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被災と物語

第六章 物語による死者の記憶

佐藤清文
Seibun Satow
2014年3月11日

初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


第6章 物語による死者の記憶

 こうして生者と死者の関係を考えてみると、九九話の背景が先祖祭祀の要件を満たしていないことがわかる。田ノ浜は、その後が明らかにしているように、震災によってコミュニティが崩壊し、先祖祭祀を執り行えない事態に陥っている。震災は多くの人命を一時に奪う。それは通常の死ではない。また、一家全滅などによって子孫もいなくなってしまう。死者はふさわしい場所に位置づけられない。死んでも、生者に記憶されずに終わりかねない。

 だから、物語が必要とされる。生者は震災による死者を特別に扱い、物語として語り、人々の共有の記憶にする。死者は物語というふさわしい場所に位置付けられる。福二の妻は先祖として認められない。しかし、そうであればこそ、物語で語り継がれていく資格を有している。

 奇譚は物語の中にしか位置づけられない死者のための居場所である。世界各地に奇譚の町が存在する。最も有名な都市の一つはアメリカのニューオーリンズだろう。同地では、古くから、死者をめぐる不思議な物語が語られてきたことで知られる。ラフカディオ・ハーンも、若い頃、新聞記者として活動しており、彼の怪談への影響が研究されている。最近でも、『夜明けのヴァンパイア』を始めとするホラー小説の作家アン・ライスも同地の出身である。

 ニューオーリンズは、歴史的・地理的背景によって、複数の文化が融合し、独特の葬儀が行われている。フランスの植民地だったこともあり、カトリックや地中海の文化的影響が強い。また、カリブ海地域とのつながりもあり、ブードゥーなどのクレオール文化も流入している。

 ニューオーリンズでは、米国で一般的な土葬が行われていない。同地は、創設以来、水害に悩まされている。その防災のための堤防で囲まれた都市である。文化的に開かれているが、都市構造は閉じられている。土葬を避けているのも、水害を前提にしているからだ。地中に埋めると、洪水の際に、棺桶が浮かび上がってしまう可能性がある。そこで、地上の埋葬室に安置するのが一般的である。まず、遺体は一時安置所に置かれる。高温多湿の気候により急速に腐敗、白骨化する。一年後、その骨を骨壺に入れ、共同の埋葬室に保管する。この埋葬室は宗教やエスニシティなどによって分けられている。

 こうした埋葬が示す通り、ニューオーリンズは災害による犠牲者が昔から多い。05年のハリケーン・カトリーナの被害は記憶に新しい。堤防が決壊、市内の陸上面積の8割が水没、ルイジアナ州当局の発表によれば、1500人弱が犠牲になっている。災害は町の記憶として語り継がれ、死者はその物語の登場人物として位置づけられる。

 現代社会は、もちろん、伝統社会と違い、先祖の要件など考慮することはない。近代は自由で平等、独立した個人によって構成される社会だからである。しかし、震災死は特別に扱われなければならない。地域単位で犠牲者が一時に大勢出るからだ。多すぎて、それは一人一人の人間ではなく、数として把握されがちである。老若男女どころか、一時的滞在者も外国人も含まれる。その喪失感は生者の世界を痛めつけ、苦しめる。無病息災の日常性を回復することが復興である。けれども、死者を通常の死と同様に捉えても位置づけができないし、生者の世界のトラウマも癒せない。

 そこに物語が要る。物語の中で死者は位置づけられ、生者に記憶される。災害は、概して、共同体単位で経験する。犠牲者は、そのため、地域コミュニティにとっての死者である。それは災害の恐ろしさとそれに備えることの大切さの記憶である。この死者を共同体は忘れてはならない。

 しかし、時として、災害は地域コミュニティまで壊滅する。その災害の経験は他の共同体に伝えねばならない。犠牲者は地域を超えた社会にとっての死者となる、社会は死者を忘れることは許されない、なぜなら、そんな時に、災害が襲ってくるからだ。こうした共時的・通時的な記憶の持続は物語でなければできない。物語は生者と死者の間の愛情を物語る。

 震災の犠牲者は誰かの家族であり、親戚であり、友人であり、恋人であろう。しかし、物語で語られた時、それは誰にとっても愛情のある死者となる。物語を通じて震災の記憶は共時的・通時的に社会で共有される。社会はまさにそこから回復しようと自ら試みる。震災怪談はこうしたものとして生まれている。

〈了〉


参照文献
内堀基光、『「ひと学」への招待』、放送大学教育振興会、2012年
小泉八雲、『怪談・奇談』、講談社学術文庫、1990年
島根大学付属図書館、『ニューオーリンズとラフカディオ・ハーン』、今井印刷、2011年
杉森哲也、『日本近世史』、放送大学教育振興会、2013年
高坂健次、『幸福の社会理論』。放送大学教育振興会、2008年
日本放送協会他編、『NHK教育セミナー歴史で見る世界』、日本放送出版協会、2002年
東雅夫、『遠野物語と怪談の時代』、角川学芸出版、2010年
朴沢直秀、『著幕藩権力と寺檀制度』、吉川弘文館、2004年
青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/
みちのく怪談コンテスト
http://d.hatena.ne.jp/michikwai/
明治大学 建築史・建築論研究室、「三陸海岸の集落 災害と再生:1896, 1933, 1960」、2011年7月25日最終更新
http://d.hatena.ne.jp/meiji-kenchikushi/