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  シルクロードの今を征く
Now on the Silk Road

 
莫高窟 #301-#400

(Mogao Caves、中国甘粛省敦煌市)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月22日
独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁
 

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窟(301-400)
 窟(401-600) 参考 石窟マップ


◆莫高窟301400

 次は莫高窟301-400です。


Source:Wikimedia Commons 



敦煌莫高窟壁画。この露出した壁画は現代の入り口の近くにあり、第305窟と第306窟の
間に位置しています。かつて洞窟の後壁だったものに描かれ居ますが、何世紀もの間に
もともとの洞窟の前の部分は崩れてなくなり、中が露出してしまいました。崖は崩れや
すく非常に内部は傷つきやすいことが、この現場を保護する者にとって大きな課題です。
壁画に描かれている守護神は手に長い剣を持ち、奇妙なことに、彼の左手にはもう一つ
親指があるように見えます。
Source:Wikimedia Commons 



第322窟 初唐 
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第322窟 初唐 
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第322窟 初唐 
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード







張騫(ちょうけん)の西へ旅。 洞窟323から出土した壁画の詳細、紀元618-712。
Source:Wikimedia Commons 



甘粛省敦煌近くの莫高窟に残る8世紀の壁画。仏像を礼拝する漢の皇帝武帝を描いたも
の。遊牧民に対する攻撃の際に偉大な漢将軍によって紀元前120年にもたらされた黄金
の男性を崇拝する漢王朝武帝に添付された文章による説明は次のように記載しています。
「漢の武帝はその軍隊に匈奴と戦うように命じ、二つの大きな金の像を持ち帰り甘泉宮
て展示していつも礼拝してた。」と。
 この壁画は莫高窟第323窟にあります。これは張騫の西部への出発を示す壁画と関係
があると思われます。(「張騫の旅」の画像)二つの壁画は左右に並べられています。
まさに伝説と歴史的事実を組み合わせたもので、漢の皇帝である武帝は決して仏陀を崇
拝して居ませんでした。
Source:Wikimedia Commons 



第322窟
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第390窟
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第390窟
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第390窟
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



七尊像 第390窟
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



ウイグル族の王が家臣を伴っている様子。第409窟、西
Source:Wikimedia Commons 



敦煌莫高窟第409窟、五代時代
Source:Wikimedia Commons 



敦煌 416窟 隋
Source:Wikimedia Commons 



第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



三尊像 第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



三尊像 第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



三尊像 第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



第427窟(隋)
出典:NHK BS3 もうひとつのシルクロード



仏は中央に居て、飛ぶアプサラ(天女)と菩薩の脇に従えています。
敦煌莫高窟第428窟。北魏王朝時代。
Source:Wikimedia Commons 



影をつける技法を示す敦煌壁画の詳細。北涼時代(397-460)の第275窟の左側の図、
北周王朝(557-581)の第428窟の右側の図。
Source:Wikimedia Commons 



タントラ的なイメージを描いた第465窟の壁画、敦煌莫高窟 14世紀元王朝時代
Source:Wikimedia Commons 

 注)タントラ コトバンクより
  シバ神妃の性力 śaktiを崇拝するヒンドゥー教のシャクティ派の聖典。 64種あるい
  は 192種あげられている。 800年前後に作られたというが,ある種のタントラはすでに
  7世紀には作られていた。その内容は,(1) 理論的教義,(2) ヨーガ,(3) 神殿の建立,
  神像の製作など,(4) 宗教的儀式,を説明,規定する4部より成るが,タントラにおい
  ては最後の部が大部分をなしている。教理としては,シャクティの化身である女神を理
  論的に位置づけている。実修としては,ヨーガが古くから説かれた。仏教においてもお
  そらく7世紀頃から多くのタントラ経典がつくられた。
  1 ヒンズー教で、シバ神の妃をシャクティ(性力)として崇拝するシャークタ派の諸
    聖典の通称。
  2 中世インドに成立した後期密教聖典の称。また、密教経典の総称。「タントラ仏教」


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