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 シルクロードの今を征く
Now on the Silk Road

イラン・世界遺産18

スーサ (2015年)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月23日 更新:2019年4月~6月
独立系メディア E-wave Tokyo
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 次はイランの世界遺産18です。

◆イランの世界遺産18   スーサ (2015年)





スーサの位置
出典:グーグルマップ



スーサで出土したスフィンクスの壁画
Jastrow (2005), パブリック・ドメイン, リンクによる
Source:Wikimedia Commons

概要

 スーサは、アクロポリス、アパダーナ、王の都市、技師の都市の四つの遺構からなります。

 1901年には、ルーブル美術館に保管されているハンムラビ法典碑も発見されました。アパダーナは、ダレイオス1世によって建設され、冬の宮と呼ばれた宮殿の謁見の間跡です。スーサの守護神はインシュシナクです。

歴史

 スーサの歴史は古く、アクロポリスからは紀元前4000年にまで遡る神殿跡が発掘されています。放射性炭素年代測定によると、早ければ紀元前4395年にまでさかのぼります。紀元前30世紀から紀元前7世紀に跨がるエラム王国の首都でありました。

 紀元前647年、アッシリアのアッシュールバニパルによって破壊されました(スーサの戦い)。

 紀元前540年、アケメネス朝ペルシャの王キュロス2世に占領されてエラムは滅びましただが、王宮が置かれて王の道の起点として再び栄えました。

 ダレイオスが紀元前331年のガウガメラの戦いでマケドニア王国のアレクサンドロス3世に敗れてアケメネス朝が滅んだ後、紀元前324年、アレクサンドロスは帝国内の安定を図ろうと家臣と征服部族とのスーサの合同結婚式を行ったとの記録があります。

 直後の紀元前323年にアレクサンドロスは死亡し、アレクサンドロスの部下であったセレウコス1世が立ち、スーサはセレウコス朝の支配下に入りました。

 紀元前250年頃にセレウコス朝の総督 (サトラップ)だったアンドラゴラスがセレウコス朝からの独立を宣言したものの、直後の紀元前247年頃にパルニ氏族によって放逐されて、以降はパルティアと呼ばれ、セレウコス朝とは敵対する時代となります。

 遺跡から多くのパルティア時代の陶器等の遺物が発見されていることからパルティア時代に至ってもスーサは都市としての繁栄を続けたと考えられます。

 その後116年頃のローマ皇帝トラヤヌスの侵攻によりスーサも占領されました。

 サーサーン朝のシャープール2世時代(309年 - 379年)に再建されました。

 638年はムスリムの侵攻を受け、モスクなどの遺構は残りましたが、1218年モンゴルが侵略しました。その後、住民のほとんどは北部のデズフールなどに移動し、現在は小さな集落のみとなっています。5世紀から13世紀の間はかなりの東方教会のキリスト教徒がいたようです。

発掘

 1836年にヘンリー・ローリンソンとAH・レヤードによって発掘されました。


図解
Udimu - 投稿者自身による作品, CC 表示 3.0, リンクによる
Source:Wikimedia Commons

遺跡

 スーサの神殿跡からシルハク・インシュシナク碑文が刻まれている青銅製の神殿模型が見つかっています。この青銅模型を作ったのは紀元前1200年ごろのシュトルク朝エラムの王シルハク・インシュシナクであるといわれていマス。模型の意義や目的については、2010年現在解明されていマセン。

 インシュシナク(スーサの都市神)に深く愛されししもべ、アンシャンとスーサの国を広げた支配者、エラムの守護者シュトルク・ナフンテ(英語版)の息子である余シルハク・インシュシナクは、自身の日の出の儀式(模型)を青銅で作リました。

 英名 Susa
 仏名 Suse
 面積 350 ha (緩衝地域 600 ha)
 登録区分 文化遺産
 登録基準 (1), (2), (3), (4)
 登録年 2015年
 公式サイト 世界遺産センター(英語)
 使用方法・表示

スーサの世界遺産への登録基準

 この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用)。

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。


(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。



世界遺産19へつづく