月刊ファイブナイン誌 2006年2月号

PLCの「製造物責任」は誰がとるのか?

青山貞一
 武蔵工業大学環境情報学部教授
 

 そもそも今回研究会が出した共存案、すなわち背景雑音と同レベルをPLCに許容する共存案は、私が前回本コラムに提案した「非悪化」原則とは全く異なるものである。単純に言えばノイズレベルが現状より3dB上がることを認めることになる。

 草野編集長が1月号の編集後記に書いているように、PLCは上述のように現状よりノイズを増やすことになるだけでなく、「同調回路の無い超広帯域のHF受信機に電力線というアンテナがつながっている」ものと考えられる。ここにハムの電波が混入しないはずがない。PLCは遠隔家電操作などを目玉としているが、もし混入で誤動作が続発したとき、一体誰が責任をとるのだろうか? 

 平成17年10月21日から11月21日の間に研究会の「PLCと無線利用の共存について(案)」に対し1331件のパブリックコメント(通称パブコメ)が寄せられたという。さっそく概要を取り寄せ読んだ。曰く「PLCに対する技術の発展性を明確に示すことができる内容であることから、賛同いつぃます。...総務省殿におかれましては、早期に新規技術が利用可能となるべくご審議いただきたく、お願い申し上げます(松下電器産業)」、「今後速やかに製品を市場投入できるよう、以降の諸手続を迅速に処理いただきたくお願い申し上げます(三菱電機)」と推進企業は、まるで時代錯誤と思える物言いで、諸手をあげまさに「お上」にお願いしているのである。

 一方、無線関係者、電波天文関係者、放送関係者らは、総じて金儲けと無縁に、公共的な利益や技術的関心からPLCによりこれ以上電波環境が悪化しないよう、いずれも共存案に反対するなかで批判的な理路整然と意見を述べているのが印象的であった。パブコメへの研究会が見解が示されているが、日経ラジオの林委員が次のような見識を示していた。、

 「意見に対し概略的回答が多く、国民が納得できる適切な回答とは考え難い。また提出されたコメントに含まれる問題を解決せずに研究会を打ち切るのは問題である」その通りだ。

 ところで、本誌1月号で渡辺美千明氏(JH1KRC)が「技術者の良心と放置する罪」という重要意見を述べている。昨年秋以来、姉歯元一級建築士による強度耐震偽装問題が日本中を震撼とさせているが、氏は日本が本当に技術立国であるなら、技術者の良心にかけ、既に分かっている問題を真摯に解決すべきと言っている。至言である。

 企業や産業が何らミッション(社会的使命)もなく、すべて金儲けだけと、悪者扱いしたくない。しかし、新たな食いぶちのためなら、この環境優先の時代に、環境を一段と悪化させても構わない、そのために御用学者を動員し、まさに将軍様のように霞ヶ関にすがる様は返上して欲しい。

 冒頭で敢えて松下電器産業と三菱電機の意見を開陳したのは、たとば松下が開発し日本中に売りまくったファン付き石油暖房装置や三菱系企業が販売した自動車によって、多くの尊い人命が失われたからだ。両社は新聞、テレビ等で回収を呼びかけているが。もしこれが米国であったなら日本の法と似て非なる製造物責任法(PL法)を根拠に集団訴訟が起こされ倒産に追い込まれるだろう。そもそも、人間に最も近いところに存在する家電や車で人命軽視の物をつくる会社の言い分を消費者が信頼するであろうか? 

 万一、共存案の延長線でPLC法が制定された場合、騒音により電波天文学研究が死滅(大石氏)し、各種通信が困難となり、さらには家電の誤動作によって事故が起きれば、民法第709条不法行為、すなわち「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」として、各地で民事訴訟が頻発することになる。

 同時に、昨年4月の行政事件訴訟法改正とその後の小田急電鉄騒音事件での最高裁判例により、原告的確が大幅に拡大された。場合によっては、損害賠償以前に、電磁ノイズ発生源の製造、使用を許可する国相手に抗告訴訟を提起することも念頭におかねばならなくなるかも知れない。

 いずれにしても、産業界と研究会のデキレースを監視,批判し、パブコメを霞ヶ関による私たちの「ガス抜き」とさせては断じてならない。