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   ウズベキスタン現地予備調査

首都、タシケントへ

  Kapital, Toshkentga

青山貞一 Teiichi Aoyama
池田こみち Komichi Ikeda

掲載月日:2015年3月9日
独立系メディア E−wave Tokyo

無断転載禁

 この後、ホテルまで迎えに来てくれた乗用車でタシケント駅に向かいます。

 今回の旅行は、@燃料年サーチャージ付往復航空券、A宿泊先ホテル(四つ星クラス)、B送迎車のみを旅行代理店に依頼し、Cガイド、D朝食以外の食事、Eオプショナルツアー+Fビザ取得は一切なしとしました。朝食以外の食事は、臨機応変とし、あらかじめしっかり調査していったので、ガイドは不要、さらにビザは自分たちで大使館に行きとりました。ビザ取得を代理店に依頼すると12000円近くになりますが、自分でとったので3000円程度となりました。

 その結果、全部で8日間の旅行は、通常24万円〜40万円(エコノミー航空券、四つ星くらいのホテル、全食事つき、ガイド付・送迎付き)の半額から1/3の12万円台となりました。これはかなりリーズナブルなはずです。もちろん、行く季節によってもツアー代は異なります。2月出発は一年中でもっともリーズナブルなはずです。

 従来はすべて自分で手配していましたが、円安が急激に進行したため、日本で購入する航空券とホテル代が急上昇し、ウズベキスタンの燃料サーチャージ付き往復航空券はよほどのものでないかぎり、7−9万円となります。ウズベキスタンには、他に大韓航空、アシアナ航空、アエロフロートなどが就航していますが、いずれもソウル、モスクワでトランジットするので、時間を大幅に消費します。


ホテルまで迎えに来てくれた乗用車(手前)
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 これで「青の都」、サマルカンドの3日間の現地視察は終わりです。今日(3月4日)はサマルカンドからタシケントへ鉄道による移動です。

 列車による移動と言えば、ブハラからサマルカンドへの移動に際して5回も厳しいチェックを受けたことを思い出し、暗くなります。サマルカンド駅周辺の道路は車で込んでいましたが、無事、サマルカンド駅に到着しました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 下はグーグルアースで見たサマルカンド駅です。
 

出典:グーグルアース 

 下はサマルカンド駅です。
 
 サマルカンド駅はおそらくソビエト連邦時代につくられたものと思います。何しろ、ウズベキスタンでは空港、列車の駅はどれもすごく立派です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 車でサマルカンドのホテルから駅に到着すると、なぜか、今回はパスポートコントロール、持ち物X線チェックとキップの検印のわずか2度のチェックで駅構内に入れました。

 おそらく前回のブハラ駅での5回のチェック、それも非常に厳しいチェックを受けたのは、ウズベキスタン大統領がサマルカンドに来たことと無関係ではないようです。

 出発は11時半すぎです。

 列車の出発を告げる下の電光掲示板には、まだToshkent とだけしかありません。ものすごい立派な駅の割には、到着、出発する列車の数はきわめて少ないようです。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 下は待合室に座る池田です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 時間が来て、ホームまで行くと隣の線路にウズベキスタンの最新鋭の特急列車がいました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 残念ながら私達がタシケントまで乗る特急列車は、最新鋭のいわばウズベック版新幹線ではありません。

 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 このウズベキスタン版新幹線には、例の Afrosiyob という名称が付いていました!


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

◆アフラシャブ号 (Afrosiyob)

 アフラシャブ号は2011年10月8日に営業運行を開始した、タシュケント・サマルカンド高速鉄道を走る高速列車です。列車名は、13世紀にチンギス・カンのモンゴル帝国に破壊されたサマルカンドの旧市街地アフラシヤブの名に由来しています。タシュケントとサマルカンドとの間を所要2時間半で結ぶ。最高設計速度は250km/hですが、高速化に対応した線路は、当面は344kmの行程中の35kmにとどまっています。 車両はスペインのTalgo社とIngeteam社製のタルゴ250が2編成、用意されています。車両の構成は、前後計2両の電気機関車 (出力各2528kW、交流駆動) にはさまれた1軸連接構造の客車8両と食堂車1両からなり、客席の等級は3段階に分かれています。

出典:Wikipedia

 サマルカンド駅のホームには、家族連れ、それも女性だけの四世代の家族がおりました。これまたすごく人懐こく、私達が日本人であると分かると、いろいろ身振り手振りで寄ってきました。

 分かったのは、上のおばあちゃん(65歳)は、10人の子供を産み、次のおばあちゃん(51歳)は5人の子供を産み、30歳のお母さんが現在までに3人の子供を産んでいたことです。一緒にいた孫は30歳の母親が産んだ女の子出、四世代4人全員が女性でしたが、67歳で10人の子供を産んでいたおばあちゃんには驚きました!


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 下は四世代そろいぶみの写真です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 下は赤ちゃんをあやす池田です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 下の写真の左側の女性は、タシケント到着時、またサマルカンドでご一緒した一人旅の方です。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-3


撮影:Nikon Coolpix S6400  2015-3-3

 首都タシケントに向かう列車は定刻通りに発車しました。サマルカンド、タシケント3時間半の旅です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 特急列車は途中ほとんどとまらず、タシケントに向かいます。

 下は青山のスーツケースに寄っかかる赤ちゃんです。どこの国でも赤ちゃんは可愛いです。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 車窓からの風景は下の写真のように、圧倒的多くは草原です。まさにロシアの作曲家、ボロディンの「中央アジアの草原にて」を思い出します!


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

 ここで閑話休題!!

 トイレに行ってみると、何と大昔の日本の列車同様、水洗トイレではなく、便器から鉄道の線路に大そして、小をそのまま落とすタイプのもので、非常に懐かしくなりました。昔日本の湘南電車などでもありました。
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撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-3-3

<ウズベキスタンのトイレ事情>


 ウズベキスタンに行く前、ホームページなどでウズベキスタンのトイレ事情があれこれ書かれていましたが、ホテルでは日本や欧米と水洗トイレであり、まったく問題はありませんでした。

 一方、博物館、公共施設などでも、大部分はやはり水洗トイレで問題ありませんでした。レストランにはほとんど行きませんでしたが、おそらく同じでしょう。

 問題は、レギスタン広場はじめ世界遺産や世界遺産級の重要文化財など、料金をとる場所でトイレがなかったことです。たとえば日本ならこの種の場所には公衆トイレがありますが、一旦、お金を払って中に入ると、中にトイレがないと当然こまります。

 ただし、サマルカンドの「レギスタン広場」やブハラの「アルク城」の場合、レギスタン広場は、チケットは1日中有効、アルク城は3日間有効なので、出入り自由です。おそらくアルク城にはトイレがあるはずですが、無い場合でも外で探すことができます。

 しかし、サマルカンドの考古学博物館の場合、入場料を払って館内見物後、発掘現場を見せてもらった後、館内のトイレに行ったら、何とトイレ使用料を取られました。何かの間違いかも知れませんが、そのために小銭を用意しておく必要はあるでしょう。

 なお、ブハラの公園の中にあるイスラーマール・サマーニ廟(見学無料)の場合、近くに無料の公衆トイレがありました。

 もっぱら、公衆トイレが無料なのは、日本だけと思ってよいと思います。たまたま無料だと思っても、出入り口に子供などがいて、小銭を徴収していることがあります。子供は英語が話せない場合、黙っていることもあるので、気をつけたいものです。

 ところで、紙ですが、備え付けの紙は日本のようにやわらかいものではなく、結構、ごわごわした物が多いようです。また公衆トイレなどでは、備え付けの紙がない場合もありました。


つづく