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日朝堂・御廟所
Niccoh Temple in Mt.Minobu

青山貞一・池田こみち
Teiichi Aoyama / Komichi Ikeda
 独立系メディア E-wave Tokyo 2022年5月15日
 

日朝堂前の池田こみち
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022-5-15


身延山総合目次  2022年5月分は最下段(本遠寺1~日朝堂までです)!
久遠寺  伽藍1  伽藍2  伽藍3  伽藍4  伽藍5  宝物館1  宝物館2
奥之院 塔頭  宿坊  西谷御廟1  西谷御廟2  西谷御廟3  西谷御廟4
お万の方像1   お万の方像2   お万の方像3   七面山・敬慎院
本遠寺1 本遠寺2 養珠院廟所 日遠廟所 日朝堂・廟所 日朝堂・本門寺


日朝聖人・覚林坊へのアクセス

 日朝聖人・覚林坊へのアクセスは、下のグーグル地図にあるように、身延久遠寺の東谷にあり、三門より南の通称、日朝通りを上る途中右手にある。

 この辺りは久遠寺境内東の甘露門から女坂を下りる途中でもある。


出典:グーグルマップ

 以下は日朝堂の山門。


日朝上人・覚林坊山門
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022-5-15

 以下は日朝上人・覚林坊。塔頭とともに宿坊でもある。


日朝上人・覚林坊
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022-5-15

 日朝(にっちょう、応永29年1月5日(1422年1月27日) - 明応9年6月25日(1500年7月21日))は、室町時代の日蓮宗の僧。字は鏡済と言い、号は行学院である。朝善の子。

 12世の日意、13世の日伝とともに身延中興の三師と位置づけられている。


日朝上人御廟所
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 202
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 以下
日朝上人御廟所の写真。

 たまたま写真の左下にある斎藤家墓石の主である斎藤寛幸氏がおられ、いろいろとお話を聞くことができた。



日朝上人御廟所
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022-5-1
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 以下は、日朝上人の朝師堂。日朝上人は眼と学業の神として敬われている。


日朝上人の朝師堂
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022-5-15


 以下は、日朝上人の朝師堂前の池田こみち。


日朝上人の祖師堂前の池田こみち
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022
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日朝上人の略歴


 伊豆国宇佐美(静岡県伊東市)出身であり、幼くして三島本覚寺の日出に師事し、1441年嘉吉元年に寺を継ぐ。比叡山や南都に遊学して天台教学のほか諸宗の教学を修めた。

 日蓮の没後、身延山久遠寺は諸国へ教線を拡大するが門弟が各地で独立した一門を形成していったため身延山は衰退し、7世日叡の頃に中興された。

 1462年(寛正3年)久遠寺11世法主となった。以後、37年間の貫主在任中に久遠寺の伽藍を西谷から現在地に移転して整備し、宗門の法制や年中行事の整備、組織の制定、門前町の整備に尽力した。

 日蓮の遺文を収集し、その注釈書「御書見聞」や日蓮の伝記「元祖化導記」、「法華草案鈔」(10巻)、「補施集」などの著作がある。

日朝が開山・中興した寺院

 遠照寺
 覚林房(山梨県身延町)


池上本門寺の日朝堂へ