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日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(5)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



4 金融

 金融機関は古代からありましたが、その重要性が決定的になったのは資本主義の勃興です。産業を拡大発展させるために、莫大な資本を集める必要性があり、金融資本の役割が高まったのです。

 産業資本を成長するための補佐役だった金融資本が、逆に、産業資本を牛耳るようになります。金融機関のスーパーパワー化を示す象徴的な出来事が1901年のモルガン照会によるUSスチールの創設です。

 その際、全米の鉄鋼生産量の25%を占めるアンドリュー・カーネギーのカーネギー製鋼会社を25000万ドルで買収しています。鉄鋼を始め、鉄道、石炭、機械など多くのアメリカ企業への支配権を獲得し、ファースト・ナショナル・バンクと共同で金融支配を強めていきます。産業資本を金融資本が飲み込み、金融資本の経済支配が強化していくのです。

 金融資本は市場経済に欠かせませんが、同時に、その存在意義にもかかわるので、市場経済の原則、すなわち自由で平等な個人の社会を損ねてはなりません。

 金融のグローバル化に伴い、金融機関の再編が進んでいます。しかし、市場経済の原則に反する行為は金融機関にとって絶対にとるべきではありません。

 金融機関自体が社会のヒエラルキーの上位についているのが事実としても、ゴルフ場を舞台としたキャッシュ・カードの詐欺事件が銀行に対する世間の憤りを招いたように、情報開示とセーフティーネットは金融資本自身のためにも必須なのです。ギュゲスの指輪は市場から追放されねばなりません。

 セキュリティにはアクティヴとパッシヴの二種類があります。乗り物で譬えるなら、事故が予防するためのATSは前者、事故の際の人的被害を軽減させるエアバッグは後者です。

 金融では、情報公開が前者、セーフティーネットは後者に当たります。この2種類が兼ね備えていなければ、金融も安心できません。

 市場の変化は極めて速く、その抜け穴を巧妙に見つける者も出現していくに違いありません。しかし、それを法令でのみ対応していたのでは、遅れてしまう可能性も高いのです。

 市場の信頼を守るには、各証券取引所が自主規制ルールを強化し、証券等監視委員会の拡充が必須です。アメリカの証券取引委員会
(Securities and Exchange Commission: SEC)と比べると、人的規模は一〇分の一程度なのです。

 貨幣は、信用に基づきますので、実質上、決済と同じことです。エドムント・フッサールの「共同主観性」が貨幣という制度を成り立たせているのです。

 現在、日本における決済は現金以上に銀行口座間が多いですから、銀行預金が貨幣の主流だとも言えます。かつては貝や石、その後には金貨や銀貨、さらに紙幣が貨幣だったのですが、今や情報がそうなのです。

 さらに、GWF・ヘーゲルが『精神現象学』で描いた「主人と奴隷」の寓話さながらに、情報資本が金融資本を支配しつつあります。東京証券市場のシステム障害や処理能力の限界等は、情報資本が金融資本に代わって、経済の中心的地位を占める徴候の一つです。

 情報資本の信用性・安定性が金融資本の信頼性に直結しています。政府・日銀が金融政策を発表したとしても、通信がそれに対応できなければ、有効ではありません。金融政策は通信との関連の中で立案される時代に突入しているのです。


つづく