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 周回遅れのサッチャリズム
民営化路線の弊害


 田中康夫

掲載日2005.12.2


「耐震強度偽造問題」は、構造計算書を偽造した建築士、施工を実施した建設会社や販売会社の責任を明確にすべきであります。改めて申し上げる迄もなく。

 が、そうした責任追及、或いは建造物の再建のみでは、解決しないのも事実なのです。何故って、実は今回の事象は、「官から民へ」の掛け声の下に周回遅れで、サッチャリズムの民営化路線を驀進(ばくしん)する小泉純一郎内閣の根幹に係わる問題なのですから。

 イギリスで鉄道事故が多発するのは何故でしょう? 民営化で「上下分離」されたのが原因です。線路等の下部を保有する会社と、運行等の上部を担当する会社に分離されたイギリスでは、採算が取れにくい下部会社は保線等の費用を削減し、結果、事故の度に責任の押し付け合いが横行しています。

加えて今春、学校給食の民営化が齎した弊害は、イギリス全土で総選挙の大きな争点となりました。80年代に学校給食を民営化して以降、ファストフード型のチキン・ナゲットやハンバーガーが主流となっていたのです。

立ち上がったのは弱冠30歳の料理人ジェイミー・オリヴァー。2児の父親として彼は、ロンドンのテムズ川右岸に位置するグリニッジ地区の小中学校に乗り込み、給食改善運動を始めます。

同じ金額で、野菜や魚や果物を用いた給食を提供すると共に、チキン・ナゲットが実は、鶏の皮と骨を砕いた中に小麦粉を混ぜた揚げ団子だった衝撃的事実をTVの前で明かしました。

ジャーナリストの阿部菜穂子女史に拠れば、「サーヴィスの効率化を図り、メニューの選択肢を拡げる」との惹句と共にマーガレット・サッチャー政権は、学校給食制度を廃止する権限を自治体に与え、引き続き存続する自治体には民間給食業者を入札選定する事を義務付けました。

その結果、20年間で学校給食は、調理からは程遠い「冷凍食品や加工食品を温めて子供達に配分する事のみ」な代物と化してしまったのです。

日本に於ける建築確認業務の民営化も、今回の偽造計算に留まらず、奥深いのです。構造計算という数値的領域に留まらず、都市計画という哲学的領域が実は、一つ一つの建築確認に本来は求められているからです。

マンションに象徴される大型建造物や商業施設の計画に、地域住民が反対していたとします。自治体が建築確認業務を行う場合には、地域住民の同意を求めます。他方、民間機関に申請した場合には、構造物として建築基準法に違反していなければ、半ば自動的に許可されていくのです。

無論、果たして日本の行政機関の役人が如何程の、人間性を回復する都市計画の哲学を持ち合わせているのだ、との意見も有りましょう。事実、サッチャリズムも元はと言えば、自主自律・自己責任の心智からは対極に位置する公務員への市民の反発が原動力でありました。

ですが、仮に建設を許可する場合でも、その形状や色彩に関する行政指導は、民間機関が建築確認を担当した場合には、殆ど効力を発揮しなくなってしまうのです。「美しき日本の私」である読者諸氏にとっては、由々しき現実なのです。