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今、求められるUターンする勇気

田中康夫

初出:奇っ怪ニッポン
2005年5月19日 掲載
掲載日:2005.5.26


 
国営諫早湾干拓事業と有明海の漁場悪化に因果関係を認めて工事差し止めの判断を下した昨年8月の佐賀地方裁判所とは異なり、福岡高等裁判所は「漁獲量は工事との関連が疑われるが、関連性が証明される迄には至っていない」として、差し止め命令を取り消す決定を行いました。

 「『脱ダム』宣言」が社会的常識となった時代に逆行する、との論調が新聞各紙に目立ちます。仰る通り、と相槌を打ちたい所ですが、今から4年前に9つの県営ダム計画を中止する、と僕が宣言した際、日本経済新聞と中日・東京新聞を除く新聞各紙は、賞賛するどころか一様に、民主主義の手続き無視と批判を繰り広げたのです。

 取り分け、前任者が本体工事契約をも締結していた長野市内に計画の浅川ダム一時中止は、議会制民主主義への挑戦とも言うべき手続き無視ではないか、と(苦笑)。

 この論理を演繹すれば、「手続き」の末に戦争が開始されたなら、“社会の木鐸”を任ずる新聞各紙は先の大戦中の「朝日新聞」と同じく、戦争賛美で紙面を再び埋め尽くすのでしょうか。

 手続き論で演繹する限り、9割以上が完成している事業を中止するのは税金の無駄遣い、との結論に達し兼ねません。公共事業に留まらず、社会の在り方全てに於いて、他律的な天動説から自律的な地動説への大転換が求められている「脱・物質主義」の時代には帰納法、即ち人々が望む社会を実現するべく、目の前の数々の制約を乗り越えていく戦略と戦術が必須なのです。

 実は今回の判決では、「干潟工事が漁業被害を齎(もたら)している可能性が有る以上、国は漁業被害の調査、研究を今後も実施する責務を負っている」とも指摘しているのです。が、国の側は「混乱を招くので、中長期開門調査の実施予定は無い」と高言しているのです。「成果論」ならぬ「手続き論」に立脚すれば猶(なお)の事、国は手続き無視の自家撞着に陥るのです。

 公称の総事業費だけでも2500億円に達する件(くだん)の干拓事業で得られる農業粗生産額は25億円に過ぎません。僕が把握する限り2年前、長崎、佐賀両県のみならず全国から干拓地での就農を希望する者は、両手の指でお釣りが来る程に僅かな人数でした。

 日本の政治には、Uターンする勇気が求められています。中国を始めとする諸外国の急追を受けても猶、日本のモノ作り産業が世界に冠たる技術を保ち続けているのは、良い意味での“朝令暮改”に徹しているからです。

 こんな便利さが有ったら良いなぁ、と感じた本人が、その便利さを実現するべく試作品を作り、実際に用いる中で使い勝手の悪い点を改良していく。こうした試行錯誤をたゆまず行えばこそ、日本のモノ作り産業たり続けているのです。

 5W1HのWhyやHowを考え、述べる訓練を怠ってきた日本の教育のツケは大きいと言わざるを得ません。4Wの詰め込みマニュアル教育の勝者とは異なる心智とOSの持ち主が、地動説への転換点に於いては求められているのです。