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イスタンブール(Istanbul、トルコ)
モスク

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月23日 更新:2019年4月〜6月
独立系メディア E−wave Tokyo
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 次はイスタンブールのモスクです。

◆イスタンブールIstanbul、トルコ)モスク

 イスタンブールには、著名なモスクだけで以下のように、沢山あります。いずれも、欧州側にあります。


出典:グーグルマップ



イスタンブールの夕闇 トルコ航空利用時入手 
出典:トルコ航空イスタンブール地図

 以下もイスタンブールの夕焼け。


出典:NHK BS3 シルクロードのイスタンブール


モスクに描かれたキリストと弟子の像  トルコ航空利用時入手 
出典:トルコ航空イスタンブール地図


スルタンアフメト・モスク(Sultanahmet Camii)

 下の地図は、イスタンブールにおけるスルタンアフメト・モスクの位置を表しています。


出典:グーグルマップ

 下は、スルタンアフメト・モスクの外観写真です。


イスタンブール スルタンアフメト・モスク(Sultanahmet Camii)
   撮影:青山貞一 2014-2


 スルタンアフメト・モスク(Sultanahmet Camii) はトルコのイスタンブールを代表するモスクで、世界遺産であるイスタンブール歴史地域の歴史的建造物群のひとつです。

 オスマン帝国の第14代スルタン・アフメト1世によって1609年から1616年の7年の歳月をかけて建造されました。設計はメフメト・アー。『世界で最も美しいモスク』と評されています。

 世界で唯一優美な6本のミナレットと直径27.5mの大ドームをもち、内部は数万枚のイズニク製の青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、白地に青の色調の美しさからブルーモスクとも呼ばれます。

 夏には音と光のショーも催され、幻想的にライトアップされた夜の姿も楽しむことができます。ブルーモスクと呼ばれるモスクには、他にスルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスクがあります。


◆<参考>スルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスク


スルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスク
Source:Wikimedia Commons

 スルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスク (Sultan Salahuddin Abdul Aziz Shah Mosque, マレー語:Masjid Sultan Salahuddin Abdul Aziz)は、マレーシア・スランゴール州の州都シャーアラムにあるモスクです。青色をしていることから、通称、ブルーモスクと呼ばれています。マレーシア最大のモスクであり、東南アジアにおいても、インドネシアのジャカルタにあるイスティクラル・モスクの次いで2番目の規模があります。4つのミナレットが立っています。


◆アヤソフィア(Ayasofya)

 下はイスタンブールにおけるアヤソフィアの位置です。


出典:グーグルマップ

ツポレフ
イスタンブール、アヤソフィア・モスク
Source:Wikimedia Commons


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)

 アヤソフィア(トルコ語:Ayasofya)は、トルコのイスタンブールにある博物館です。東ローマ帝国(ビザンツ帝国・ビザンティン帝国)時代に正統派キリスト教の大聖堂としての建設を起源とし、帝国第一の格式を誇る教会、コンスタンティノープル総主教座の所在地でしたが、1204年から1261年まではラテン帝国支配下においてローマ・カトリックの教徒大聖堂とされていました。

 その後は1453年5月29日から1931年までの長期間にわたりモスクとして改築を繰り返し使用されて現在の特徴的な姿となり、後に世俗化されました。1935年2月1日から博物館 (トルコ語: Ayasofya Muzesi) として使われています。

 東ローマ帝国の代表的な遺構であり、しばしばビザンティン建築の最高傑作と評価されています。その歴史と威容から、オスマン帝国の時代においても第一級の格式を誇るモスクとして利用されました。


アヤソフィア大聖堂の内部
Source:Wikimedia Commons

 日本語では慣用的に「ハギア・ソフィア」と呼称されるが、厳密にはトルコ語読みは「アヤソフャ」、古典ギリシア語読みは「ハギア・ソピアー」、現代ギリシア語読みでは「アギア・ソフィア」に近くなっています。正教会では「アギア・ソフィア大聖堂」と呼ばれ、「ハギア・ソフィア大聖堂」と表記されることも多いようです。


スレイマニエ・モスク


スレイマニエ・モスク (Suleymaniye Camii)
Source:Wikimedia Commons

 スレイマニエ・モスク (Suleymaniye Camii) は、オスマン帝国の旧都イスタンブールにあるモスクです。

 1557年完成で、オスマン建築(トルコ建築)の最高傑作のひとつと言われています。イスタンブールの旧市街にある7つの丘のひとつの頂上に位置します。スレイマン・モスクともいいます。

 オスマン帝国の第10代君主スレイマン1世の命により、当時の宮廷建築家頭で、トルコ史上最高の建築家と呼ばれるミマール・スィナンが設計、1550年に着工し、7年の歳月をかけて完成しました。


スレイマニエ・モスクのドーム内部
Source:Wikimedia Commons

 主礼拝堂(トルコ語 : ジャーミー cami)の建物は前後59m、左右58mで、直径27.5m、頂点の高さは地上53mに達する大ドームを中心としたドーム群と4本の長いミナレットを持っています。大モスクの立ち並ぶイスタンブール旧市街の中でもひときわ大きく、丘の頂上よりやや北側の斜面に位置するため、旧市街北の金角湾方面から見て特に印象に残るモスクのひとつです。

 礼拝堂内部は大ドームを支える小ドームや柱の工夫によって広く明るい空間を実現しており、イズニク製タイルやステンドグラスで飾られています。

 スレイマニエ・モスクは礼拝堂のほか、マドラサ、医学学校、病院、給食所、宿泊所、商業施設、ハンマームなど、多くの付属施設を持ち、複合施設群を形成しています。また、礼拝堂の北側は墓地になっており、建設者スレイマン1世とスレイマンの皇后ヒュッレム・スルタン(ロクセラーナ)の墓廟があり、スレイマン、ヒュッレムのほか、スレイマン廟にはスレイマン2世とアフメト2世の2君主、ヒュッレム廟にはスレイマンの娘ミフリマー・スルタン(英語版)ら幾人かの皇族女子が眠っています。墓苑内には設計者スィナン自身の墓もあります。


スレイマニエ・モスクのドームの前庭
Source:Wikimedia Commons

 建物は1660年に火災の被害を受け、すぐにメフメト4世によって修復されましたが、バロック様式を取り入れた形状に改変されました。19世紀の修復で創建当時の様式が復元されましたが、第一次世界大戦中に武器庫に使われたのが原因で再び火災の被害を受け、1956年に修復されて元の姿を取り戻しました。


 以下はイスタンブールのモスクの写真ギャラリーです。


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


イスタンブール (トリップアドバイザー提供)


つづく