湾岸戦争の地球環境への影響
1991
環境総合研究所
自主調査研究報告書
(朝日新聞「ひと」)

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もうしわけありませんが、現在のところ本報告書の余部(残部)はございません。

はじめに

 国連環境開発会議がブラジルのリオで開かれた。世界各国の政府機関や1500団体を超えるNGO(非政府組織)が州こ参集し、地球温暖化はじめさまざまな地球環境問題が論じられた。しかし、現地からは湾岸戦争がもたらした環境破壊についての公的な論議は残念ながら聞こえてこなかった。

 わずか1年前には油井炎上による膨大な油煙が中東だけでなく北半球全体を覆い、ペルシヤ湾に流出した原油で油まみれになった海鵜の姿が眼前にあった。

 地球環境時代にあって、この湾岸問題ほど現代入に多くの教訓をを残した出来事もないだろう。健全な地球環境があればこそ、ひとびとの生活や経済社会があることをいみじくも立証したからである。

 その意昧で、全世界が多くの犠牲を払って体験した湾岸環境問題からいかに多くの教訓を引き出すかが今後の入類共通課題であるといっても過言ではない。

 環境総合研究所(ERI)は1991年1月、湾岸戦争が及ぼす環境への影響を予測、評価するとともに、いかにしたらその影響、被害を軽減できるかについて民間研究機関として世界に情報発信してきた。さらに、大気汚染の影響が最も著しいクウェートはじめ広域的な影響が懸念される中東諸国に報道機関と連携して現地調査を敢行し、おそらく学術的にも意味ある調査を行ってきた。これらはすべてERI自主研究、第三者研究として行った。

 実際の調査研究はたえず戦争と平行してリアルタイムで実施し、予測結果は直ちに報道機関を通じて公表してきた。また、国会、政府機関はじめ各国大使館などからの依頼に応じ研究概要を提供した。日本だけでなく各国の研究機関においても体系的、継続的にこの種の研究を行い、公表する機関がほとんどなかったこともあり、膨大な数の問い合わせや取材の申込があった。ERIではできる限りこれらすべてに対応するべく通常の研究業務を休止し、まさに臨戦体制で応じてきた。
 
 本研究を通して痛感したことは、政治、軍事が絡む環境研究の必要性である。我々は常々環境間題、とくに地球環境など広域的な環境問題はけっして政治、軍事と無縁ではありえず、逆に密接に関わることを認識してきた。だが、湾岸戦争で見た現実は、地球環境研究を声高に主張してきたわが国の研究機関や研究者の多くが押し黙ったことである。

 国際貢献が喧しくさけばれるなか、我々環境研究者にとってけっして戦争や大規模災害は例外的な事項ではない。そしてわが国は本来、第三者的な調査や研究を行い易い立場にあることを強く認識しなけれぱならない。世界平和の達成は黙っていてはありえないからである。

 本書は、報道機関、衆参両院議会事務局などにすでに公表している第1次から第8次までの自主研究報告概要を網羅するだけでなく、その後の追跡調査、未公開の資料やデータを含め報告書化している。頁数の関係から個々報告に用いた背景データや数値データの多くは割愛した。報告の作成にあたってはできる限リ平易な表現を心がけたが、公表当初の内容を忠実に表現するため、あえて専門用語や数式を割愛しなかった。

 本書には大気環境、地球物理、海洋物理などの分野の用語や概念が頻繁にでてくるが、一般の読者はそれらを飛ばして読まれても構わない。本書の意図、すなわち「戦争こそが最大の環境破壌」であるという教訓は数式や数字を読み飛ばしても理解できると思うからだ。一方、大気や地球環境に関心のある学生や読者には本書は格好の生きた素材となるだろう。

 自主研究の遂行にあたっては、実に多くのひとびとの協力を得た。通信社・新聞杜・テレビ局、ラジオ局の報道関係者との積極的な情報交流は、科学者、研究者とジャーナリストの新たな協力関係の道を開いたと思う。

 最後に、戦争開始前から約半年間、本来の研究業務に加え必死に自主研究を支えてくれた研究員及びその家族に大いに感謝したい。また、本報告書を作成するにあたリ、出版経費の補助をして下さった財団法人トヨタ財団に感謝の意を表したい。本研究成果が戦争や災害に関わる環境研究の端緒となれば幸いである。

環境総合研究所
湾岸環境研究チー一ム代表
青山貞一
池田こみち
1992年6月
東京都港区高輸にて