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ベトナム・ホーチミン市短訪
Short visit to Ho Chi Minh City in Vietnam
戦争証跡博物館③

Vietnam War Remnants Museum 3

青山貞一・池田こみち
Teiichi Aoyama & Komichi Ikeda
Environmental Research Institute, Tokyo

    
掲載月日 掲載月日:2011年2月24日2013年8月7-11日拡充
 
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戦争証跡博物館1 戦争証跡博物館2  戦争証跡博物館3
ベトちゃんとドクちゃん

ベトナム戦争証跡博物館③

◆枯葉剤とダイオキシン類汚染

 この階の反対側には、オレンジ色のコーナーがありました。これは、ベトナム戦争において米国軍によって大量に空中から地上に散布された枯れ葉剤(エイジェント・オレンジ)のオレンジを意味しています。

 このコーナーにはダイオキシン類、リンを含む農薬による人体影響に関する写真だけでなく、ホルマリン漬けとなった胎児、幼児の実物標本なども展示されていました。

 さらにダイオキシン類の強い毒性(催奇形性)による影響、被害を受けた人々の膨大な写真が展示されており、戦争から40年近く経った現在でもその痕跡が残っていることを肌身で感じました

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


動画撮影:青山貞一 Yashica ADV-1025HD

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

枯葉剤とダイオキシン類汚染

 枯葉剤は、除草剤の一種である。ちなみに、ベトナム戦争で散布された枯葉剤はダイオキシン類の一種2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を高い濃度で含んだものである。

 ベトナム戦争中に米軍と南ベトナム軍によって撒かれた枯葉剤は軍の委託によりダイヤモンドシャムロック、ダウ、ハーキュリーズ、モンサント社などにより製造された。用いられた枯れ葉剤には数種類あり、それぞれの容器に付けられる縞の色から虹枯れ葉剤(rainbow herbicides)と呼ばれ、オレンジ剤(Agent Orange)、ホワイト剤、ブルー剤などがあった。

 ベトナムで使用された枯葉剤のうち主要なものは、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)と2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)の混合剤であり、ジベンゾ-パラ-ダイオキシン類が含まれ、副産物として一般の2,4,5-T剤よりさらに多い2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を生成する。

 このTCDDは非常に毒性が強く、動物実験で催奇形性が確認されている。ベトナム戦争帰還兵の枯葉剤暴露とその子供の二分脊椎症の増加についてはこのTCDDとの関連が示唆された。なお、2,4,5-Tはアメリカ合衆国や日本では散布使用が許可されていない。

?戦争証跡博物館の写真
?戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

 ダイオキシン類が作用する分子生物学的標的は内分泌攪乱化学物質と同一のものであり、動物実験で催奇性が確認されている。ヒトに対する影響は不明であるとする否定意見があるが、これは人間に対しては動物のように実験を行うことが出来ないために不明となっているためである。

 枯葉剤の散布は、名目上はマラリアを媒介するマラリア蚊や蛭を退治するためとされたが、実際はベトコンの隠れ場となる森林の枯死、およびゲリラ支配地域の農業基盤である耕作地域の破壊が目的であったといわれる。枯葉剤は1961年から1975年にかけてゲリラの根拠地であったサイゴン周辺やタイニン省やバクリエウ省のホンダンなどに大量に散布された。

 アメリカ復員軍人局の資料によれば確認できるだけで8万3600キロリットルの枯葉剤が散布された。コロンビア大学のジーン・ステルマンの調査では、散布地域と当時の集落分布をあわせて調査した結果、400万人のベトナム人が枯葉剤に曝露したとしている。

 1969年6月末、サイゴンの日刊紙「ティン・サン」は枯葉剤散布地域での出産異常の増加に関する連載を開始したが、当局によりすぐさま発禁処分となった。同年11月29日、全米科学振興協会(AAAS)の年次総会にて、ハーバード大学のマシュー・メセルソン、バウマンらの散布地域における出産異常の激増に関する報告がなされた。

 同報告では、1959年から1968年の異常児出産4002例を調べ、散布強化された1966年以降、先天性口蓋裂が激増していること、奇形出産率がサイゴンで1000人中26人、集中散布地域のタイニンで1000人中64人にのぼった事が報告された。

 また散布地域の母乳のダイオキシン濃度で最高1450pptを検出、平均で484pptと、非散布地域・国に比べて非常に高い汚染状況にある事が報告された。1972年6月、ストックホルムでの国連環境会議で枯葉剤散布は主要議題となり、アメリカの批判派の科学者らから、ベトナムでの奇形児出産の増加を含む膨大な報告がなされた。

出典:Wikipedia


動画撮影:青山貞一 Yashica ADV-1025HD

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

 米軍によって枯葉剤が撒かれた地域と量のリスト。


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 枯葉剤が主に捲かれた地域。主にホーチミン市近く(北側)。


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 下はとりわけ多量の枯葉剤が捲かれたホーチミン市の北側地域。


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 下の写真は枯葉剤を散布前後の変化。


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 下は、枯葉剤が散布された地域の実態。


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


枯れ葉剤を空から散布する米国の航空機
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


枯れ葉剤が入った大きなタンクからドラム缶に分ける作業の現場
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


枯れ葉剤が入ったドラム缶を輸送する現場
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8
  
 下の写真の数々は、枯葉剤散布による人的影響、被害の一部です。

?戦争証跡博物館の写真
?戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)


ホーチミン市の戦争証跡博物館に展示されていた
胎児のホルマリン漬け
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


ホーチミン市の戦争証跡博物館に展示されていた
胎児のホルマリン漬け
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


ホーチミン市の戦争証跡博物館に展示されていた子供と母親の写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


ホーチミン市の戦争証跡博物館に展示されていた写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 またソンミ村の虐殺事件はじめ米軍がベトナムで行ったさまざまな虐殺行為、それらの多くは見るに堪えないものが多いのですが、多数展示されていました。

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

 以下は有名な中村梧郎さんの作品です。

ホー チ ミン市の写真
ホー チ ミン市 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
?戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
?戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)


べとちゃんとどくちゃんへつづく