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核なき世界


佐藤清文

Seibun Satow

2010年6月3日


無断転載禁


「城戸誠 (原爆に向かい)お前は何がしたいんだ?」

長谷川和彦『太陽を盗んだ男』


第1章 サウルスからパウルスへ

 国連本部で2010年5月3日から28日まで開かれていた核拡散防止条約(NPT)再検討会議が閉幕し、10年ぶりに最終文書が採択されている。NPTの三本柱である核軍縮・核拡散防止・原子力の平和利用に関する64の行動計画を盛りこんでいる。また、北朝鮮の二度にわたる核実験を非難し、中東の非核化に向けて2012年にすべての中東諸国が参加する国際会議の開催を明記している。

 これに納得できると考える向きは少ないに違いない。核保有国の権利は依然として保障され、おまけに具体的なロード・マップも作成されていない。しかし、バラク・オバマ米大統領が2009年4月5日にプラハ演説を行って以来、「核なき世界」の実現の可能性が前政権時代と比べて高まっていることは確かだろう。

 忘れてはならないことがある。それは、今回の核廃絶の動きが、従来と違い、核抑止論の推進者たちが積極的だという点である。2007年2月4日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』は「核のない世界(A World Free of Nuclear Weapons)」という論説を掲載する。執筆者は、ジョージ・シュルツ(元米国務長官)、ウィリアム・ペリー(元米国防長官)、ヘンリー・キッシンジャー(元米国務長官)、サム・ナン(元米上院軍事委員長)である。彼らはいずれも「核抑止論(Nuclear deterrent Theory)」の正当性を訴え、核廃絶運動を夢想と切り捨ててきた政治家である。それが現在の核の危機について検証し、アメリカが核兵器廃絶に向けたリーダーシップをとるよう求めている。オバマ政権の姿勢もこの提言に呼応していると言っていい。

 中でも、サム・ナンは、1945年広島に原爆が投下されたときに、日本が無条件降伏を懇願するまで原爆を落とし続けるべきだという主旨の長文の電報をハリー・S・トルーマン大統領に送った人物である。その彼が、2010年4月18日から広島で開催されたOBサミットに参加して講演を行い、米ロの核軍縮条約締結を歓迎しつつ、「核の脅威は依然大きい。より多くの国が協力して『核なき世界』を目指さなくては」と訴えている。

 合衆国の元政府高官が核廃絶を提案するのは、もちろん、これが初めてではない。ロバート・マクナマラ(元米国防長)やジョージ・リー・バトラー(元米戦略軍司令官)なども以前からそれを進言している。けれども、今回はそれぞれが個人として意見を述べているわけではない。核抑止論者が超党派で団結し、アメリカ市民に核廃絶への議論を促していることは画期的である。

 彼らの意識を変えた出来事が9.11である。


第2章 核抑止論

 第二次世界大戦後、政治・経済・社会体制が異なるアメリカとソ連という二つの超大国が対峙することになる。両国は立脚するイデオロギーの相違から相互不信の状態にあり、外交関係は冷えて、協調は非常に限定されている。偉大なコラムニストのウォルター・リップマンはそれを「冷戦(Cold War)」と名付ける。米ソは人類を何度も滅亡させられるだけの核兵器で武装し、それぞれ強固な同盟関係を友好国と結び、陣営を形成している。米ソが直接戦争に至れば、核兵器によって両国どころか、世界全体を破滅に落としかねない。合理的に考えれば、そのため、両陣営の為政者は戦争の選択肢はとることはできない。お互いに核兵器で脅し合っているからこそ、不信感の中でも戦争を抑止できる。加えて、自国の核抑止を基本抑止としつつ、同盟国にも核の傘を提供して拡大抑止を図る。これが核抑止論である。

 核抑止論は19世紀の「力の均衡(Balance of Power)」とは似て非なるものである。ウィーン会議に参加した諸国の間では王政復古の政治体制が共有されている。1878年革命の結果、この体制は崩壊するが、外交関係は活発で、各国の間で冷戦のような亀裂は生じていない。欧州全体を巻きこむ大戦争を避けるため、柔軟な同盟を結び、力の均衡を維持しようとする。ある国が軍事的に突出する気配を見せた場合、他国は同盟の力学を用いて戦争に訴え、均衡を取り戻す。小さな戦争は大きな戦争を防止するというわけだ。力の均衡を保つには、状況に即応できるように、同盟は柔軟でなければならない。

 しかし、力の均衡論は第一次世界大戦によって破綻する。セルビアとオーストリアの戦争が同盟の連鎖によって欧州全体どころか、アメリカや日本にまで及ぶ人類史上初の世界戦争にまで発展する。大戦後、国際協調・協力を理念・制度としたベルサイユ体制や軍縮のワシントン体制が戦争を防止できるかと思えたが、好戦的な国家の登場の前にあえなく失敗してしまう。

 核抑止論は好戦的な国家が出現したとしても、その暴走を抑え込めるというメカニズムに基づく発想である。しかし、それもあくまで為政者が合理的思考の持ち主であることを前提にしている。

 しかし、東西冷戦の中、核は次第に拡散していく。イギリスやフランス、中国、インド、南アフリカ、イスラエルも核武装する。1970年から核不拡散条約(NPT)が発効したものの、批准しなければ規制は受けないし、脱退するという選択肢もある。しかも、90年代に入り、ソ連が崩壊し、イデオロギー・ポリティクスの時代が終わる。各種の情報公開により、核兵器とその知識が考えていた以上に一部の国でずさんに管理され、容易に国際市場で取引される状況にあることが明らかとなる。

 東側は崩れたが、西側の同盟は継続される。この強固な軍事同盟が冷戦で勝利を収めたのだから、解消する必要はない。しかし、これは後知恵にすぎない。仮想敵を失った同盟は「ゴミ缶モデル(Trash Can Model)」と化す。政策の選択機会に、ゴミ缶にゴミを捨てるように、参加者が雑多な課題や解決策を投げこんで、意思が決定される。同盟があるから、脅威を探し、拡大適用を考える。

 そうこうしているうちに、ネルソン・マンデラが大統領に就任する前に南アフリカは放棄したものの、核保有国が増加する。パキスタンや北朝鮮が核実験に成功し、中東の大国イランにも核開発の疑惑が浮上する。

 こうした止め処もない核拡散の状況から核抑止論が前提としていた合理的判断のない人物が使う危険性が生まれ、高まっている。核兵器を保有できるのは国家だけでなく、テロリストにも広がっている。もし狂信的な思想に染まったテロリストの手に核兵器が渡ったら、理解しがたい理由から躊躇なく使用してしまうかもしれない。テロリストが民間航空機を乗っ取り、アメリカの主要施設に体当たり攻撃を仕掛けた9・11は、その危険性の現実化を確信させるには十分な事件である。

 9・11のテロリスト側の正当化の一つとして、アメリカの中東における二重基準が挙げられる。また、イランの核開発もそれを見透かされての上である。


第3章 核なき世界と人間の安全保障

 核なき世界の実現には、新たな同盟理論の構築が不可欠である。アメリカ政府は、保有の理由の一つとして、同盟国の核の傘の要請を挙げている。イデオロギーの違いから相互不信が増幅し、友好国との間で強固な軍事同盟を締結して、核兵器で脅し合いながら戦争を抑止する。核兵器と強固な同盟がこの理論ではセットで考えられている。東西冷戦の終結によって国家間の体制の違いが相対的に減少しているが、核保有に向かう国家は好戦的と言うよりも、エキセントリックな体制で、孤立化傾向がある。従来の核抑止論から逸脱している。強固な軍事同盟では核拡散を抑えこむことが困難である。

 だからと言って、19世紀的な力の均衡と柔軟な同盟に戻る必要はない。経済の相互依存が戦争抑止にもっとも効果的であろう。経済成長はノンゼロサム状況を可能にする。誰もが得をすることもあり得る。経済的な利得を考慮するならば、戦争は得策ではない。この認識は東西冷戦終結後急速に世界に浸透しつつある。経済成長を図りながら、人間開発を向上させることが戦争の抑止につながる。

 その意味で、人間の安全保障の必要性を再認識するべきだろう。新たなテロリズムを抑止するのは、軍事力では難しい。新たな同盟はこの人間の安全保障の考えに基づくものでなければならない。それこそが核なき世界を導く。唯一の被爆国としてアメリカに核の傘の提供などと言っている場合ではない。

〈了〉

参考文献

DVD『太陽を盗んだ男』、ショウゲート、2006年

人間の安全保障ポータルサイト
http://humansecurity.jp/

"A World Free of Nuclear Weapons", Wall Street Journal - FCNL Issues
http://www.fcnl.org/issues/item_print.php
?item_id=2252&issue_id=54