ところどころ難しい登攀を強いられる。特に、ブドウ沢出合下の滝場は残置ハーケンに頼ってのトラバースとなる。古礼沢と水晶谷との出合まで延々とゴルジュが続く、気の抜けない沢だ。この流域はトンネル工事前に足げく通った思い出の多い流域だ。 中級 上級 ★★★
水晶谷 トンネル工事が始まる前に遡行したので、今と様子が大分異なるようだ。現在は、水をトンネルに取られて、水量がほとんど少なくなったようだ。 中級 中級 ★★★
古礼沢 ナメの非常にきれいな沢だが、ここは昔から源流部からの土石が入り、沢自体は荒れた沢の印象がする。ほとんどの滝が登れ、ヤブこぎなしに登山道に上がれる。 中級 中級 ★★★
ブドウ沢 地形図にはがけ記号が延々と続き、難しそうな沢だが、実際はただのガレ沢。入渓するとがっかりする。出合までの本流遡行と出合の滝場がポイント、あとはガレた沢筋が源頭部まで延々と続く。 初級 初級
槙ノ沢 本流の出合からはしばらく明るく開けた河原が続くが、最初の滝場からは小滝が続くようになる。八百谷出合上の滝場を越えると倒木が沢筋を埋めるようになり、ゴーロの沢床と倒木に悩まされるが、上部は一面苔で覆われた沢筋となり、深山幽谷の雰囲気を味わえる沢だ。 中級 中級 ★★
槙ノ沢八百谷 中流部の伐採用の作業員小屋跡付近を除けば、出合から源頭近くまで多くの滝を懸け、非常に楽しめる沢だが、下山路の選択が難しい。滝川右岸の枝沢の遡下降は、本流右岸の山道を利用していたが、現在この道は曲沢を越える廃道寸前の道となり、金山沢からは全く廃道となってしまった。釣り橋小屋からの道も今はない。 中級 中級 ★★★
金山沢 薄暗い沢だが、山道までのゴルジュはなかなか楽しい遡行ができる。山道から上は、昔の伐採の影響が残るが、小滝が続き、苔むした沢筋で、奥秩父の沢登り入門ルートとしてはなかなか楽しめる沢だ。ここに入るのには、以前は本流右岸の山道を使っていたが、今は、豆焼橋を越えた先にある雁坂峠の登山道から釣り橋小屋への山道を使い、金山沢出合に伸びる尾根から短時間で金山沢の出合に出れる。 初級 初級 ★★
曲沢 大きな滝もなく、小滝の続く沢だが、下山路を和名倉山にとると難しくなる。 初級 初級
豆焼沢 滝川流域の沢の中だけでなく、荒川水系の沢の中でも名渓中の名渓といわれるほどきれいな沢で、名瀑といわれる滝が多く懸り、遡行の困難さでも奥秩父有数の沢だ。ただ、雁坂トンネルの工事により、ゴゼ滝はなくなり、ホチの滝も滝上に有料道路の橋が架かり、トンルネの水を吐き出す水路があって以前の面影はないが、トオ滝、大滝、上流のスダレ状の滝は健在だ。ホチの滝上の滝場の通過が難しいので、ほとんどが出合の丘駐車場から山道を使ってトオの滝上部から入渓するようだ。 中級 上級 ★★★