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日本変革のブループリント





第二章 福祉国家を超えて(7)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



4 コモンズによる挑戦

 日本は安いアジアの労働力の恩恵を受けています。しかし、安価の理由の一つに社会保障制度の不備が認められることは否定できません。

 このグローバル化という点で、あくまで国内問題として外部経済である社会保障制度を捉える福祉国家は克服されるべき国家体制です。21世紀には乗り越えられるでしょう。

 アジアの経済政策にも通じていたカール・グンナー・ミュルダールは、1960年、『福祉国家を超えて』において、福祉国家の内向性を次のように批判しています。

 われわれは、西欧的世界の富国での民主的福祉国家が保護主義的であり、また、ナショナリスティックであるという事実に正面から対決しないかぎり、けっして今日および明日の国際的問題と取り組むことができないであろう。

 これらの国の国民は、国内での経済的福祉──すなわち、経済的進歩と自由の著しい増大と国境内のすべての者に対する機会の平等──を、国民主義的な経済政策に没頭するという犠牲を払って達成してきたのである。

 現行の福祉国家では対応しきれない事態の解決策をコモンズに見出すことは夢想ではありません。コモンズのようなミニマ・ポリティカの方がこうしたグローバル化に対処しやすいのです。

 概して、アジア諸国は人口も多く、言語や宗教も交錯し、地理的にも複雑で、加えて、変化も急激です。将来的には、コモンズの知恵が復権するに違いありません。国は、コモンズの補完として、各コモンズの独自性が必要とされないものを用意する役割に徹するべきです。

 長野県では、各方面の努力と連携の結果、老人医療費が全国で最も低い一方で、平均寿命の点では、男性が一位、女性が三位となっています。

 予防に勝る治療はないという認識に基づき、感染症向きの医療ネットワークを生かしつつ、病院内では、医師や看護士、保険士がチーム・ワークを発揮し、また、その病院と診療所やデイサービスなどが連携して活動を続けているため、在宅医療が充実しています。

 生活習慣病の予防には日常生活への注意が不可欠ですので、食生活や軽い運動などの指導も加えて実施しています。体調似対する不安が軽減すれば、さまざまな社会参加につながりますから、心身共により健康になっていくのです。

 こうした試みは、何も、長野県に限りません。全国各地で意欲的で見られます。広島県の御調町や尾道市もその一例です。どちらも2005年の衆議院選挙で最大の注目選挙区の一つになった広島六区に属しています。

 いずれのコモンズも両者の連携を実施しています。医療と介護は、縦割り行政のため、霞ヶ関レベルでは別々です。けれども、御調町はその規模の小ささを生かし、医療機関の内部に福祉施設を同居させています。

 政府は、少子高齢化に伴う財政支出の増加を理由に、増税を主張しています。しかし、高齢化率の高いコモンズほど、産業連関を考慮するならば、福祉・介護関連の従事者が多く、波及効果により、コモンズ内でお金が回って景気が改善し、税収も上がるのです。

 高齢化率の高い市町村なら、配膳サービスの需要も多いものです。支出が増えたとしても、それを上回る経済効果があれば、それは問題ではありません。産業連関が把握しにくくなっているという点でも、国家はコモンズの補完機能に徹するべきでしょう。

 確かに、高齢化率の高い地方よりも、概して、都市部の生活習慣病の予備群の方が時間的な余裕が少なく、予防への意識も低い傾向が全国的にあります。将来的には、地方よりも都市の方が危険は高いのです。

 さらに、2005年11月5日放映のNHK-BSドキュメンタリー『いつまでも学びたい〜アメリカ・大学の中の老人ホーム』によると、アメリカでは、イサカ大学やミシガン大学など40ほどの大学がキャンパス内に老人ホームを設置しています。ホームの住人は大学の講義やサークル活動にも参加できます。

 高齢化社会は学校社会ではなく、学習社会ですから、生涯学習の機会があるというのは非常に大切なことです。学生たちにとっても、各種福祉・セラピーの研究の実習になりますし、また、そういう方面の専攻者でなくても、社会に出た時、目上の人と接する際の心得を自然と習得できるので、好評です。

 おそらく老人ホームと大学の提携は全米規模で拡大していくことでしょう。


つづく