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厳寒のロシア2大都市短訪

   
冬宮殿の部屋と広間
冬宮殿の庭園

青山貞一 Teiichi Aoyama  
池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2017年5月30日
独立系メディア E-wave Tokyo
 
無断転載禁

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 ・エルミタージュ冬宮(本館)の主要施設
   
ヨルダンの階段       大玉座の間     紋章の間
   マーシャル将軍の間   軍事の間       大教会     
   アレクサンダーの間    白色の大広間    黄金の応接間
    クジャク石の間       アラビアの間    ネヴァ河3広間 
   コラス1世円形の間    私的居住空間    庭園   コンサートホール


◆サンクトペテルブルグ(Saint Petersburg)
  
サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

  



◆冬宮殿の庭園

 冬宮の庭園は、皇室の私的居住空間の西側一帯にあります。


Tsaritsa アレクサンドラワ・フェオドロワアの庭園のデザインは変更されています
Source:Wikimedlia Commons
Public Domain, Link



冬宮殿のコートヤード庭園のコーナー
Source:Wikimedlia Commons
By Satbir Singh - originally posted to Flickr as DSCF0662, CC BY 2.0, Link


 以下は、夜の庭園をグーグルマップストリートビューで360度パノラマビューしています。クリック後、マウスなどで動かしてみてください。

 ※ 庭園をグーグルマップストリートビューで360度パノラマビュー(夜、冬)

 ※ 庭園をグーグルマップストリートビューで360度パノラマビュー(昼、冬) 


 サンクトペテルブルグ、冬宮殿の庭はあまり知られていません。それというのも、ロマノフ家の巨大な宮殿には、庭を持つという意図がありませんでした。皇帝の主要な邸宅として、首都に設置されていたこともあり、くつろいだり楽しむ場所ではなく、むしろ宮殿は権力の象徴でした。

 宮殿の北側は、ネヴァ河に沿っており、宮殿広場は南側にありました。冬の宮殿には庭のためのスペースは確保されていませんでした。しかし、ロシアの最後の二人の皇后(女帝)は、それぞれ、それまで舗装されていたエリアに庭を造りました。

 1885年、アレクサンダー3世の妻、皇后マリア・フョドロヴナは、以前は舗装されていた宮殿の主要な中庭に庭を造りました。この庭は、庭を取り囲む宮殿と同じように、きちんとした正方形にしていました。

 芝生の庭には樹木や低木を植え、その回りは、馬車用の丸石(玉砂利)を強いた通路が囲み、宮殿広場の主要なアーチ型入口へと導き、中庭から宮殿内へと入るための様々な扉につながっていました。

 第二の庭は1896年に最後の皇帝ニコラス2世の妻である皇后アレクサンドラ・ヒョードロヴナのために作られました。彼女は、20世紀になるとしばらく宮殿で暮らしました。彼女は宮殿の外装ファサードに一般の人々が入ってくるのを見つけて、宮殿の西側の私的居住棟の窓を人々が見つめて通ることを嫌いました。

 彼女はまた、彼女の子供がプライバシーを確保し、隔離されて遊べる場所を望んでいたため、彼女は部屋の窓の下のパレード用の土地に庭を作りました。その庭は、上部にレールをつけた高い壁でに囲まれていました。 この庭は、リガの街の庭園と公園を監督した、景観建築家であるGeorg Kuphaldtの企画したプロジェクトに基づいて作られました。


つづく