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ニッチメディアとしての
インターネットラジオ

佐藤清文

Seibun Satow

2010年3月15日


無断転載禁
本連載の著作者人格権及び著作権(財産権)は
すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。


To see a world in a grain of sand,
And a heaven in a wild flower,
Hold infinity in the palm of your hand,
And eternity in an hour.

William Blake Auguries of Innocence


 2010年3月15日、関東・関西地区のAM・FM・短波放送をインターネットでサイマル配信する「IPサイマルラジオ」の実用化試験が3月15日から開始される。しかし、おそらくこれほど愚かな実験もないだろう。インターネットを使っているのに、地方キー局との関係を考慮して、対象エリアは通常放送と同様の地域に限定され、通常放送からわずかに遅れるため、ながらのリスナーにとって大切な時報も流れない。インターネットの長所も生かさず、ラジオの利点を殺している。これでは何のために行っているのかまったく理解できない。人手とカネ、時間の無駄遣い以外の何ものでもない。

 インターネットを用いることで、電波を遠方で受信する際に生じる「フェージング」を避けることができるが、エリア限定ではその異議もない。

 電波は二種類の経路をたどって伝わる。一つは上空での反射、もう一つは地球表面の伝播であり、これらがお互いに干渉することで電波が強くなったり、弱くなったりする。

 前者の原理に関しては、少々説明が要るだろう。大気は、主に、窒素と酸素によって構成され、そこに太陽から強い紫外線やX線が大量に注がれている。光は振動する粒子なので、エネルギーを持っているが、相対的に、紫外線は振動数が大きいため、それも高い。紫外線やX線などが窒素や酸素に衝突すると、最も外側で原子核を回っている電子が弾き飛ばされ、自由に動けるようになる。原子から電子が離れることを「電離」と呼ぶ。地上から3000km上空にこの電離した自由電子が多く存在しており、これが「電離層」である。この電離層は、当然、太陽の活動に影響され、季節や昼夜でも構成が異なる。電荷を持った電子の移動が電流であるから、電離層は電気が流れる導体である。電波は導体板によって反射されるが、電離層も導体である以上、電波を反射する。波長が小さくなるほど波は、電離層を通過しやすくなり、反射できない。

 光が原子に衝突して、電子を弾き飛ばすことを「光電効果」と呼ぶ。生命体に対する紫外線の害も、これが原因である。有機体内の原子に紫外線が照射されることで、光電効果が置き、自由になった電子が好ましくない化学変化をもたらしてしまう。

 地球は球形であるため、表面上を伝わる場合、電波は周波数が低い方が遠方に届く。これは地球の直径と電波の波長との比例関係から導き出される。光が見えなくても、遠くで音は聞こえるのは、前者が後者に比べて波長が非常に小さいためである。テレビでもラジオでも、NHKは民放よりも公共性が高いとされていることから、低い周波数が割り当てられている。

 ただし、低い周波数の電波は雑音が多くなりやすいという問題がある。その主な理由は雷の放電である。雷の放射する電波は周波数の低いものが多く、波長の長い電波は影響を受けやすい。

 AMは「振幅変調(Amplitude Modulation)」の略である。音声の波形を電波の波形の振幅に対応して変化させている。こうすると、計算式は省略するが、中波では上下4kHzずつの周波数の幅が必要となる。日本では、現在9kHz幅で放送周波数が設置されている。

 電離層は、地表に近い方からE層とF層の二層構造ある。昼間になると、電離が活発になり、E層の下に電子密度がそれより小さいD層が発生する。この電子密度は中波帯の電波を反射しないだけでなく、通過する際に弱める特徴がある。太陽が沈むと、遠くの放送局が聞こえるようになるのは。このためである。

 短波はD層を通過し、E層で反射するため、いつでも比較的安定して遠方に届く。従来、国際放送に使われてきたのは短波である。

 FMは「周波数変調(Frequency Modulation)」の略である。これは情報を送る際に、信号の電圧の高低に対応させて電周波数を変化させる方式である。波の振幅が一定であるため、雑音が少ない。FM波は電離層を通過するので、反射を使って伝えることが通常はできない。

 AMとFMは限定地域、短波は広域を聴取対象としている。コンテンツも、それを前提に制作される。

 インターネットの利点の一つが地理的制約を超えることである。各種のコミュニティ・サービスが盛んであるように、価値感覚を遠隔に住む人とも共有できる場を提供する。従来のラジオが地理的マーケットを対称にしていたとすれば、インターネットではそれが価値共有マーケットである。エリア限定のインターネットラジオはこの価値共有マーケットを無視している。

 一方で、インターネットにはアクセス数という制約がある。あるサイトにアクセスが一時期に集中すると、回線がパンクしてしまう。インターネットハマスに対応できない。ラジオでうれしい聴取率の上昇も、インターネットで使った場合には、不安の材料となる。

 今回の実験配信には、既得権を守りながら、ネット時代だからそれで何とか活路を見出せないかというラジオ界の意図が透けて見える。しかし、これは最悪の試みである。来るべき世界を示すヴィジョンがまったくない。

 インターネットを用いたラジオ配信をするのであれば、それが言わば「ニッチメディア(Niche Media)」であることをまず理解する必要がある。

 従来のマーケッティングでは、パレートの法則、すなわち2:8の法則によって把握されている。これは経験則で、言ってみれば、2割の商品が全体の売り上げの8割を占めているというものである。なお、この法則は、組織体における実働人員など他領域にも応用されている。

 一方、インターネットは、特定のニーズを持つ規模の小さいマーケットを確立させ、お荷物の8割を売れるようにさせている。この小さな市場を「ニッチ・マーケット'Niche Market'」と呼ぶ。ここでは価値感覚が共有されている。規模が小さいと侮ることはもはやできない。一つ一つが小さくても集めれば、巨大なマーケットになる。

 インターネットラジオは、こうしたニッチ・マーケットに根ざして配信されるとき、その可能性を発揮できるだろう。マスメディアがその延命策としてインターネットの尻馬に乗ろうとしても、むしろ、逆効果である。ニッチメディアは、マスメディアとは発想も方法も異なり、それに適したリテラシーがある。

〈了〉
参考文献
後藤尚久、『電子技術と社会』、放送大学教育振興会、2000年
佐藤清文、『Good Morning Revolution─フェリックス・ガタリ』、1999年
http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/
unpublished/guattari.html