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厳寒のロシア2大都市短訪


小エルミタージュ

ロマノフ家の肖像ギャラリー

青山貞一 Teiichi Aoyama  
池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2017年5月30日
独立系メディア E-wave Tokyo

無断転載禁
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 ・ロマノフ王朝肖像系コレクション
   ロマノフ王肖像1  ロマノフ王肖像2   ロマノフ王肖像3  ロマノフ王肖像4
   ロマノフ王肖像5  ロマノフ王肖像6   ロマノフ王肖像7  ロマノフ王肖像8


サンクトペテルブルグ(Saint Petersburg)



◆小エルミタージュのロマノフ家肖像ギャラリー

 ロマノフ家ギャラリーは、小エルミタージュ(以下のガイド図の中央、水色部分)の北側から南側にかけての回廊空間にあります。



 以下はロマノフ家の肖像画並ぶ小エルミタージュの展示室です。


小エルミタージュの内装。ロマノフ・ギャラリーの北側部分
Source:Wikimedia Commons
Eduard Hau - http://www.arthermitage.org/Edward-Petrovich-Hau/Interiors-of-the-Small-Hermitage-The-Northern-Part-of-the-Romanov-Gallery.html, パブリック・ドメイン, リンクによる


 ここでは、小エルミタージュの展示から、ロマノフ家のポートレートを紹介します。以下は、ロマノフ朝の歴代党首(皇帝)ですが、その家族などの絵画や写真もあります。古い時代のものは、絵画ですが、写真がある場合でもモノクロとなっています。ただ後半になるとカラー写真となっているものもあります。

歴代当主(歴代ロシア皇帝, インペラートル) ムラサキの地に黄色字は女帝
歴代 皇帝 在位 備考
初代 ピョートル1世 1721年-1725年 ツァーリ即位は1682年。元老院と宗務院より、インペラートルとともに大帝(Великий)の称号も受ける。
第2代 エカチェリーナ1世 1725年-1727年 ピョートル1世の皇后。
第3代 ピョートル2世 1727年-1730年 ピョートル1世の孫、廃太子アレクセイの子。
第4代 アンナ 1730年-1740年 ピョートル1世の異母兄イヴァン5世の子。クールラント公フリードリヒ・ヴィルヘルムの未亡人。
第5代 イヴァン6世 1740年-1741年 イヴァン5世の曾孫。宮廷クーデター(ロシア語版)により廃位。1764年に殺害。
第6代 エリザヴェータ 1741年-1761年 ピョートル1世とエカチェリーナ1世の子。
第7代 ピョートル3世 1761年-1762年 エリザヴェータの甥。ホルシュタイン=ゴットルプ公。宮廷クーデター(ロシア語版)により廃位、後に殺害される。
第8代 エカチェリーナ2世 1762年-1796年 ピョートル3世の皇后。プロイセンのアンハルト=ツェルプスト侯家出身。大帝の称号を受ける。
第9代 パーヴェル1世 1796年-1801年 ピョートル3世とエカチェリーナ2世の子。宮廷クーデター(ロシア語版)により殺害。
第10代 アレクサンドル1世 1801年-1825年 パーヴェル1世の子。
第11代 ニコライ1世 1825年-1855年 パーヴェル1世の子、アレクサンドル1世の弟。
第12代 アレクサンドル2世 1855年-1881年 ニコライ1世の子。「人民の意志」派の爆弾テロ(ロシア語版)により暗殺される。
第13代 アレクサンドル3世 1881年-1894年 アレクサンドル2世の子。
第14代 ニコライ2世 1894年-1917年 アレクサンドル3世の子。二月革命により退位。1918年に家族とともに殺害される(ロマノフ家の銃殺(英語版))。


◆小エルミタージュ 

 以下の3枚の写真は小エルミタージュの北側、南側のギャラリーに実際にロマノフ家のポートレートが所狭しと掲げられている写真と3枚目はです。小エルミタージュの外観です。


I小エルミタージュの内装。ロマノフ・ギャラリーの南側部分
Source:Wikimedia Commons
Eduard Hau - http://www.arthermitage.org/Edward-Petrovich-Hau/Interiors-of-the-Small-Hermitage-The-Southern-Part-of-the-Romanov-Gallery.html, パブリック・ドメイン, リンクによる


S
ネヴァ河サイドからの小エルミタージュの外観。
Source:Wikimedia Commons
By Alex 'Florstein' Fedorov, CC BY-SA 4.0, Link


◆小エルミタージュのロマノフ家ギャラリー

 以下はロマノフ家のポートレートです。60枚ほど続きます。


フランス人画家 Louis Caravaque (Marseilles, 1684-1754)による
アンナ・ペトローヴナと女帝エリザベータの肖像。
Source:Wikimedia Commons
ルイ・カラヴァク - 投稿者自身による作品, George Shuklin (photo 08.03.2008), パブリック・ドメイン, リンクによる



黒人少年とエカテリーナ1世。(冬の宮殿のロマノフ家ギャラリー)
Source:Wikimedia Commons
Ivan Adolsky / Иван Адольский - http://forum.lirik.ru/forum/album_page.php?pic_id=244&mode=next, パブリック・ドメイン, リンクによる



聖アンドレイの勲章をつけた肖像(1740年:リボンと星)
Source:Wikimedia Commons
ルイ・カラヴァク - [1], パブリック・ドメイン, リンクによる


註)帝政ロシアで最初に制定された、最高位の勲章は聖アンドレイ名を冠した聖アンドレイ勲章であり、その記章や頚飾には青い聖アンドレイ十字が配されていました。


クセニヤ・シェストヴァ
1560年~1631年)ヒョードル・ロマノフの妻であり、ミハイル・ロマノフの母。
Source:Wikimedia Commons
Unidentified painter - http://www.mosjour.ru/index.php?id=390 http://dlib.rsl.ru/view.php?path=/rsl01003000000/rsl01003801000/rsl01003801204/rsl01003801204.pdf#page115, パブリック・ドメイン, リンクによる



アレクサンダー・ロスリン(A.Roslin:スウェーデン人、ビジュアルアーティスト)が描いた
ナタリア・アレクセイエワ(1776年、エルミタージュ)
Source:Wikimedia Commons
アレクサンドル・ロスラン - Web Gallery of Art:   画像  Info about artwork, パブリック・ドメイン, リンクによる



マリア・フョードロヴナ 18歳の頃、A.ロスリン画
(ロシア皇帝アレクサンドル3世の皇后)
Source:Wikimedia Commons
アレクサンドル・ロスラン - http://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/digital-collection/01.+Paintings/38727/?lng=ru, パブリック・ドメイン, リンクによる


つづく