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メアリー・ステュアートの足跡を追って
スコットランド
2200km走破


グレンコーの大虐殺4

The Massacre of Glencoe 4

青山貞一
Teiichi Aoyama  
池田こみち Komichi Ikeda
2018年12月10日公開
独立系メディア E-Wave Tokyo 無断転載禁


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グレンコーの虐殺事件4  The Massacre of Glencoe 4

 イングランド政府は遅れた署名を無効とし、制裁の手続が進められました。命令に署名したのはステア伯(スコットランド担当国務大臣・司法長官)、キャンベル氏族長ブレダルベーン伯、そしてウィリアム3世でした。

 1月、キャンベル氏族出身の士官ロバート・キャンベルは命令を受け、手勢120名を従えてマクドナルド氏族を訪ねるよう命じられました。当初は調査という名目です。1月末ごろ、彼は部下たちとともにグレンコーのマクドナルド氏族の村に到着し、2週間ほど滞在しました。ハイランド氏族の間には客人には宿と食事をあたえるべしという慣習が古くからあり、マクドナルドはこの慣習にのっとりキャンベルと部下たちを客人としてもてなしました。

 ロバート・キャンベルがこの任務の性質や目的を正確に理解していたかどうか、いまだ明らかではありません。2月12日ロバートは直属の上司による命令書を受け取りました。命令書の写しによると、それは以下の文面でありました。ロバート・キャンベルは命令を受け取ったのち、犠牲者「候補」とトランプに興じ、翌日の晩餐の誘いを受けて床についたのです。

命令書

1692年2月12日

 貴官は、ここに70歳未満の反徒たちすべてを処分するよう命じられた。特に、あの老ギツネと息子らが、貴官の剣から逃げおおせないように注意せよ。すべての道路を抑え、何人たりとも逃げられないように万全の配慮を行うべし。私は朝5時にそちらに到着するよう行動する。

 それに合わせて処刑を開始し、速やかに任務を終える手筈になっている。もし私が5時に間に合わなければ、私抜きで執行せよ。この命令は我が国の平和と正義のための、国王陛下の特別な命令である。悪党たちは根から絶たれなければならない。

 また、この任務がのちの確執を生まないように、討ち洩らしを出してはならない。さもなければ、貴官は陛下や政府・軍の命令に忠実ならざる者として扱われるであろう。私は、貴官が自身を大事にし、この命令をあやまたず遂行できるであろうと信じて、この命令書に署名するものである。

ロバート・ダンカンソン


ロバート・キャンベル。地主階級に属するキャンベル氏族の家臣。虐殺のいわゆる「実行犯」となったSource:Wikimedia Commons
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/en:David_Scougall" class="extiw" title="w:en:David Scougall">David Scougall</a> - <a class="external autonumber" href="https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Image:Glyon.gif&amp;oldid=17455412">[1]</a>, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 下の写真はジャコバイトの当時の服装です。出典は本稿、国立スコットランド博物館21です。


Source: National Scotland Museum


 2月13日早朝、皆が起きる前に命令が部下たちに公表され、実行に移された。家々に火をかけ、族長以下38名を刃にかけ、子供を含む40人が焼死した。しかし村の人口は400人以上で、相当数が脱走したと考えられています。

 命令のむごさに兵士たちが躊躇したのではないかとも指摘され、また不服従の証として剣を自ら折った兵士もいたといわれますが、いずれにせよ命令書のいうような殲滅は達成されなかったのです。脱走した者の中からも凍死者・餓死者が出ましたが、生き残った者から事件の顛末が口づてに広まることとなったのです。

虐殺事件の影響

 事件の情報が広まると、国内・国外から批判の声が上がり、名誉革命直後の不名誉な事件となってしまいました。

 ウィリアム率いる名誉革命体制イングランドの威信は傷つき、これ以上強硬策に出ることができませんでした。スコットランドを懐柔する一方、事件の黒幕はキャンベル氏族に引き受けさせて不満をそらす必要がありました。

 事件は結果的にジャコバイトに恰好の攻撃材料を提供してしまったのですが、その一方で氏族間の溝もまた深くなり、一致団結してイングランドと相対することも非現実的となったのです。


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