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  厳寒のロシア2大都市短訪

エルミタージュ美術館 別館

風景画:ピサロ、ゴッホ、ボナール等

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2017年5月30日
独立系メディア E-wave Tokyo
 
無断転載禁
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サンクトペテルブルグ(Saint Petersburg)
  サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

    

◆エルミタージュ美術館 別館紹介
  本館から別館へ    施設案内      フロア概要(2階~4階案内)  
  アレクサンダー・ワグナー作品等       ロシア・アートオブジェ作品等
  風景:ゴッホ、セザンヌ、モネ        裸婦:ドガ、ルノワール
  夫人:ルノワール、セザンヌ、ゴーギャン  陶芸作品、版画:ピカソ 
  男性:セザンヌ、ドガ、マティス、ピカソ    静物:マチス、セザンヌ
  風景:ピサロ、ゴッホ、ボナール等      夫人:裸婦・ドニ、マティス他多数
  近代絵画・抽象画:マティス、ピカソ

         参考  西洋画コレクション(大エルミタージュ)

 ここでは風景画のつづきを紹介します。

 以下は、カミーユ・ピサロの 『モンマルトル通り』 1897年の絵画です。

◆カミーユ・ピサロ
 (Camille Pissarro, 1830年7月10日 - 1903年11月13日)は、19世紀フランスの印象派の画家。


Photo portrait of Camille Pissarro
Source:Wikimedia Commons
不明 - Book: Camille Pissarro, publ. Art Gallery of New South Wales (2006), パブリック・ドメイン, リンクによる

 カリブ海の当時デンマーク領だったセント・トーマス島に生まれました。家業の金物屋を手伝っていましたが、画家フリッツ・メルビーの誘いで、1852年(22歳頃)から1854年(24歳頃)まで、島を出てベネズエラに旅行に出ました。

 1855年(25歳)、画家を志してパリに出て、画塾でモネ、セザンヌといった画家と知り合いました。1859年(29歳頃)にサロン・ド・パリに初入選するが、1860年代はサロンへの入選と落選を繰り返し、生活は苦しかったようです。

 当時はコローにならった画風でした。マネを中心に若手画家たちがバティニョール地区のカフェ・ゲルボワに集まり、バティニョール派と呼ばれたが、年長のピサロもこれに加わるようになりました(→画塾とサロン(1860年代))。

 1869年からパリ郊外のルーヴシエンヌに住み、モネ、シスレー、ルノワールと一緒に戸外制作を行ううちに、明るい色調の絵画を描くようになりました。1870年の普仏戦争を避けてロンドンにわたり、画商デュラン=リュエルと知り合いました(ルーヴシエンヌ、普仏戦争(1869年-1872年))。

 1872年からはポントワーズに住み、田園風景を描いた。サロンへの応募はせず、デュラン=リュエルの支援を受けて制作していましたが、モネらとともに独自のグループ展を計画し、1874年、第1回印象派展を開催しました。しかし、当時主流だったアカデミズム絵画の立場からは受け入れられず、新聞からは酷評されました。

 その後も、印象派展は全8回開かれたが、全てに参加したのはピサロだけです。第4回印象派展の頃から、主に風景画を描くモネ、ルノワールらの仲間と、風俗画を描くドガとの間で、サロンへの立場など様々な問題について意見の対立が顕在化し、ピサロは、その調停を試みたが、グループの分裂を防ぐことはできませんでした。

出典:Wikipedia



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
カミーユ・ピサロ 、『モンマルトル通り』 、1897年



カミーユ・ピサロ 、『モンマルトル通り』 1897年
Source:Wikimedia Commons


 以下は、20世紀を代表する印象派の巨匠、ゴッホのライラックの木 1889年です。

◆フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ
 (Vincent Willem van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日)


:VanGogh 1887
Source:Wikimedia Commons
フィンセント・ファン・ゴッホ - [1], パブリック・ドメイン, リンクによる

 ゴッホは、オランダのポスト印象派の画家です。オランダ人名のvanはミドルネームではなく姓の一部であるために省略しません。つまり正確にはゴッホでは無く常にファン・ゴッホと呼ばなければなりませんが、日本ではファン・ゴッホもゴッホという呼び方で定着してしまっています。主要作品の多くは1886年以降のフランス居住時代、特にアルル時代(1888年 - 1889年5月)とサン=レミでの療養時代(1889年5月 - 1890年5月)に制作されています。感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家である。フォーヴィスムやドイツ表現主義など、20世紀の美術にも大きな影響を及ぼした。

出典:Wikipedia

 以下はゴッホの「ロバに乗る女性と農夫」作品です。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900 2017-2
   ゴッホ、「朝出かける様子」 Vincent van Gogh. Morning:
   Going Out (After Millet), January, 1890



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
    ドラン・アンドレ、「プロバンス地方、マルティーグの港」
    Martigues, Harbor in Provence、1913
    Derain, Andre (1880-1954)、Port en Provence, Martigues



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
   ピエール・ボナール、「町中の馬車」 
   Pierre Bonnard "Morning in Paris"


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900 2017-2




撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900 2017-2
   ピエール・ボナール、「朝のパリ」、Bonnard, Pierre. 1867-1947
    Early Spring. Little Fauns France, 1909



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2




撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
    モーリス・デ・バルマーン(スイス人) - ブージヴァル  1908年頃  風景画
    Maurice de Vlaminck - Bougival - abt 1908



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
    マルケ 「 マントンの港」、1905 



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2017-2
    クロード・モネ、「アーブル港の大埠頭」 風景画
     Claude Monet、Grand Quai at Havre Landscape


つづく