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ギリシャ悲劇の名作
「オイディプス」鑑賞記
青山貞一
掲載月日:2013年3月7日 
独立系メディア E−wave


 池田さんの友人で能楽師の鵜澤久さんについては、目黒の能楽堂で「求塚」を
鑑賞した内容をこの1月下旬、すでに論考にした。

◆青山貞一:女性地謡 「鵜澤久の会」、能楽公演参加記 


左、池田こみち、右、観世流シテ方能楽師 鵜澤久氏 能楽堂の楽屋にて
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2013-1-26

 その能楽師、鵜澤久さんが東京の上野にある上野ストアハウスのライブ劇場でギリシャ悲劇の名作「オイディプス」のイオカステを演ずるというので、3月6日の夜鑑賞に行った。
 
 私にとっては、「能」もはじめてだったがソポクレスの「ギリシャ悲劇」の演劇を見るのも、はじめてであった。


入場券 前売り4000円、当日券4500円

◆錬肉工房が「オイディプス」…「人間とは」浮き彫りに

 錬肉工房は3月6日から10日まで、東京の上野ストアハウスで「オイディプス」を上演する。

 言葉と身体の関係を洗い直しながら、実験的な演劇活動を続けてきた集団。今回はソポクレスのギリシャ悲劇をもとに、過酷な運命にもてあそばれる王の姿を通して、人間とは何かを浮き彫りにする。

 演出の岡本章は、「オイディプスとイオカステが死者として登場します。2人が過去の記憶を想起する形でそれぞれの人生と運命を凝縮して見つめる、夢幻能的な構造で構成した」と語る。

 能楽の櫻間金記、鵜澤久、江戸糸あやつり人形の田中純、塩田雪、現代劇の笛田宇一郎らが出演する。(電)04・7163・9263。

(2013年3月6日 読売新聞)

 こんな難しい演劇を見る奇特なひとはいるのかいな、と思ってストアハウスに入った。最初はどう見ても20〜30人だったが、開演の午後7時近くになったら、階段状のストアハウスは超満員、おそらく150人ほどになった。

 「能」同様、「ギリシャ悲劇」の演劇でも、写真は撮るな、録音はするなということなので、一切その場の雰囲気をお見せすることはできないが、それはもう別世界であった。

オイディプス王の原作者であるソポクレス、ソポクレース、ソフォクレスとも表記、ギリシャ語でΣοφοκλ, 英語で Sophoklesは、何と紀元前496年頃〜 紀元前406年頃)のアテナイの悲劇作家であり、古代ギリシア三大悲劇詩人の一人に数えられている。

ソポクレスは、紀元前468年以来、大ディオニュシア祭で24回もの優勝を重ねたとされる。

劇の作法について数編の論文を著すなど理論面を重視し、ギリシア悲劇というジャンルを完成させた。悲劇作家として成功し、富裕な市民層に属した。

著作 として124編の悲劇を書いたと言われるが、現存するのはわずか7編である。絶対なる運命=神々に翻弄されながらも、悲壮に立ち向かう人間を描いたものが多い。代表作『オイディプス王』は、ギリシャ悲劇中の珠玉とされ、今日に至るまで西洋文学や心理学に多大な影響を与えている。

出典:Wikipedia

◆エディプス・コンプレックス

 親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという、幼児期においておこる現実の状況に対するアンビバレントな心理の抑圧のことをいう。

 フロイトは、この心理状況の中にみられる母親に対する近親相姦的欲望をギリシア悲劇の一つ『オイディプス』(エディプス王)になぞらえ、エディプスコンプレックスと呼んだ。

 『オイディプス』は知らなかったとはいえ、父王を殺し自分の母親と結婚(親子婚)したという物語である。

出典:Wikipedia

 今回のオイディプスは、作は高柳誠氏、構成・演出は岡本章氏であり、鵜澤久(能楽師)、櫻間金記(能楽師)、田中純(あやつり人形師)、笛田宇一郎(現代演劇)、塩田雪(あやつり人形師)、岡本章(現代演劇)。北畑麻美(現代演劇)と、さまざまな分野の表現者が一堂に会しているところに大きな特徴があるという。


●「オイディプス王」原作の概要

 以下は、
ソポクレスの原作「オイディプス王」の全体ストーリーである。返す返すこれをあらかじめしっかりと読んでゆけば良かったと後悔している!

誕生

 ライオスは神から子供を作るべきではないとの神託を受けた。神託によると、もし子供を作ればその子供がライオスを殺すというのである。しかしライオスは酔ったおりに妻イオカステと交わり、男児をもうけた。

 神託を恐れたライオスは、男児を殺そうと考えたが殺すには忍びなく、男児の踵(かかと)をブローチで刺し、従者に男児を渡してキタイロンの山中に置き去りにするよう命じた。

 しかし従者もまた男児を殺すには忍びないと考えたため、従者はキタイロンの山中にいた羊飼いに渡し、遠くへ連れ去るように頼んだ。コリントス王ポリュボスとその妻メロペー(異説ではペリボイア、メドゥーサとも)が子供が生まれなくて困っていたため、羊飼いは男児を二人に渡した。

 ブローチで刺された男児の踵が腫れていた為、ポリュボスとメロペーは男児をオイディプス(腫れた足)と名づけた。

旅立ち

 成長したオイディプスは、他のものよりも勝っていたため、これを嫉んだ者達は、オイディプスはポリュボスとメロペーの間の実子ではないと詰った。疑いながらも不安に思った彼はポリュボスとメロペーとに詰問したが、満足のいく回答が得られず、この為オイディプスは、自分がポリュボスとメロペーとの実子であるかを神々に聞くため、デルポイでアポロンの神託を受けた。しかしアポロンは彼の問いに答えず、代わりに別の神託をオイディプスに与えた。

 神託はオイディプスに、「故郷に近寄るな、両親を殺すであろうから」と教えた。ポリュボスとメロペーとを実の両親と信じる彼はコリントスを離れ、旅に出た。


ドミニク・アングルによるオイディプス 出典:Wikipedia

◆神託(しんたく,Oracle)
 神の意を伺う事。また、その時伝えられた言葉。

父殺し

 戦車に乗って旅をしている最中、ポーキスの三叉路に差し掛かったところで、前から戦車に乗ったライオスがあらわれた。ポリュポンテースというライオスの従者が、オイディプスに道を譲るよう命令し、これに従わぬのをみるや彼の馬を殺した。

 これに怒ったオイディプスはポリュポンテースとライオスを殺した(殺害方法には、打ち殺したという説と谷底に突き落としたという説がある)。

 ライオスが名乗らなかった為、オイディプスは自分が殺した相手が誰であるかを知らなかった。ライオスはプライタイアイ王ダマシストラトスが埋葬し、彼亡き後のテーバイは、メノイケオスの子クレオーンが摂政として治めた。

スピンクス退治
オイディプスとスフィンクス


 オイディプスはポーキスの三叉路から逃げてテーバイへと向かった。この頃テーバイではヘーラーにより送られたスピンクス(スフィンクス)という怪物に悩まされていた。

 スピンクスはオルトロスを父とし、エキドナを母とする怪物で、女面にして、胸と脚と尾は獅子で、鳥の羽を持っていた。スピンクスはムーサより謎を教わって、ピーキオン山頂に座し、そこを通るものに謎を出して、謎が解けぬ者を喰らっていた。

 この謎は「一つの声をもちながら、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える」というものであった。


オイディプスとスフィンクス 出典:Wikipedia

 この謎が解かれた時スピンクスの災いから解放されるであろうという神託をテーバイ人達は得ていた為、この謎を解くべく知恵を絞ったが何人も解く事は出来ず、多くの者がスピンクスに殺された(一説によるとクレオーンの子ハイモーンもまたスピンクスに殺された)。

 この為クレオーンは、この謎を解いた者にテーバイの街とイオカステを与えるという布告を出した。

 テーバイに来たオイディプスはこの謎を解き、スピンクスに言った。

 「答えは人間である。何となれば人間は幼年期には四つ足で歩き、青年期には二本足で歩き、老いては杖をついて三つ足で歩くからである(注:スピンクスの問いの答えは「オイディプース」であるという穿った異説もある。後述)」

 謎を解かれたスピンクスは自ら城山より身を投じて死んだ。これは謎が解かれた場合死ぬであろうという予言があったためである(悔しさのあまり身を投じたという異説もある)。

テーバイ王となり、母と交わる

 スフィンクスを倒したオイディプスは、テーバイの王となった。そして実の母であるイオカステを、母であるとは知らずに娶って二人の男児と二人の女児を儲けた。

 二人の男児はそれぞれエテオクレースとポリュネイケースといい、二人の女児はそれぞれアンティゴネーとイスメーネーという。

真実を知る

 オイディプスがテーバイの王になって以来不作と疫病が続いた。クレオーンがデルポイに神託を求めた所、不作と疫病はライオス殺害の穢れの為であるので殺害者を捕らえ、テーバイから追放せよという神託を得た。

 オイディプスはそこで過去に遡って調べを進めるが、次第に、そのあらましが自分がこの地に来たときのいざこざに似ていることに気が付く。さらに調べを進めるうち、やはりそれが自分であること、しかも自分がライオス王の子であったこと、母との間に子をもうけたこと、つまり以前の神託を実現してしまったことを知る。それを知るやイオカステは自殺し、彼は絶望して自らの目をえぐり追放された(娘と共に放浪の旅に出て行ったという説もある)。

異伝

 古い形の伝説では、オイディプスは、自分の母を妻にしている事を知った後でもそのまま王であり続けている。

 『イーリアス』には、オイディプスが戦場で死んだと記されている。また一つの解釈として、スピンクスの謎かけの答えは「オイディプース」であるとも言われる。

 それは、初めは立派な人間(=二つ足)であったが、母と交わるという獣の行いを犯し(=四つ足)、最後は盲目となって杖をついて(=三つ足)国を出て行く、と言うオイディプースの数奇な運命を表すものである(この解釈では朝・昼・夜という時系列は、青年期・壮年期・老年期となる)。

最期(異伝)

 娘と共に諸国をさすらったオイディプスは、その後アテーナイに辿り着いた。アテーナイ王テーセウスはオイディプスを手厚く庇護し、コローノスの森でオイディプスが最期を迎えることを認める。テーセウスに見守られ、ようやく安息の地を得たオイディプスは地中へ姿を消した(『コロノスのオイディプス』)。

子孫

 オイディプスとイオカステは二人の息子(エテオクレース、ポリュネイケス)と二人の娘(アンティゴネー、イスメーネー)を残した。 二人の男児は長じてから、テーバイの王位継承をめぐって争いを起こす。

 その結果、テーバイを追放されたポリュネイケースは七人の将でテーバイを攻める(『テーバイ攻めの七将』)が失敗に終わる。戦争中オイディプスの息子達は相打ちになって死亡する。

 一方オイディプスの二人の娘はオイディプスとともに諸国を放浪した(『コロノスのオイディプス』)が、オイディプスが死ぬとテーバイへと帰る。

 その後前述の戦争が起こるが、テーバイを裏切った兄ポリュネイケースの遺体は、埋葬を許されず、野ざらしになっていた。

 しかしアンティゴネーは兄の骸に砂をかけ、埋葬の代わりとした。そのため彼女は死刑を宣告され、牢で自害した(『アンティゴネー』)。戦争から10年後、七将の息子たち(エピゴノイ)は父親の志を継ぐべくテーバイへの再攻撃を企て、テーバイを陥落させた。途中、エテオクレースの子ラーオダマースは戦死する。

 一方ポリュネイケスの子テルサンドロスは戦争に勝利した後、トロイア戦争に参加したが、ギリシア軍は間違ってミューシアに上陸し、テーレポス王と戦争になった。このときギリシア軍はテーレポスの攻撃によって敗走させられ、テルサンドロスは最後まで戦ったが、テーレポスに討たれた。


 演劇では、上記のストーリーのうち、オイディプスとイオカステが死者として登場し、2人が過去の記憶を想起する形でそれぞれの人生と運命を凝縮して見つめる夢幻能的な構造で構成されている。鵜澤久さんはイオカステの大役をしっかりと果たしていた。


●演劇オイディプスの特徴

 私自身、この種の演劇を過去、ほとんど鑑賞したことがなかったが、能楽同様、それなりに時代背景、ストーリーそして役柄を勉強していれば、それなりに楽しめるのではと思った次第である。

 これについては、高柳誠氏による「主体と客体の混然たる戯れーー「オイディプス」と格闘して」、また構成・演出に当たった岡本章氏の「死者としてのオイディプスの視点」に詳しく書かれているが、個々では割愛する。

 なお、あやつり人形は、台詞にあわせ人形の仕草や表情を微妙に変化させ、すばらしかった。さらに、こんな難しい演劇の台詞をよくもまぁ、覚えたものだなぁと変に感心した。かなり台詞の言い間違いはあったようだが(笑い)。 

◆イオカステ
イオカステ(Iokaste, 希:?οκ?στη)は、ギリシア神話の女性である。長母音を省略してイオカステとも表記される。テーバイ王ライオスの妻で、オイディプスの母。しかし後に知らずして息子オイディプスの妻となり、ポリュネイケース、エテオクレース、イスメーネー、アンティゴネーを生んだとされる。ソポクレスの『オイディプス王』などの悲劇作品にも登場する。 出典:Wikipedia


●ギリシャ悲劇、オイディプス王の舞台となった
  ギリシャのテーバイとは


 下はギリシャ悲劇、オイディプスの舞台となったギリシャのテーバイ地方である。ギリシャの北西にある。


オイディプスの舞台となったテーバイ(ピンク色の部分)
アテネの北西にある  出典:グーグルマップ

 この地を訪れた方が書いた<ギリシャ・テーバイ紀行>によれば、テーバイは、オイディプス、ヘラクレス等の異彩を放つ多くの英雄達を産み出し、数々のギリシャ悲劇の舞台ともなったのがアクロポリス・テーバイであり、英雄達の次にこのギリシャの小さな街にやって来たのは、ペルシャ軍、スパルタ軍、アレキサンダー大王、ローマ帝国軍、オスマン・トルコ軍。そのどれもが当時史上最強の征服者達だった。とのことで、実にそうそうたるメンバーだ。

◆テーバイ

 テーバイ(古典ギリシア語: Θ?βαι 、英語:Thebes)は、古代ギリシアにあった都市国家(ポリス)。「テバイ」「テーベ」と表記されることもある。

 ボイオーティア同盟の盟主となり、アテナイやスパルタと覇権を争った最有力の都市国家のひとつであった。精強を謳われた「神聖隊」の活躍も知られている。

 またギリシャ神話で重要な役割を果たし、オイディプス伝説などの舞台となっている。現在の中央ギリシャ地方ヴィオティア県の県都ティーヴァにあたる。


テーバイが覇権を握っていた時期(紀元前371年-紀元前362年)の地図。
黄色がテーバイとその同盟国。

出典:Wikipedia

 私も今後、ギリシャ悲劇やギリシャを学んだ後、ぜひ行ってみたいものである。