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兵馬俑 百度百科11

西安
(Xi'an、中国)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月22日 更新:2019年4月~6月
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 次は中国西安市(長安市)の兵馬俑の中国百度百科版の11です。

◆兵馬俑 百度百科11

<彩絵工芸(絵付け加工技術)>


兵馬俑展示  出典:中国百度百科

 兵馬俑坑から出土した陶俑は、もともと色づけられていましたが、大部分の色彩は出土時に既に色落ちしていました。陶俑の身体の上には僅かにその色の跡がまだらに残っていましたが、色は比較的多く色が残っており、一つ一つが新しいもののように光沢がありました。陶製の俑の身体の上の色彩を分析した結果、秦の俑が身につけていた衣類の特徴が概ね明らかとなり、秦時代の服の色、軍服や装備の様子についての研究にとって貴重な実物の例証となりました。

 これまでに発掘された陶俑の服装の色についての初歩的な調査分析によると、秦時代の俑の服の色はきわめて多く、上着の色は薄い緑、赤、えび茶色、ピンク、薄紫、スカイブルー(藍色)、白、代赭色(茶色)などであり、衿や袖、襟の縁などは、色を着けて縁取りをしてありました。ズボンの色は、一般的に薄い緑色ですが、その他に、赤、青、薄い紫、白などもありました。

 総じて、秦俑の服の色は多彩ではありますが、統一された色ではありません。多くの色がある中、薄い緑、朱紅、薄い紫、スカイブルーの4つの色が多く使用されています。従って、これらの4種類の色が秦の俑の服飾にとって主要な色彩であったと考えられます。検査の結果これらの色はいずれも鉱物から作られていることがわかっています。

 赤い色は辰砂と鉛丹と赭石(赤鉄鉱)から作られます。緑色は孔雀石、藍色は藍銅鉱(らんどうこう)、紫色は鉛丹に藍銅鉱を混ぜ合わせて、褐色は赤鉄鉱、白は、鉛白(えんぱく:白色顔料)と高陵土(カオリナイト:陶磁器用の粘土)を混ぜて、黒は無定形炭素(むていけいたんそ:アモルファス炭素)を用いてそれぞれつくります。

 これらの鉱物類は中国の伝統的な絵画の主要な顔料でもあります。秦の俑にこれらの豊富な顔料を転用したことは、2000年も前から中国の労働者や市民たちがこれらを大量生産して拡大利用してきたことを示しています。このことは、単に色彩の芸術史上だけでなく、世界の科学技術史上からみても非常に重要な意義を持ってます。

 俑坑から出土した俑の服の色から判断して、官吏と一般戦士の服の色に明らかに区別はなく、また、兵士の間でもほとんど区別は見られませんでした。兵隊の種類(役割や役職)によっても特別な服の色はありません。また、大勢の兵士がいる兵種であっても服の色はそれぞれ多様で統一的な色の規定はありませんでした。

 こうした状況はその後ずっと西漢初年まで続きました。これは、古い制度が壊れたにもかかわらず、新しい封建的な服飾等級制度がいまだ確立されて居ないことに起因しています。そのため、戦国時代を経て秦王朝から西漢初年になると、衣服の色と質(生地)などについても多様性が表れたのが特徴です。各等級の人々の間で服の色や質(生地)について厳格な制限はまだなかったため、そうした時代の特徴が、兵馬俑の身体にも反映されているのです。

 秦の俑の彩色技術は他にも多くのユニークな特徴を持っています。一般に色彩を施す前に陶俑の表面は先行して処理されます。陶俑は素焼きの上に色彩を施すことから、身体には比較的こまかい孔が多く、表面はなめらかではありません。絵付けの為には毛細な孔が多すぎても、少なすぎても、滑らかすぎても、粗すぎてもいけないのです。

 この要求に応えるため、陶器の表面は焼成するまえに、極こまかい泥を均一に塗りつけて、艶出しをし、毛穴を減らし、表面の滑らかさを出す必要があり、それによって、いっぺんに陶俑を焼成した後、化学的物理的処理をしたようになるのです。陶俑の陶片の断面を観察すると、陶俑が焼成処理前に表面に細かい泥が均一に塗られていることがわかります。俑のある部分は、泥は一層ではなく、陶俑表面に再度、もう一層、きわめて薄く類似の膠質の物質を塗り、それによって陶俑表面の膠を少なくし、また、地の陶と膠の接着を緊密にすることができ、絵付けが容易に落ちにくくなります。

 絵付けの技法はこのようにそれぞれの部位ごとに様々な方法が採用されています。一般の陶俑の顔面、手、脚の部分は先に、 赭石(しゃくせき:土状の赤鉄鉱。深紅色の顔料)を用いて、最初の下地を塗ります。次に、色つけの一層目は白、次に薄い紅(ピンク)をつけて出来るだけ、人の肌の色に近い色調を作り出します。一方、丈の長い上着(袍)や短いズボン、履き物(靴やわらじ)などの色つけは、平坦な一色の色つけですが、一方、袖や袖口、手の甲の部分には、同じ色ではなく、色調のコントラストをつけて甲衣としての質感を顕示していました。何人かには、髭や眉毛を黒で描き、髪も一本一本細かく毛髪を描きました。

 つまり、絵付けの工程は複雑で、手法も多様、着色は精巧で美しく、十分に色彩絵付けの高いレベルと質感を示しています。そのため、塑像の彫刻と絵付けは相互に補完し合って十分に芸術的な効果を発揮していました。いくつかの絵付けの細かい技法は漢王朝時代にも継承されました。陶俑、陶製の馬の絵付けは厳格に実物を模倣し、色調は暖かい色が主に使われ、寒色はきわめて少なくなっています。赤、藍、緑などの色調の使用は、秦の軍隊の強大な力を巧みに表現していました。


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