イラク戦争における油井炎上と
その環境影響についての考察


環境総合研究所 青山貞一

 
2003年3月22日第一報掲載


写真は湾岸戦争当時
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はじめに 

 2003年3月20日、米国はイラクに対し巡航ミサイルを発射し、イラク攻撃を開始した。

 21日になってクウェート内に駐留していた米国軍はイラク南部に進攻を開始した。21日英国のフーン国防大臣は、BBCのテレビ番組でイラク軍によりイラク南部の油井に火が放たれ約30カ所の油井が炎上していると語った。ロイター通信によれば、21日米英軍事筋の報道官からイラクのルメイラ油田が炎上していることを確認しているとの説明がなされている。

 ここでは、1999年の湾岸戦争時に環境総合研究所が実施した「湾岸戦争の環境影響」調査報告書をもとに、油井の炎上によるさまざまな環境負荷、環境影響について考察する。今後詳しい情報が入り次第、さらに詳細な考察を行なうものとする。

写真1 炎上する油井(湾岸戦争時のクウェート)


◆油井について

 中東地域の油井は、自噴井戸の場合、日量で最大1万バーレルの原油が噴き出す能力をもっている。一方、ポンプアップタイプの油井では、日量で3000〜5000バーレルの原油が吹き出す。

 クウェートは湾岸戦争直前では、生産制限をしており、自噴井戸、ポンプアップ井戸それぞれの生産量を調整している。しかし、イラク軍が油井を破壊し炎上させた時点ではそれらの制限がなくなっていることが推定されるので、1井戸当りの原油の吹き出し能力は1日00.5〜1万バーレル規模に近い値となっていることが推定される。一方、油井からの原油噴出では噴出原油に10〜20%が炎上せずに周辺の砂漠に飛散し、原油のプールをつくることが確認されている。 

◆湾岸戦争当時の炎上規模(推定値)について

 湾岸戦争時には、ククェートを中心に当初数10、最終的最大550の油井が炎上したものととされている。推定炎上規模については公式な数は現在に至るまでないが、サウジアラビアのキングファハド鉱物資源大学が1991年2月上旬に発表した値では250万バーレルとしている。

 CNNが1991年2月下旬に報道したクウェート国内の油井炎上数は517本とされ、また在京テレビ局と環境総合研究所の現地調査団がクウェート政府厚生省の担当者に対して実施したインタビュー調査では550本以上の油井が炎上したと言明している。またイラク南部のバスラ周辺の油井の一部およびクウェートやバスラ周辺の石油関連施設が炎上しているとの報道もあった。さらに最終段階では800本以上が炎上していると言う現地からの報道もあった。

 根拠に環境総合研究所は日量で最低250万バーレル、最大400万バーレルの原油が炎上したものと推定している。
 
◆油井の炎上による大気汚染、温室効果ガスの環境負荷について

 一方、原油の炎上による各種大気汚染物質、温室効果ガスの排出量についても、湾岸戦争当時推計している。1991年1月24日時点での初期の推計は、炎上規模を日量100万バーレル、500万バーレル、1000万バーレルの3つの状況を設定し行なっている。この推計では、戦争行為そのものによる大気汚染および炭酸ガスの排出量も推計している。

 表1は仮に1日に500万バーレルの原油が炎上した場合の各種大気汚染、温室効果ガスの排出量の推定である。また表2は仮に1日に100万バーレルの原油が炎上した場合の各種大気汚染、温室効果ガスの排出量の推定である。

 但し、窒素酸化物排出については燃焼温度、いおう酸化物については原油のいおう含有量、比重、さらに二酸化炭素については原油から二酸化炭素への変換原単位によって排出量が違ってくる。当時は、クウェートのブルガン油田を想定し、いおう含有量は2,5%、比重は0.9,変換原単位は0.861、飛散率を20%と設定し、推計している。

表1 日量500万バーレルが炎上した場合の大気汚染物質等の排出量推計
                                 単位:トン/日
汚染物質・温室効果ガスの種類 戦争行為排出量 油井炎上排出量 合計値
窒素酸化物(NOx) 177 2,475 2,652
いおう酸化物(S換算値) 194 11,250 11,444
いおう酸化物(SO2 388 22,500 22,888
二酸化炭素(C換算値) 3万 54万 57万
二酸化炭素(CO2 10万 182万 192万

表2 日量100万バーレルが炎上した場合の大気汚染物質等の排出量推計
                                 単位:トン/日
汚染物質・温室効果ガスの種類 油井炎上排出量
窒素酸化物(NOx) 495
いおう酸化物(S換算値) 2,250
いおう酸化物(SO2 4,500
二酸化炭素(C換算値) 10.8万
二酸化炭素(CO2 36.4万


◆油井1本当りの排出量の推定について

 表1は日量500万バーレル、表2は日量100万バーレルが炎上した場合の推定値である。

 今回のイラク戦争における油井炎上との関連で排出量を推計するために、油井1本当りの大気汚染および温室効果ガスの排出原単位を試みに設定したのが、表3である。

3 油井1本が炎上した場合の大気汚染物質等の排出量推計  単位:トン/日
汚染物質・
温室効果ガスの種類
油井炎上排出量
1油井が日量0.3万バーレルの場合
油井炎上排出量
1油井が日量0.5万バーレルの場合
窒素酸化物(NOx) 1.5 2.5
いおう酸化物(S換算値) 6.8 11.3
いおう酸化物(SO2 13.5 22.5
二酸化炭素(C換算値) 324 540
二酸化炭素(CO2 1,092 1,820


◆イラクでが油井が炎上した場合の二酸化炭素排出量
 
 以下は、イラク戦争で油井(原油)が炎上した場合の二酸化炭素の排出量の推計試算である。
 なお、図1はイラク国内の油田位置およびパイプラインの位置を示している。イラクは現状では日生産量200万〜250万バーレル規模の油田があるとされているが、経済制裁前には500万バーレル規模の生産をしていたと言う情報もある。

図1 イラク国内の油田とパイプラインの位置図
出典:米国エネルギー省

@50万バーレル(イラク全体の1/4の油井)炎上の場合

 年間排出量計算(炭素換算値)
    最大5.4万トン/日×365日=1971万トン/年
 これに相当する国は、
    1955万トン/年:ハンガリー
    1671万トン/年:スウェーデン
    1615万トン/年:オーストリア
  注意:諸外国の値は1990年の基準年における排出量。

A100万バーレル(イラク全体の1/2の油井)炎上の場合

   年間排出量計算(炭素換算値)
     最大10.8万トン/日×365日=3942万トン/年
 これに相当する国は、
    3120万トン/年:ベルギー
    4522万トン/年:チェコ
   
B200万バーレル(イラク全体の油井)炎上の場合

  年間排出量計算(炭素換算値)
    最大21.6万トン/日×365日=7884万トン/年
 これに相当する国は、
    7881万トン/年:オーストラリア

となる。ただし、上記の推計では、1油井の1日単位の噴出量を最大値の1万バーレルと仮定している。

 上記からは、もしイラクの油井が炎上すると、1日当りスウェーデンからオーストラリアの排出量に相当する二酸化炭素が毎日環境中に排出されることになり、この間世界各国が必死に努力してきた地球温暖化防止の努力がそれだけ相殺されることになりかねないことになる。



◆油井炎上による影響について

 油井の炎上に伴う影響としては、次のことが想定される。

@二酸化窒素、いおう酸化物などの大気汚染による酸性雨の影響
A二酸化窒素、いおう酸化物などの大気汚染による呼吸器などへの健康被害
B二酸化炭素(温室効果ガス)の大量排出による地球温暖化の加速
Cパラソル効果による地表での気温の低下の影響


◆風下における大気汚染濃度のシミュレーションについて

 湾岸戦争当時行なった油井炎上の風下における大気汚染濃度シミュレーションの画像とクウェート上空からの衛星画像を示す。

図1 油井炎上による風下における汚染濃度推定
写真2 炎上する油井2(湾岸戦争時のクウェート)