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シルクロードの今を征く

Now on the Silk Road

アルタイ山脈

(モンゴル・中国・西シベリア)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月24日 更新:2019年4月~6月 更新:2020年4月1日
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 本稿の解説文は、現地調査や現地入手資料、パンフなどに基づく解説に加え、百度百科中国版から日本への翻訳、Wikipedia 日本語版を使用しています。また写真は現地撮影以外に百度百科、Wikimedlia Commons、トリップアドバイザーさらに地図はグーグルマップ、グーグルストリートビュー、百度地図などを使用しています。その他の引用に際しては、その都度引用名を記しています

 次はモンゴル、新疆ウイグル自治区にまたがるアルタイ山脈です。

アルタイ山脈(モンゴル、中国、西ロシア)


アルタイ山脈 
パブリック・ドメイン, リンク         
出典:Wikipedia

 下はアルタイ山脈からイシク・クル湖への徒歩の経路です。


アルタイ山脈、イシククル湖の位置    出典:グーグルアース 

 下は新疆ウイグル自治区とアルタイ山脈、南疆線、天山山脈、崑崙山脈の関係図です。南疆線の起点、カシュガルもあります。


アルタイ山脈(新疆ウイグル自治区)


◆アルタイ山脈 の概要



 アルタイ山脈は西シベリアとモンゴルにまたがる山脈です。モンゴル語で「金の山」を意味します。

 東は、塩水湖のウヴス・ヌール、キヤールガス・ヌール(英語版)、ドルゴン・ヌール(英語版)や、淡水湖のn:Khar-Us Lake、en:Khar Lake (Khovd)、en:Airag Lakeなど、多くの湖が点在する北西モンゴル台地(Ubsunur Hollow、Great Lakes Depression)に接します。

 雪線はアルタイ山脈の東部分で1875m、西の方では北側約2010m、南側約2340mであり、雪線を越す峰は多いです。

 シベリア側はロシア人・カザフ人などが農牧を営み、モンゴル側には遊牧のキルギス人が住んでいます。かつては金・銀・銅などを産したが、乱掘による枯渇のため現在では重要でなくなっています。

モンゴル・アルタイ山脈の岩絵群

 モンゴル・アルタイ山脈の岩絵群(モンゴル・アルタイさんみゃくのいわえぐん)は、モンゴルの世界遺産のひとつであり、その登録名が示すように、モンゴル・アルタイ山脈の3箇所の岩絵遺跡群が対象となっています。

 それらは紀元前11000年ごろから西暦9世紀ごろまで、およそ12000年にわたって描かれており、それぞれの時期における北アジアの生活様式や周辺環境の様子を伝える岩刻画が数多く残されていることが評価されています。

 UNESCOの世界遺産リストに登録されたモンゴルの文化遺産は、オルホン渓谷の文化的景観に続いて、これが2件目です。

出典:Wikipedia


◆ゴビ砂漠

 ゴビ砂漠は、中国の内モンゴル自治区からモンゴルにかけて広がる砂漠。東西約1600km、南北約970km、総面積は約130万km2で、世界で4番目の大きさを誇ります。

 古くから匈奴を始め、柔然、突厥、回鶻、モンゴル帝国などの活躍の場であり、シルクロードの重要な拠点都市が幾つか存在しました。また、黄砂(こうさ)とはこの地などから巻き上げられ気流に乗り運ばれる砂の事であり、春先には日本にも多く飛来します。

 ゴビ (Говь,Govi) とはモンゴル語で「沙漠、乾燥した土地、礫が広がる草原」などを意味しています。

 この様に、ゴビはある種の砂漠を意味しています。

 「ゴビ砂漠」は「砂漠砂漠」という畳語表現ですが、日本では「ゴビ砂漠」で定着しています。中国においても瀚海沙漠、戈壁、戈壁沙漠とも表記され、古くは秦朝の頃から"大漠"と史書に記されています。

 ゴビ砂漠は、雨雲がヒマラヤ山脈に遮られる為非常に乾いた風が吹き付けます。ゴビ砂漠は内陸にあるため大陸性気候であり、他の砂漠と比べ非常に高緯度(北緯43度付近、日本の札幌市に相当)であるにもかかわらず夏である5月~9月までの間の最高気温は45度を超えることもあります。

 しかし冬である12月~3月の間は、砂漠の年中灼熱といったイメージとはかけ離れた寒風吹きすさむ厳冬の地となります。特に1月末から2月にかけては最低気温がマイナス40度を割り込むことも少なくありません。他にも恐竜化石の世界的発掘地であることでも知られています。

出典:Wikipedia


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