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最後の楽園
タスマニア
J三日目 ポートアーサー
流刑囚人刑務所
Port Arthur
青山貞一 池田こみち
掲載月日:2012年3月3日
独立系メディア E−wave Tokyo
無断転載禁

◆地球「最後の楽園」タスマニア現地予備調査報告
@全体概要 F中北部大自然 L希有な自然海浜
A州都ホバート Gグレートレーク Mオッポッサムベイ
B北部ロンセストンへ H376人の村ボスウェル Nシドニーウォータフロント
Cタスマニア動物園-1 I森林大伐採の元凶 Oシドニーハイドパーク
Dタスマニア動物園-2 Jポートアーサー刑務所
Eタマール川と渓谷 Kタスマニアデビル保護公園

 2012年2月20日から25日、オーストラリア南端にあるタスマニア島(Tasmania State)に現地調査の予備調査で訪問した。

4. 第三日目(2012年2月23日) ポートアーサーへ(Port Arthur)

4−4 ポートアーサ流刑囚人刑務所跡(世界遺産)へ

 私たちはボスウエルを後に、一路、夕暮れの州都ホバートに向かう。


タスマニアと現地予備調査ルート

 タスマニアの日没は午後8時過ぎである。そこで一端、ホバートのホテルに戻って一休みした後、すぐに世界遺産にもなったポートアーサに向かうこととした。

 下に州都のホバートからポートアーサーまでの経路を示す。通常、片道1時間30分の道のりである。


ホバートからポートアーサーへの現地予備調査ルート


タスマン半島に入る
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.22


ポートアーサー流刑囚人刑務所跡の位置図
Source:English Wikipedia

●ポートアーサーにある世界最南端の刑務所跡(世界遺産)

 三日目の午後に行く、タスマニア南東部のタスマン半島には、1830年〜1877年まで流刑者収容所跡がある。ここには短くも哀しいタスマニア、いやオーストラリア開拓時の歴史と史跡が集中している。1840年までに2000人以上の囚人と監視人等の役人がいたという。


ポートアーサー流刑囚人刑務所跡
Source:English Wikipedia


ポートアーサー流刑囚人刑務所跡の全景
Source:English Wikipedia

 300mに及ぶ玄武岩の断崖、すばらしい景勝ビーチなど、自然環境や自然景観とともに、流刑者用刑務所がある。世界最南端の刑務所である。

 英国から遠く離れたこのタスマニアのポートアーサー刑務所には、政治犯やいわゆる罪人が送られてきた。その中には実質無罪の冤罪者もけっこういたらしい。

 この刑務所は、1830年、英国における政治犯や刑事犯の流刑囚たちを監禁するためもので、当時アーサー総督の指示で囚人たちによって建造された。ポートアーサー史跡は刑務所跡地であるが、看守や軍人らの生活までが復元されておりオーストラリア開拓当時をしのぶことができる。

 ここではオーストラリア本土でまったく味わえない、オーストラリア開拓当時のさまざまな歴史と文化を見て感じることができる。


ポートアーサー流刑囚人刑務所内部
Source:English Wikipedia

 ポートアーサー地区は、タスマニア本島とタスマン半島をつなぐ幅が100mにも満たないイーグルホーク・ネック(上の地図参照)と呼ばれる細長い陸路、そしてサメが出没する流速が早い両側の海峡により囚人の脱獄を防ぐ「究極の刑務所」と言われた。


夕暮れのイーグルホーク・ネック
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.22

 流刑地の中心にあるポートアーサーの街では、上述のように囚人の労働により造られた建物、造船、炭鉱、レンガなどの産業が発達することとなった。


ポートアーサーにおける囚人の労働
Source:English Wikipedia


ポートアーサー砕鉱施設跡
http://www.portarthur.org.au/

 1877年に刑務所が閉鎖されるまで、流刑者収容所と囚人らの歴史を紹介しているのがタスマニアで最も有名な観光地、ポートアーサー史跡である。この史跡は現在、世界遺産となっている。


ポートアーサーの歴史地区にある流刑刑務所跡
http://www.portarthur.org.au/

 ポートアーサーの歴史地区には、病院、教会、囚人の独房、監視塔といった建造物が芝生に点在している。まるで公園のような施設は流刑者用の刑務所であったとは誰も思わないほどだ。


刑務所の囚人独房跡
http://www.portarthur.org.au/


教会跡
Source:penal colony: Port Arthur

 史跡には、ガイド付きの夜間ツアーがある。ランタン片手に「幽霊が出る」などと言われている施設を夜に巡る「ゴースト・ツアー」それに囚人の埋葬地「死の島」をまわるクルーズ付きのツアーが人気となっている。


囚人の埋葬地「死の島」
Source:English Wikipedia


囚人の埋葬地
Source:English Wikipedia


ゴースト・ツアー
http://www.portarthur.org.au/

 今回私たちはツアーの事務所に行ったものの、時間の関係でツアーには参加できなかったが、次回の本格現地調査ではぜひ、それらのツアーに参加してみたいと思う。

 なお、刑務所の閉鎖後はほとんどの建物が取り壊された。また山火事によって消失したりされ、建物も売却された。

 これは監獄あたかも流刑刑務所の暗い過去のイメージを払拭するためのものでもあった。古い建物はホテルなどに改造された。

 1927年、ポートアーサーの名前が復活しその歴史的な価値が大きく見直されることになった。それに伴い、オーストラリア政府が刑務所関連施設の買戻しを行った。

 1970年からはあらゆる刑務所関連史跡を州政府公園局が管理し、2005年、国立文化遺産の指定を受けるに至った。

 以下は、オーストラリア政府観光局の教育旅行公式サイトにある世界遺産登録に関する紹介である。

◆オーストラリアの歴史と文化を伝承する貴重な遺跡群
http://school.australia.jp/worldheritage/australian_convict_sites/

 タスマニア州、ニューサウスウェールズ州、西オーストラリア州、ノーフォーク島に点在する囚人遺跡群は、1788年から1868年の英国流刑の歴史を伝承する貴重な遺跡として、計11か所の囚人遺跡が2010年7月に文化遺産に登録された。なかでも、タスマニアの「ポート・アーサー史跡」や「ブリッケンドンとウールマーズ・エステート」、シドニーの「ハイドパーク・バラックス」、西オーストラリアの「旧フリーマントル刑務所」は、街の中心部に位置するユニークな世界遺産として観光客に人気の観光スポットとなっている。文化遺産に登録された遺跡群11カ所は下記の通り。

タスマン半島 ポート・アーサー史跡 (タスマニア州)
1830年代に流刑場として開設。60棟もの建物が連なる絵画のような美しい風景と
監獄の恐ろしさを物語る風景が織りなす景観美は、旅人を魅了してやまず、タス
マニアで最も人気の高い観光地のひとつとなっている。


タスマン半島 炭鉱史跡 (タスマニア州)
炭鉱史跡は、流刑時代に地域資源開発を目的に労働力として利用された囚人の実
態が浮き彫りにされた遺跡。すり鉢状のくぼ地に変形した坑道や湿って暗い18の
代用独房は、オーストラリアの流刑史の容赦ない厳しさを今に伝えている。

サウス・ホバート カスケーズ女子工場 (タスマニア州)
女性囚人の更生を目的として設立された女性専用の収容施設。自給自足で生活し
ていた囚人は、洗濯や裁縫で労働しながら受刑にかかる費用の一部をまかなった。

マリア島 ダーリントン保護観察所 (タスマニア州)
タスマニア東沿岸沖のマリア島に位置し、島の流刑史やタスマニア独自の保護観
察制度の一端を知ることができる。

ロングフォード ブリッケンドンとウールマーズ・エステート(タスマニア州)
私有農場となっており、農業に従事するため送り込まれた一部の囚人たちは、こ
の地でタスマニアの牧畜産業の発展に大きく貢献した。


■ シドニー ハイドパーク・バラックス (ニューサウスウェールズ州)
オーストラリア政府によって設立された初の収容所。マッコーリー総督時代の囚
人管理を伝える遺跡としては、現存する唯一の建築物となっており、現在は博物
館として一般公開されている。

■ パラマッタ 旧総督官邸 (ニューサウスウェールズ州)
オーストラリア最古、そして原形を留めている総督の住居で1788年から1856年ま
で、ニューサウスウェールズの傑出した総督12人の住居兼執務室だった。

■ シドニー湾 コッカトゥー島 (ニューサウスウェールズ州)
オーストラリアで唯一、囚人たちの手によって建設された乾ドック(船舶の製造
や修理を行う設備)。当時の囚人たちが管理・監禁されていた状況や労働環境を
物語る建造物や骨組みを見ることができる。

■ ワイズマンズ・フェリー近郊 オールドグレートノース・ロード (ニューサウスウェールズ州)
オールドグレートノース・ロードは、囚人の労働力を利用して開発された主要な
公共インフラの例として、国の重要な遺跡となっている。

■ フリーマントル 旧フリーマントル刑務所(西オーストラリア州)
小さな丘の上にあるユニークな遺跡で、オーストラリア建国時に貢献した囚人た
ちの功績を知ることができる。

■ ノーフォーク島 キングストンとアーサーズ・ベール史跡地区
ノーフォーク島に位置する国の重要史跡。オーストラリア東部へ囚人が移送され
た1788年から1855年にかけての囚人定住の経緯を知ることができる。


つづく