エントランスへはここをクリック   


真夏の上信州
歴史的拠点を行く

D限界集落

青山貞一 池田こみち
掲載月日:2013年8月31日
 独立系メディア E−wave Tokyo


◆巨大ダム開発と限界集落

 ところで、友人の市野和夫さん的に言えば、巨大なダムは出来たものの、この南相木村は限界集落化がすすみ、2日間、30分走っても、ひとっこひとり会えませんでした。

 限界集落とは、過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落を指す日本における概念です。

◆限界集落とは

 限界集落は、過疎化などで人口の半分以上が65歳超の高齢者になっており、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持も困難になっている集落を指すもので、日本に固有の社会組織の概念である。共同体として生きてゆくための「限界」として限界集落は表現されている。

 その限界集落は中山間地域や離島を中心に、過疎化、高齢化の進行で急速にその数が増えてきているという。

 限界集落では集落の自治、生活道路の管理、冠婚葬祭など共同体としての機能が急速に衰えてしまい、やがて消滅に向かうとされている。したがって、「限界集落」にはもはや就学児童など未成年者や若年世代がまったく存在せず、独居老人やその予備軍のみが残っている場合が多く病身者も少なくない。

 下のグラフは群馬県南牧村の人口構成を示している。南牧村では人口が急激に減少しているだけでなく、村の人口のうち65歳以上が突出して多いことが分かる。


群馬県南牧村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 7,671人
1975年 6,856人
1980年 5,893人
1985年 5,089人
1990年 4,387人
1995年 3,829人
2000年 3,340人
2005年 2,929人
2010年 2,425人
 出典:総務省統計局 / 国勢調査

 群馬県南牧村の人口構成

 出典:総務省統計局 / 国勢調査


 以前、この無医村の南相木村に青山、池田の友人、知人でもあります色平医師が赴任しており、そのころ、一度、来ています。

 群馬県南西部や長野県南東部には、このように上野村、南牧村(以上群馬)、北相木村、南相木村(以上長野)と日本を代表するような超高齢化、超少子化、超過疎化の限界集落が多数あります。

 今回は上野村だけでなく南牧村、北相木村、南相木村を現地視察しました。人口はそれぞれ1200人から2500人程度の山間地の集落です。

 上記の地域でとりわけ限界状態が進んでいるのが馬坂地区(まさか)地区です。

◆群馬県南牧村の限界集落

 群馬県と長野県の県境にある群馬県南牧村の馬坂地域は、まさに限界集落の典型例と言えます。



馬坂(間坂)の位置 出典:マピオン


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


限界集落 馬坂。ちょうど群馬と長野の県境近くにある。
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


限界集落 馬坂
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 馬坂の集落には、下の写真にあるように、すばらしい段々畑があった。現地調査で訪問したのが12月下旬ということもあり、作物の栽培はなかったが、急傾斜地の畑は非常に良く整備されていて、限界集落における自給自足的な生活の助けになっているであろう。



限界集落 馬坂。ちょうど群馬と長野の県境近くにある。
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


限界集落 馬坂。ちょうど群馬と長野の県境近くにある。
手前左の赤い車が私達が使ったトヨタのアクア(ハイブリッド)車
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


 馬坂を北上すると田口峠に出ます。

 群馬県と長野県の県境には、北から@毛無峠、A鳥居峠、B湯ノ丸峠、C田口峠、D十石峠、Eぶどう峠などの峠がありますが、とりわけ田口峠は、人里離れた限界集落の延長にある峠であると言えます。

 国(国土交通省)や東電などの電力会社は、多くの場合、限界集落の最上流部の山間地にダムをガンガンつくってきました。

 しかし、それにより、一層、限界集落化が進んでいる現実があります。仮に道路が整備され、橋やトンネルがたくさん出来ても、まちやむらは寂れるばかりなのです。

 しかも、本当につくられたダムが有効に働いているのか疑わしいものばかりです。しかも、巨大ダム以外にも膨大な数の砂防ダムや河川改修をすることで、自然はとどめなく破壊されています。

 首都圏の人口は3000万人になんなんとしている中、同じ首都圏の周辺地域では、急激に高齢化、過疎化、少子化が起きている現実を直視する必要があります。これは何も首都圏の周辺地域だけでなく、地方の至る所で起きている問題でもあるのです!

 3日目の29日に、中之条町、草津町などを探訪しました。また草津温泉を通りました。ちょうど、池田さんの先輩でもある皇后陛下がピアノを演奏に草津にいらしていたようですが、現地では交通規制はありませんでした。

 湯畑近くに店で、温泉まんじゅうを買おうと、車を降りた途端、非常に高濃度の亜硫酸ガスのパフを青山が吸い込み、いきなり発作が起きました。

 すんでの所で倒れるところでした。これにはおどろきました。幸い、大事には至りませんでしたが、やはりいおう系の温泉は避けた方がよいようです。

 なお、最後の日も、帰りは北軽井沢→軽井沢→下仁田町→南牧村→上野村→神流町→小鹿野町→秩父市→皆野町→長瀞町→寄居町を通って帰京しました。