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日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(13)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



2 質の先進国アイスランド

 2005年の統計において着目すべき国は二位のアイスランドです。この北大西洋の島国は、前年、七位だっただけでなく、つねに上位にあります。

 人口は30万人程度であり、その内の18万人が北海道くらいの面積を持つアイスランド島にある首都レイキャビック周辺に住んでいます。

 この30万人という人口規模は、日本の自治体で言うと、新宿区や大津市、福島市くらいで中核都市に相当します。老子は「小国寡民」を理想の政体規模としましたが、
HDIの上位の国は、概して、人口規模が小さく、中でも、アイスランドはコモンズの程度です。

 また、アイスランド共和国の議会は「アルシング
(Altingi)」と呼ばれ、930年に発足し、ノルウェーやデンマークによる支配で一時中断したものの、現在に至るまで続き、現行の議会としては世界最古です(英語版 )。今の議員定数は63です。

 文化面では、長編叙事詩アイスランド・サーガは20世紀文学に多大な影響を与え、中上健次もそうした継承者の一人です。また、ミュージシャンのビョークはハウスミュージックを取り入れたユニークなサウンドにおおらかなボーカルを乗せた曲が世界的にヒットしただけでなく、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)で主演し、見ているのがつらくなるほどの迫真の演技により、カンヌ国際映画祭で最優秀主演女優賞に輝いています。公用語のアイスランド語は、”student(学生)””professor(教授)”などを除くと、伝統的に入ってきた外来語のほとんどを言い換えて、吸収しています。テレビ(Television)”sjonvarp”となり、その意味は「絵投げ」です。

 アイスランドは小国ながら、戦後、何度か決定的な場面で世界の注目を集めています。東西冷戦構造の時代、軍隊を持たないこの共和国には米軍基地があると同時に、エネルギーはソ連が供給しています。冷戦の最前線どころか、両陣営が相互浸透しています。中立も飛び越えているのです。

 そのため、挑戦者ボビー・フィッシャー対王者ボリス・スパスキーのチェスの世界選手権
(1972)も、ロナルド・レーガン大統領とミハエル・ゴルバチョフ書記長による米ソの首脳会談(一九八六)も、レイキャビックで開催されています。両国にとって、最も信頼できる国という立場を持っていたのです。

 自国軍は保有していませんが、国連への貢献も、人権やPKO、難民の受け入れ等で目覚しく、北欧統一候補として、2009年から10年の国連安保理非常任理事国に立候補しています。欧州諸国、特に、北欧との関係は密接かつ協力的で、EU未加盟ながら、一切孤立はしていません。

 このアイスランドと比較すると、日本外交はお粗末です。しなやかさもしたたかさに欠け、依然として、北方領土問題は解決できず、今では、対米追従を盲信し、理念もないまま、甘い見通しで常任理事国入りに熱を上げ、アジアで孤立するという有様です。

 さらに、アイスランドの国内に眼を転じると、自然環境が厳しく、天然資源も乏しいにもかかわらず、人口開発指数を高くしている知恵と工夫が見られます。

 従来、土壌が溶岩質で農業にはあまり適さないため、アイスランドの産業は漁業に依存する比率が高く──貨幣や紙幣に、魚介類の絵が使われています──、共通漁業協定の受け入れを理由に
EUへの加盟も拒否してきましたが、近年、ソフト・パワーを生かした産業の多様化に努め、ソフトウェア製品やバイオテクノロジー、金融サービス、エコエネルギーの研究開発などが盛んになっています。

 将来的には、
EUへ加盟するでしょう。主要工業はアルミニウム製造ですが、膨大な電力を必要とします。けれども、小さな島国である以上、地球温暖化による海面上昇は解決しなければならない切迫した問題であり、化石燃料による電力供給からの脱却への取り組みは、国際的にも注目を浴び、世界各国から留学生並びに研究者がやってきています。

 エネルギー供給の中で再生可能エネルギーは七二
%を占め、世界最高です。社会の電子化も進んでおり、携帯電話やインターネットの普及率も極めて高く、2006年1月14付『日本経済新聞』の社説によると、クレジット・カード決済は全消費の70%を超え、世界で最もキャッシュレスな社会の一つです。参考までに、日本の場合、その比率は10%以下です。

 また、観光も拡大し続けており、エコツーリズムやホエール・ウオッチングなどを目当てに、海外から観光客が大勢音連れています。2003年より、羽田からチャーターでの直行便三本が就航され、年間日本人観光客数は就航前の約3倍です。失業率は3%台と低く、経済成長率は2004年は7.7%です。

 財政は一九九七年に一般財政が均衡に達し、その後、一貫して黒字です。国民一人当たりの
GDPも世界最高水準をキープしており、日本を上回っています。さらに、水道代を始め、教育費や医療費などは無料で、レイキャビックの家庭や工場には温泉を利用した暖房システムが敷かれているのです。アイスランドは、このようにソフト・パワーへの産業転換により世界で最も先進的であるだけでなく、長年に亘り、人口開発指数の上位にランクインしているのです。

 アイスランドに関するこれらのデータの多くは外務省のホームページでも確認できます。けれども、日本政府にはアイスランドの実践から何かを学ぼうという気はあまりないようです。

 そのアイスランドの人口は微増を続けています。国連の統計通り、人々にとって住みやすい国であるから、結果として、人口が増えているのです。

 アイスランドを無批判的に賞賛し、目標とすべきだと言っているのではありません。そのオルタネイティヴ志向のヴィジョンは参考するに値するということです。日本はつねに「大国」の政策ばかり追い求め、アイスランドのような、「小国」を傲慢にも省みてきませんでした。

 しかし、質の先進国である「小国」には「矜持と諦観」
(田中康夫)が感じられます。質に対しては矜持を持ち、量には諦観を覚えているのです。人間開発指数で計れるような質の先進国を目指すとしたら、「小国」の知恵・実践を真摯に見習うべきでしょう。

つづく