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  シルクロードの今を征く
Now on the Silk Road

玉門関(ぎょくもんかん)

(Yu-men-kuan、中国)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月22日 更新:2019年4月~6月
独立系メディア E-wave Tokyo
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漢代長城1  展示1  視察1
玉門関  玉門関2  視察1  展示1  白馬塔  視察


 次は中国敦煌市の玉門関です。

玉門関(ぎょくもんかん、敦煌市)

 中華人民共和国甘粛省敦煌市の北西約90kmにある、かつて建設されたシルクロードの重要な堅固な関所の1つです。漢と唐2度に渡り建立されました。現存する玉門関遺跡は唐代のものです。俗称は小方盤城。


唐代の玉門関遺跡     出典:Wikimedia Commons

 元来は漢代に武帝が河西回廊を防衛する目的で、長城をこの地域に建設し紀元前108年から107年にその最西端に建造されたとされています。

 その後、六朝時代には交通の要綱として栄え、唐代に再建された際は安西の東側に建設されました。同じく南西に設置された陽関とともに、西域交通で北ルートを通ると玉門関、南ルートでは陽関を通過していました。宋代になって西域交通が衰え、衰退しています。
 
 玉門関は、中国で古代より文化人が辺境の地での戦いや孤独な生活を思い詠嘆する地で、唐代の詩人王之渙は「羌笛何須怨楊柳、春風不度玉門関」(羌笛何ぞ須(もち)いん楊柳を怨むを、春風渡らず玉門関)と詠んでいます。
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 988年に全国重点文物保護単位に指定されています。

出典:Wikipedia

◆万里の長城の西端、漢代玉門関の遺跡見つかる―中国

 2014年7月23日、中国でこのほど、シルクロード沿線にある万里の長城の西端、漢代の玉門関の遺跡が見つかった。 著名な敦煌学者で西北師範大学教授の李併成(リー・ビンチョン)氏が嘉峪関とシルクロードの歴史文化学術シンポジウムで発表したもの。李教授は、最古の玉門関は現在の場所よりも東にあったと指摘している。(提供/新華網日本語版・翻訳/王珊寧・編集/武藤)  Source:Record China


唐代の玉門関遺跡    Source:Record China



唐代の玉門関遺跡(中国敦煌市) ギャラリー


玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



小方盤城遺跡の看板
玉門関(小方盤城)遺跡は敦煌から90km離れた場所にあり、かつては西東両方の
漢王朝で玉門市の将校が統治していました。現在、保存状態がよい壁は1つだけ
です。それは約26m3の黄土でできていて、高さ10m、総規模700m3の正方形の形を
しています。南側と南側の両方に洞窟型の扉があり、タワーと歩道の両側に幅
1.3メートルの廊下があり、塔の南東の角に幅1メートル未満で、東から南へ曲がっ
ています。 壁の向こう側には、強化された建物があります。南には、強化され
た壁がはっきりと見えます。北には、防風壁のプラットフォームがあり、そこに
は烽火台遺跡があります。玉門関の小さな遺跡は、特別な地理的条件と地域の気
候により、中国に存在する最も保存された土の遺跡でもあります。

玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)



玉門関 (トリップアドバイザー提供)


玉門関2つづく