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短訪 平林寺 伽藍1

青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda

May 15 & December 29, 2015
Independent Media E-wave Tokyo
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◆平林寺の概要  出典:Wikipeida

 平林寺(へいりんじ)は、埼玉県新座市野火止にある臨済宗妙心寺派の寺院です。

 山号は金鳳山といいます。修行道場として僧堂が設置されています。境内林は、武蔵野の面影を残す雑木林として、昭和43年(1968年)に国の天然記念物に指定されています。

◆歴史

 永和元年(1375年)、現在のさいたま市岩槻区に創建されました。開山は石室善玖(せきしつぜんきゅう)、開基は大田備州沙弥・蘊沢(うんたく)です。

 当初は臨済宗建長寺派、大徳寺派を経て妙心寺派の寺院となりましたた。

 なお、蘊沢は、岩槻城主・太田道真(道灌の父)と同一視されることがありますが、道真は平林寺創建の時点ではまだ生まれていません。

 寛文3年(1663年) 川越藩主・松平信綱の遺志をうけて、子の輝綱が菩提寺として野火止に移転しました。

 享保3年(1718年)、高玄岱が戴渓堂を建立し、独立性易の持仏を祀り、独立の碑文を書しました。

 平成21年(2009年)11月26日、今上天皇・皇后夫妻が訪問しました。なお、昭和52年(1977年)以来(皇太子時代)の再訪です。


◆境内の文化財など

 平林寺境内林(国の天然記念物)
 平林寺林泉境内(埼玉県指定名勝)

 総門(埼玉県指定有形文化財)
 山門(埼玉県指定有形文化財)
 木造、茅葺、寛文4年(1664年)建立。上層に十六羅漢像を安置する。

 仏殿(埼玉県指定有形文化財)
 中門(埼玉県指定有形文化財)

 戴渓堂
 独立性易(どくりゅうしょうえき)の坐像と独立の念持仏の観音像を安置する。
 半僧坊

 松平信綱夫妻墓(埼玉県指定史跡)
 信綱夫妻墓のほか、大河内松平家歴代の墓もある

 安松金右衛門墓、小畠助左衛門墓
 野火止用水開削の功労者

 島原の乱戦没者供養塔

 増田長盛墓
 松永安左エ門墓

 平林寺文書22通(埼玉県指定有形文化財)


◆平林寺の主な伽藍
 (出典:説明文は平林寺の公式Web、写真は青山貞一、池田こみち)

 平林寺の総門に立つと、まず目に入るのが一直線に並ぶ禅宋様式の伽藍の美しさ。きらびやかさはありません。修行の寺らしい、いかにも武蔵野の禅寺という風情がそこにあります。

 平林寺の伽藍は野火止めに移転後、時代とともに変化しますが、現在も変わらない端正なたたずまいを見せているのは、総門・山門・仏殿などの建造物です。

◆総門から山門へ

◆総門

 参道に面する総門は、茅葺きの切妻造りで、正保5年(1648)に京都詩仙堂の石川丈山によって揮毫された「金鳳山」の山号額を掲げています。

 門前の左右には、寛文4年(1664)に落慶法要が営まれた際、松平備前守高綱により奉納された石灯籠があります。


平林寺総門(道路側から撮影)
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


平林寺惣門(境内より撮影)
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1

◆表門

 境内の入口を距こと十八町、東に向ひてたてり、金鳳山の額をかく、石川丈山の書なり。

◆裏門

 表門より右の方なり、北に向ふ。

出典:新編武蔵風土記稿による平林寺の縁起



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1

 総門をくぐり、山門を目の当たりにすると、永い歴史に包まれた威厳のようなものを感じます。

山門

 平林寺のシンボルともいえる山門は、茅葺きの重層入母屋造りで丈山筆の扁額「凌霄閣」を掲げています。

 楼上桟戸の両側には花頭窓が施してあり、内部には松平信綱によって寄進された釈迦・文殊・普賢の三尊仏と十六羅漢像が安置されています。

 この山門は、寛文3年に岩槻平林寺の山門を解体し、野火止に移築後補修したもので、実に350年以上の風雨に耐えている建造物であり、県の文化財にも指定されています。


平林寺山門の解説
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


平林寺山門(境内の総門側より撮影)
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


斜めから見た山門
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-12-15


平林寺山門
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-5-1

 以下は山門にある阿吽(あうん)の仁王像です。平林寺では、十羅漢像とよんでいます。


平林寺山門の十羅漢像
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1



平林寺山門の十羅漢像
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1

山門

 表門より三十あまり奥にあり、東向なり、凌霄閣と書せし三大字の額をかかげ、是も石川丈山の筆なり。

出典:新編武蔵風土記稿による平林寺の縁起


 下は山門近くにある高野槇です。幹周りから見て かなりの樹齢がありそうです。

高野槇

 山門をくぐると右側に樹齢約600年を数える高野槇。寺の口伝によるとこの槙も岩槻から運び込んだと言われています。


高野槇
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


高野槇
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


◆仏殿

 山門と同じく岩槻から移築された仏殿は、禅宋様式をよく伝える唐様の建物で、茅葺きの単層入母屋造り。

 正面は桟戸で、花頭窓を左右および東西にバランスよく配した、実に質素で重厚な造りです。鴨居には「無形元寂寥」の扁額を掲げています。

 本尊は釈迦如来坐像で、阿難尊者と迦葉尊者が両脇侍として安置されています。

 この本尊は、天正18年(1590)に岩槻城が炎上した際に持ち出され、消失を免れたという謂われのある仏像です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


平林寺の仏殿
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1


仏殿の解説
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-5-1

 下は仏殿の扁額です。


仏殿の扁額
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-12-15


◆仏殿の釈迦如来坐像

 下は仏殿の仏像です。本尊は釈迦如来坐像、阿難尊者と迦葉尊者が両脇侍として安置されています。


仏殿の仏像 
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-12-15

 下は仏殿の前の石灯籠です。


平林寺の仏殿と灯篭
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-5-1


平林寺山門から仏殿を見る
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-12-15

 下は平林寺の灯篭です。松平信綱は徳川将軍家ではないので、増上寺や寛永寺の灯篭とは異なりますが、かなり似ています。

 違いは燈籠の下部が完全な円筒形となっていることです。増上寺の灯篭はビヤダル型、すなわち上部、下部に比べ中央部の直径が大きくなっています。また三つ葉葵の紋がありません。


平林寺の灯篭
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-5-1

◆佛殿

 是も東に向ふ、山門の次にあり、七間に六間、堂内皆瓦せり、釈迦如来を安す、故に釈迦堂とも云、此堂に向ひ左に肉桂樹あり、黄檗山の種なりと云傳ふ。

出典:新編武蔵風土記稿による平林寺の縁起


つづく