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世阿弥と日蓮の足跡をたどる佐渡の旅

大崎白山神社・能舞台2

青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda
2018年9月18日公開
独立系メディア Media E-wave Tokyo  
無断転載禁
佐渡現地視察総合目次

 草苅神社・能楽舞台1  草苅神社・能楽舞台2  度津神社
 大崎白山神社・能舞台1  大崎白山神社・能舞台2  小泊白山神社・能舞台
 椿尾気比神社・能舞台  滝平白山神社・能舞台 


 佐渡市指定文化財(有形民俗文化財)による大崎白山神社能舞台の解説である。



撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900

◆大崎白山神社能舞台
https://www.visitsado.com/spot/detail0787/

豊かな芸能を育む大崎の鎮守

山あいの風景のなかを羽茂川沿いにさかのぼる大崎地区。鎮守・白山神社が宮本寺と隣接して建っています。端正に組まれた石垣が美しく、鳥居の先に鎮守の杜につつまれた拝殿が見えてきます。高度な精神文化を育んできた大崎地区を象徴するような静謐な空間です。また、大崎地区は、「ちょぼくり」「文弥人形芝居」など豊かな芸能を継承しており、能についても佐渡の中でも特に盛んな地域とされています。境内の能舞台は、寄棟造妻入の茅葺で、本舞台と後座からなります。鏡板には松と竹。鐘穴も備えています。舞台様式とともに能文化継承の功績により、市の文化財に指定されています。

〒952-0502 新潟県佐渡市羽茂大崎1650

 ・鳥居の奥に拝殿と能舞台が見えてきます。
 ・明治期の演能では、境内に立ち見が出るほど盛況でした。
 ・明治初期以前の建築と思われる能舞台(正面)。
 ・正面の梁には、若葉が彫られています。
 ・石垣が美しい大崎白山神社の入り口。


 下は神社の山門下の置石を修理していた地元住民の男性が能舞台を案内してくれた際に撮影した写真である。

 暑い中、一人で黙々と参道の置石を直していた地元の方に、声をかけてみた。この神社の能舞台は今も現役で使われているという。今では地域の人口も減少し若者が少なくなってしまって昔ほどの賑わいはないが、訪れるひとのために、少しでも足下を良くしようと修理しているとのことだった。若者の減少は舞台の修理を難しくしており、維持管理が大変なようだ。

 その日は、能舞台には雨戸が閉めてあって中が見られなかったが、ご親切に、その方が中を案内して下さった。橋掛かりの廊下の先には立派な松が描かれた鏡板があり、後座、本舞台がしっかりと設えられていた。東京からわざわざ訪ねてきてくれて手入れのし甲斐があると案内して下さった方からお礼の言葉を頂いて神社を後にした。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


文化遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/247820
新潟県
明治初期以前
舞台は本舞台と後座からなり、南西を正面とする。屋根は寄棟造妻入茅葺で、軒は南正面及び東・西側は腕木と出桁で軒を支えるが、北側のみ腕木と裏甲で軒を支える。舞台天井は棹縁天…

本舞台:間口5.4m(17.82尺)×奥行4.32m(14.93尺)、後座:奥行2.64m(8.71尺)、橋掛り:全長9.88m(32.61尺)×奥行2.55m(8.43尺)、鏡の間:梁間4.61m(15.2尺)×桁行5.52m(18.2尺)
1棟
・新潟県佐渡市羽茂大崎
・佐渡市指定
・指定年月日:20111001
・白山神社
・有形民俗文化財
・白山神社は天禄 2年(971)の創立と伝わる。旧村社。
・作品所在地の地図


◆共通論考 佐渡が誇る能舞台   

 出典:南佐渡地区商工会Webサイト

 佐渡南部に位置する「羽茂」。ここでは、古くから「能」が盛んに行われてきました。 現在佐渡には、30以上の能舞台があると言われておりますが、そのうち6つの能舞台が羽茂に残されています。そのほとんどは、神社の境内に存在しています。

能の歴史
「能」=「世阿弥」というイメージを持たれる方が多いと思います。しかし実際は、江戸時代に初代佐渡奉行であり能楽師でもあった大久保長安が、奈良から2人の能楽師を連れてきたことが、佐渡で「能」を広めるきっかけになったとされています。

 また、羽茂で能を盛んにした先駆者と言われる人は、大崎地区の葛原五兵衛さん、村山地区の岡崎長右衛門さん、西三川地区の金子柳太郎さんだと言われており、この方々を筆頭に羽茂全体、更には小佐渡西地域に「能」が広がっていきました。

 佐渡の能は、神社に奉納する「神事能」とされていましたが、独自の進化を遂げ「庶民の能」として親しまれるようになりました。能月間で知られる6月は、農家の方々が田植えを終え、五穀農穣を願って鎮守様への奉納能として行われています。この時期は、佐渡のいろんな箇所で観能することが出来ます。


つづく