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年頭の一言
新たな「大日本主義」の台頭を
大いに懸念する!


青山貞一

掲載日2006年1月元旦


 
我が国は、第二次世界大戦の敗戦により、戦後は、従前の「大日本主義」から「小日本主義」への転換を余儀なくされてきた、と言える。

 敢えて余儀なくされたと言った。が、戦後のわが国の経済的繁栄は、まさにこの「小日本主義」を余儀なくされたことによっている。日本国憲法、就中、第九条は「小日本主義」の核心であると言える。もちろん、私は日米安保条約下での一国的経済繁栄を単純によしとするものではない。

 ここ数年、日本はイラク派兵の強行、小泉靖国神社参拝、義務教育歴史教科書改訂の動き、中国・韓国との関係悪化、さらには「小日本主義」の核心である憲法9条に的を絞った改憲論など、国家主義的な潮流を強めてきた。この潮流こそ、明治維新から第二次世界大戦に至る我が国の「大日本主義」に回帰する流れであると言えなくない。

 自民党や民主党の幹部は常々、このような国家主義的な流れについて、日本が「普通の国になる」こととして国民に説明してきた。しかし、これこそ、まさしく「大日本主義」への回帰、復活を意味するものではないか。これはあたかも、現代版の富国強兵策と言えるものであり、「大日本主義」に通ずるものだ。

 ここ5年の小泉政権の最大の課題と懸念は、まさにこの「大日本主義」的挙動にあるのではないかと思う。今後、小泉後任の目される安倍晋三衆議院議員が総理大臣、首相となれば、まさにその潮流、動向は明確なものとなるだろう。

    
安倍氏、総裁選出馬へ 公約づくりに近く着手(北海道新聞)

 本来、マスメディアはこの「大日本主義」的潮流を厳しく監視し、批判し続けなければならない。

 だが、イラク戦争に突入する直前に、朝日新聞が米国政府の言い分を容認し、米英のイラク戦争を容認するかの社説を掲げていたことに象徴されるように、大メディアは、「承認主義」の番人ではなく、国家主義から「大日本主義」に向けばく進しつつある政治の動きを抑える役割を放棄してしまい、政権政党や政府の御用聞き的広報機関に成り下がっている。マスメディアが本来あるべき役割を自ら捨て去っていると言っても過言ではないだろう。まったくあてにならないのだ。

 日本が抱える課題、直面する課題は、たとえば1000兆円になんなんとする国、自治体の累積はじめさまざまなものがあると思う。しかし、もっとも懸念すべき課題は、「大日本主義」の再台頭であると思う。

 その意味で、私たちは、「大日本主義」的潮流、動向、挙動を厳しく監視するとともに、「大日本主義」によらない日本の国のあり方、形、すなわち「小日本主義」的な国家像、世界観、対外理念、外交政策を用意する必要があると思う。私は、「小日本主義」について、敢えて説明していない。

 「小日本主義」は、古くは田中彰著「小国主義」や石橋湛山の著作、また直近では佐藤清文氏の石橋湛山と小日本主義」が参考になる。

 もちろん、21世紀における「小日本主義」は、国内的には少子高齢化、国際的には、地球規模での環境、資源エネルギー、食料問題などに定常状態の経済システムと持続可能性に配慮したものでなければならない。

                2006年1月元旦     青山貞一


<<参考>>

○田中彰著「小国主義」より

 そもそも大日本主義とはいわゆる大英主義と相同じく、領土拡大と保護政策とをもって、国利民福を増進せしめんと欲するに対し、小日本主義とはいわゆる小英主義にして、領土の拡張に反対し、主としてて内治の改善、個人の利益と活動力との増進によって、国民利益を増進せんとするものなり。・・・前者は軍力と征服とを先にして商工業を後ちにするに反し、後者は商工業の発展を先にして、誠に必要やむべ からざる場合のほかは極力軍力に訴うることを避く。・・・ 


○佐藤清文:石橋湛山と小日本主義」
独立系メディア「今日のコラム」より

 戦前、全体主義化・軍国主義化していく日本の潮流に対して、『東洋経済新報』の石橋湛山は。それを「大日本主義の幻想」と厳しく批判し、「小日本主義」を唱え、植民地や軍備の放棄を訴えています。残念ながら、「大日本帝国」の政府も軍部も、メディアも、世論も彼の提言に耳を傾けることなく、戦争を続行・拡大し、破滅へと向かっていくのです。
 
湛山にとって、「大日本主義」は政治的・軍事的ヘゲモニーを偏重し、領土・資源などハード・パワーが国力だという発想です。一方、彼の「小日本主義」は経済的・文化的ヘゲモニーがより重要であり、技術や人材といったソフト・パワーをいかに活用できるかがが国の実力であるという思想です。湛山にとって、「大」はハード、「小」はソフトを意味します。つまり、「小日本主義」はソフト・パワーとしての日本ということなのです。
 湛山の「小日本主義」は素朴なヒューマニズムでも、信仰告白でもありません。経済から国内外の情勢を見た提言なのです。グローバルな観点から日本ならびに世界経済を捉え、経済活動を産業連関に基づく波及効果から認識すると、保護主義的なブロック経済を志向し、資源を確保するために、膨大な軍事費を使い、領土を拡大するようなハード・パワーに依拠するよりも、自由貿易とソフト・パワーに立脚するほうがはるかに有意義だと湛山は主張するのです。
 経済が国際問題化したのは第二次世界大戦後のことです。戦前、世界各国は金本位制のネットワークによって結ばれていましたから、経済が破綻しそうになったら、その国がそこから離脱すれば済みました。そのため、経済が国内問題として捉えられ、国際的な連携に乏しかったのです。しかし、それがファシズムを招いたという反省から、戦後、経済は国際社会において最重要課題となり、世界規模の連携が不可欠となっています。
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○大阪教育大学付属高等学校教科書「近代日本の思想」より
 
大正デモクラシーの大勢は対外的には政府の朝鮮・中国への侵略政策を支持するという限界をもっていました、小日本主義を唱えた石橋湛山や朝鮮工芸の美への開眼から日本の朝鮮支配の不条理を訴えた柳宗悦のように、日本の対外侵略に対し異を唱えた人物も現れました。