諌早湾調整池
環境モニタリング調査結果の
暫定的な解析と評価について

青山 貞一 環境総合研究所所長
池田こみち 同副所長
大西 行雄 同研究部長(理学博士)
鷹取 敦 同主任研究員(工学修士)
鷲 三智恵 同研究員(理学修士)

1.本調査の目的

 本調査は、長崎県の諌早湾閉め切り後の環境変化を表す環境指標として調整池の主要な水質項目を選定し、水質変化を定量的に解析、評価するとともに、九州農政局が平成3年8月に実施した諌早湾干拓事業計画(一部変更)に係る環境影響評価書(案)における水質の予測、評価値との対比を暫定的に試みたものである。


2.国の水質調査の概要

(1)調査項目

 諌早湾閉め切り後の水質モニタリング調査は、農水省、環境庁が共同で閉め切り後の平成9年3月4日より以下の13項目につき1週間に1回の間隔で継続して実施されている。

@pH            
ADO
BCOD
C塩素イオン
Lクロロフィル
DSS
E大腸菌群数
FNH−N
GNO−N
HNO−N
IT−N
JPO−P
KT−P


(2)調査地点

 平成9年3月4日、図2−1の3地点(B1,B2、S11)でモニタリングが開始され、同年4月15日より2地点(本明川河口:P1,有明川河口:P2)が追加されている。調査地点は全部で5地点である。

図2−1 諌早湾調整池観測地点位置図



図2−2 諌早湾閉め切り前後の衛星画像
閉め切り前(1996年12月14日)
閉め切り後(1997年5月27日)

衛星画像: ADEOS みどり


3.水質モニタリングデータの集計

 ここでは、農水省九州農政局が平成3年8月に公表した環境影響評価書の水質汚濁物質の予測対象項目となっている主要3指標(COD,T−N,T−P)を解析、評価するために調査期間中のオリジナル数値データの経月値を集計し、グラフ化した。

(1)化学的酸素要求量(COD)





注)赤線は湖沼B類型の環境基準濃度(75%値)


(2)総窒素(T−N)






(3)総りん(T−P)






4.水質モニタリングデータの地域濃度分布解析

4−1解析の目的

 ここでは、国のモニタリングデータ(測定地点データ)をもとに、湖沼全域の面的濃度分布を推定するために補間法を用いた。なお、解析の対象汚濁物質は、COD,T−N,T−Pとしている。


4−2解析の方法

(1)手法の検討

 少数の測定地点データから湖沼全域の水質汚濁濃度を推定するいわゆる補間法には、過去さまざまな手法が研究、開発され提案されている。たとえば、国立公害研究所の「水質観測点の適正配置に関するシステム解析」(NO.48, 1983年)において、松岡 譲氏(現在、京都大学工学部衛生工学科)は「監視の空間的配置と監視精度に関する基礎的考察」の論文を公開している。松岡氏は同論文で@巾乗型移動平均法(WT)、A2次元スプライン法(SP)、B統計的内挿法(KG)、C移流分散型内挿法(CD)の4つの手法について実証底検討を行っており、表4−1として比較結果を示している。

表4−1 4手法の比較
計算労力 計算アルゴリスムの難易 検討で得られた適合度 必要とする情報量 統計的論理性 物理的論理性
WT法 *** *** ***
SP法 ** ** ** ***
KG法 ** ** ***
CD法 ** ***
*** 長所である。 ** 普通。 * 欠点である。


(2)手法の選択

 本論では、表4−1の検討結果(総合評価)をもとに2次元スプライン法(SP)を地域濃度分布推定のための補間法として採用した。2次元スプライン補間法を具体的なコンピュータアルゴリズムへの展開は、大西行雄(現在、環境総合研究所)が京都大学理学研究科在籍時に開発したものを用いた。

 なお、2次元スプライン補間法については、大西行雄、スプライン法をもちいた2次元補間について(J.Oceanogr. Soc. Jpn. 31, 259-264)を参照のこと。


4−3 解析結果

 以下は、水質汚濁物質(COD、T−N、T−P)の2次元スプライン補間による地域濃度分布解析図である。図では1997年4月〜12月、1998年1月〜12月、1999月1月〜12月の期間における平均濃度について示している。実際には、月別の解析も試みている。


(1)化学的酸素要求量(COD)


(2)総窒素(T−N)

 


(3)総りん(T−P)

 


5.水質モニタリングデータの評価

(1)実測値の評価

 ここでは、調整池について農水省九州農政局が環境影響評価書で設定している環境基準(T−N,T−Pは最も緩い基準)を仮設定し評価を試みた。評価結果は、表5−1T−NのB1,B2,S11で1997年に環境基準を達成している以外は、どの項目も仮に設定した環境基準を大きく超えていることを示している。

(2)環境アセス予測値との対比

 上述の諌早湾干拓事業計画(一部変更)に係る環境影響評価書(案)では、B1,B2,S1の地点に相当する位置の予測を行っている。それらの予測値は、表5−1に示す通りである。

 実測値と予測値を対比すると、CODでは実測値が予測値を2倍から3倍、T−Nでは実測値が予測値を約2倍、T−Pでは実測値が予測値を3倍から4倍超過しており、実測値が大幅に予測値を上回り水質が悪化している。

(3)総合評価

 事業スケジュールが当初予定より遅れていることを考慮しても、現状では事業実施によって環境基準(仮設定)を大幅に超えているだけでなく、環境アセスの予測値もまったく現状を反映しておらず信頼性に乏しいことが分かる。

 なお、2次元スプライン法を用いた地域濃度補間解析をもとにした濃度分布から見ると、環境アセスの水質予測地点はいずれも調整池にあって相対的に水質悪化が少ない位置にある。その地点でも上記のように著しく実測値が予測値を上回っていることは、いかに調整池で水質悪化が進行しているかを示すものと言えよう。

表5−1 環境基準達成状況、環境アセス予測値との対比
単位:mg/L
項目 地点 1997(4/15-) 1998 1999 2000 環境基準 評価書(案)
予測値
75%値 基準達成 75%値 基準達成 75%値 基準達成 75%値 基準達成
COD B1
B2
S11
P1
P2
6.4
5.8
6.1
7.9
9.8
×
×
×
×
×
9.1
8.2
9.4
6.8
8.3
×
×
×
×
×
7.6
8.6
8.5
7.0
9.5
×
×
×
×
×
8.3
8.1
8.7
7.3
10.0
×
×
×
×
×
湖沼B類型
5.0 mg/L
3.2
2.8
3.0
項目 地点  1997(4/15-) 1998 1999 2000 環境基準 評価書(案)
予測値
年平均 基準達成 年平均 基準達成 年平均 基準達成 年平均 基準達成
T−N B1
B2
S11
P1
P2
1.03
0.93
0.98
1.91
1.18



×
×
1.56
1.41
1.53
1.85
1.49
×
×
×
×
×
1.41
1.50
1.48
1.91
1.66
×
×
×
×
×
1.38
1.29
1.30
1.90
1.40
×
×
×
×
×
湖沼X類型
1.0 mg/L
0.71
0.69
0.65
T−P B1
B2
S11
P1
P2
0.158
0.143
0.147
0.269
0.254
×
×
×
×
×
0.264
0.246
0.270
0.276
0.278
×
×
×
×
×
0.228
0.263
0.261
0.259
0.312
×
×
×
×
×
0.249
0.228
0.227
0.247

0.271
×
×
×
×
×
湖沼X類型
0.1 mg/L
0.071
0.061
0.065


表5−2 月平均濃度が環境基準濃度を下回った月数(1997年3月〜2000年1月)
項 目 月平均濃度が環境基準濃度を下回った月の割合 備  考
B1 B2 S11 P1 P2
COD 14.3% 20.0% 17.1% 34.3% 17.1% 湖沼B類型
T−N 17.1% 22.9% 20.0% 2.9% 17.1% 湖沼X類型
T−P 5.7% 8.6% 8.6% 2.9% 2.9% 湖沼X類型


<参考文献>

@ 九州農政局、諌早湾干拓事業計画(一部変更)に係る環境影響評価書(案)、平成3年8月
A 松岡 譲、監視の空間的配置と監視精度に関する基礎的考察、水質観測点の適正配置に関するシス テム解析、国立公害研究所、NO.48, 1983年
B 大西行雄、スプライン法をもちいた2次元補間について、J.Oceanogr. Soc. Jpn. 31, 259-264

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