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小泉再訪朝は、外交的失敗か、成功か 
岡本 厚 岩波書店「世界」編集長

掲載日:2004.5.26

 5月22日、小泉首相は1年8ヶ月ぶりに平壌を訪問、金正日・朝鮮民主主義人民共和国国防委員長と会談し、拉致被害者の家族5人を日本に連れ帰った。

 外交的には異例に属する、国交のない国への再訪問は、成功だったのか、失敗だったのか。訪問に大きな期待を寄せていた拉致被害者の「家族会」などは成果に落胆し、強い批判を表明した。また自民党など与党などからも、成果の乏しさ、北朝鮮側の非礼さなどをあげつらう意見も出ている。

 一方、各紙世論調査は、朝日67%、毎日62%。読売63%(いずれも24日付け)が概ね「評価」し、「家族会」やテレビのコメンテーターの意見とは際立った違いを見せた。

 核問題をめぐる6者協議の関係国である、中国、米国、韓国、ロシアは、いずれも好意的なコメントを出している。

 成功か、失敗か――それは判断の基準をどこにおくか、で大きく変わる。

 1、小泉首相が、政権の支持率浮揚を狙っていたのだとすると、世論の概ねの評価と支持率の増加は、一応の「成功」ということになる。しかし、参院選を大勝させるほどの成功であったかといえば、それはかなり怪しいだろう。

 2、拉致被害者の「家族会」が期待していたように、曽我さんの家族を含めた帰国、死亡とされた10人の再調査と願わくば生存者の登場を、判断の基準とすれば、5人のみの帰国はあまりに成果に乏しく、「失敗」と言うことになる。

 しかし、この訪朝は、以下のような成果を挙げたと考えなければならない。

 3、2002年10月以来、「被害者を約束どおり帰せ」「約束などしていない、帰せぬ」という面子の張り合いで、途絶していた両国の国交交渉を、とにもかくにも回復させた。(小泉首相の2度目の訪朝は、言外に、日本側が被害者の帰国を10日から2週間と約束していたことを物語っている。)

 4、首相が訪朝前記者団に対して、そして帰国後家族たちに対して述べた言葉「(両国の)対立関係を友好関係に、敵対関係を協力関係に変えることが、両者の国益になる」が訪朝の意義を明確に語っている。

 5、つまり、2002年9月の「日朝平壌宣言」の地点に立ち戻り、不正常な関係を正常な関係に変えていくという、戦後60年に及ぶ課題の解決に当たることを宣言したことになる。国交交渉再開のための大きな難問であった「被害者の家族」の問題を、この訪朝が取り除いた(曽我さんの家族の問題が残るが、北側があえてジェンキンス氏らの出国を拒んでいるとは考えにくい。早晩、北京などで再会が実現されるのではないか)。

 6、6月に行われる予定の第三回の6者協議から、拉致問題が取り除かれ(といっても、これまで主張していたのは日本と米国のみ)、主議題である核問題、北の安全保障問題に集中できる。ブッシュ政権の好意的なコメントは、事前に日米の外交当局の間で調整が出来ていたことを物語るが、もともとイラクに精力を奪われているブッシュ政権の中枢は、もう北朝鮮どころではない、というのが正直なところであろう。

 7、小泉首相が約束した25万トンの食糧援助や1000万ドルの医療援助は「見返りではないか」という意見があるが、もちろんこれは「見返り」である。これまで、拉致のような犯罪に対して、見返りを与えないというのが政府(あるいはその中の強硬派)の意見であった。しかし、残念ながら、北朝鮮(だけでなく、旧社会主義の多くの国)を動かすには「見返り」が不可欠である。南北首脳会談を成功させた金大中政権は、やはり巨額の「見返り」を払っているし、それ以前、北方政策をとったノ・テウ政権はソ連に巨額の借款を与えている。かつての西ドイツも、東ドイツやソ連に巨額の投資を行っていたのが実情である。いわば、カネで平和を買い、統一を買ったのである。

 8、今回の訪朝は、日本が「譲りすぎ」ではないか、という意見もあった。たしかにその面は否めないが、第1に、北朝鮮と比較すれば日本は「大国」である。平和的な外交のためには、大国のほうが譲るべきである。第2に、「日朝平壌宣言」に示されていたのは、北朝鮮側の一方的な譲歩、屈服であった。また金委員長が謝罪したことに対して、国内(特に軍)に強い不満が残ったという情報もある。外交とは、お互いの国の内部に反対派を抱えて行うゲームであり、国内へのアピールにもならなければならない。
そこが外交の難しいところだ。

 以上のような成果を考えれば、今回の訪朝は、1小泉政権にとっても、2家族にとっても、決してマイナスでなかったといえる。そして、3日本国民にとっては、長期的に平和的な和解への道が示されたという意味で十分にプラスだったといえる。4北朝鮮にとっては、短期的にはむろんプラスである(長期的には不明の部分がある)。

 マイナスだったのは、北の問題を利用して、改憲や軍事化を進めようとしてきた政権内外の右翼勢力、それに乗った一部メディアだけであろう。

 それにしても、拉致家族の悲しみ、苦しみを見るにつけ、逆に朝鮮半島にも、家族を日本に連れ去られて、どこで死んだかも分らない、そういう悲しみ、苦しみを抱えた数十万の人びとがいること、強制連行した人びとについて日本はろくに調査もしていないこと、そういう事実にどのメディアも触れることがなかったのは遺憾である。