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ヒマラヤ山岳の国と地域
Nation and Entity in Himalayan Range

Hザンスカール
Zanskar

青山貞一

掲載月日:2013年12月8日
独立系メディア E−wave Tokyo
無断転載禁

ヒマラヤ山岳の国と地域
@ 序説 C シッキム F カシミール
A アルナーチャル プラデーシュ D ブータン G チベット亡命政府
B チベット E ネパール H ザンスカール

◆ザンスカールカシミールの一部、インド)

 


ヒマラヤ山岳の国と地域  Source:Wikipedia をもとに青山作成


ザンスカールの地形  出典:グーグルマップ

<概要>

 ザンスカール (Zanskar) は、カルギル地方(インド北西部のジャンムー・カシミール州の一部)にある高地の地名である。位置は以下の地図を参照のこと。ザンスカールは、一部カシミール及びラダックとオーバーラップしている。


ザンサカールの位置    出典:Wikimedia Commons


 チベット民族が住み、広義のラダックの一地方とも見なされる。ラダック王国に服属していたが、19世紀に同王国とともにカシミール王国へ併合された。

 また古くはグゲ王国 (Guge) や吐蕃王国の版図に属していた。ザンスカールはチベット語で「白い銅」を意味し、銅の産地として知られていたことに由来する。
 
 チベット文字では (zangs dkar) と書き、ラダック語(英語版)ではザンスカール、標準チベット語(ラサ方言)ではサンカルと読む。ザンスカール当地の方言でもザンカルに近い。パドゥム(英語版) (dpa' gtum: Padum) がこの地方の中心都市である。

<歴史>

 10世紀頃から、ザンスカールは2つないし4つの血族関係のある諸侯によって構成されていた。このころ、カルシャ僧院(英語版)(Karsha)とプクタル僧院(英語版)(Phugtal)が建設された。

 15世紀以降はラダック王国(英語版)の属領として服属し、そのあとの運命を幸不幸ともに共有することになる。1822年、クルとラホール、キンナウルの連合がザンスカールを侵略し、パドゥム王宮を破壊する。1842年、ラダック王国はインドのジャンムー・カシミール藩王国(英語版)(1846年 - 1947年)の一部として併合される。
 
 カシミール紛争によってラダック王国の旧領土はパキスタンと中国に分割されたが、ザンスカール地方はラダック中央部とともにインド支配地域となっている。


カシミール地域とラダック  小豆色部分がラダック地方  
 出典:Wikimedia Commons


◆ラダック (Ladakh, la dwags) とは

 インドのジャンムー・カシミール州東部の地方の呼称。広義にはザンスカールおよび、現在パキスタンの支配下となっているバルティスターンを含む、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれた一帯を指し、カシミールの東側半分以上を占める。

 かつてはラダック王国という独立した仏教国であったが、19世紀にカシミールの藩王国に併合された。現在では行政区画の名称としては使用されていない。

 中華人民共和国との国境に接し、アフガニスタン北部にも近い。中国が実効支配するアクサイチンも、かつてはラダックの支配下であった。

 チベット文化圏に属するラダックは、よく小チベットと称されチベット仏教の中心地の一つとして有名である。文化大革命で破壊された中華人民共和国のチベット自治区よりも古い文化が良く残っていると言われる。 特に曼荼羅美術の集積はチベットを凌ぐとされる。 中心都市はレー (Leh)。

◆近年注目されるラダック

 ラダックは、近年、グローバル経済の進展に対抗するカウンターデヴェロプメントの実践を目指す人達から注目されている。 スウェーデン出身の言語学者ヘレナ・ノバーク・ホッジは、ラダックが外国人に開放された1974年にドキュメンタリー映画の撮影メンバーとして入域してから、一貫してこの地の伝統的な文化や自然、経済活動を守り、維持する活動を30年間にわたって続けてきた。

  その間ヘレナが設立したNPOは数多く、それらの団体は現在ではラダッキ自身が活動を行っている。 ヘレナ自身は、イギリスに本部を置く環境保護NPO、ISEC (The International Society for Ecology and Culture) のメンバーで、現在もラダックで活動を続けている。 ヘレナの著書「懐かしい未来」は日本語を含んで数十ヶ国語に訳され、環境や持続的社会に関心を持つ多くの読者に支持されている。

 ヘレナは2006年5月に日本に招聘され、4日間にわたって首都圏で講演活動を行った。 また、ラダッキ自らが設立したSECMOL (Students' Educational and Cultural Movement of Ladakh) は、特にラダック人としてのアイデンティティーをしっかりもち、ラダックの未来を担う人材教育に力を入れているNPOで、ラダック自治山間開発会議の制定するラダック語の教科書編纂なども行っている。 日本国内でラダックを支援するNPOには、ジュレーラダックがあり、2004年から現地NPOとの交流、支援、ステディーツアーなどを積極的に行っている

Source:Wikipedia

<行き方・費用など>

ラダックを旅するひとへ   ※ラダックへの行き方
※インド・ラダック旅行記

※1ルピー = 約1.7 円 (2013年11月9日現在)


◆ザンスカールの写真集


マニ石  ザンスカール   Source:Wikipedia


タンツェと呼ばれる旗。人々は祈りをこめてこれをゴンパや峠に掲げる
 出典:Wikimedia Commons



ザンスカール南東部にあるプクタル僧院   
 出典:Wikimedia Commons



Row of Chorten (or Stupa) at the village of Purne. Each of the elements that constitute these edifices, as well as their color, has a symbolic meaning in Tibetan Buddhism. 
 出典:Wikimedia Commons



Group of Zanskari women and children.  
 出典:Wikimedia Commons


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