柳泉園周辺土壌中の重金属汚染実態調査
報告

青山 貞一 環境総合研究所所長
池田こみち 同副所長
鷹取 敦 同主任研究員
本ホームページの内容の著作権は筆者と株式会社環境総合研究所にあります。複製、転載することを禁じます。

1.調査の目的

 本調査は、東京都東久留米市に立地する一般廃棄物中間処理施設(焼却施設)「柳泉園」周辺の土壌に含まれる重金属汚染等の面的分布を把握することにより、同施設による周辺環境への影響を明らかにすることを目的とする。
 なお、本調査は同地域周辺に居住する市民の参加によって土壌試料の採取を行った。


2.土壌採取地点

 本調査の土壌試料の採取は、柳泉園の焼却施設煙突を起点として、N(北)、NE(北東)、E(東)、SE(南東)、SSE(南南東)、S(南)、SW(南西)、W(西)、NW(北西)の9方位について、おおむね100mおきに各方位5〜6地点ずつ、合計47地点について行った(表2−1、図2−1参照)。 採取地点記号は<方位>−<番号>となっており、番号は原則として起点に近い方から順番であり、番号に100mを乗じたものがおおむねの距離である(ただしS−1は例外)。

表2−1 土壌試料の採取地点記号

番号

起点からの方位
N NE E SE SSE S SW W NW
1 N-1 S-1 SW-1 W-1 NW-1
2 N-2 NE-2 E-2 SE-2 SSE-2 S-2 SW-2 W-2 NW-2
3 N-3 NE-3 E-3 SE-3 SSE-3 S-3 SW-3 W-3 NW-3
4 N-4 NE-4 E-4 SE-4 SSE-4 S-4 SW-4 W-4 NW-4
5 N-5 NE-5 E-5 SE-5 SSE-5 S-5 SW-5 W-5 NW-5
6 N-6 NE-6 E-6 SSE-6 S-6
7 SE-7

図2−1 土壌試料の採取地点位置図


図2−2 柳泉園の位置

3.分析対象化学物質

 本調査では、全地点で重金属類のうちカドミウム(Cd)、鉛(Pb)、ヒ素(As)の3種類、3地点でダイオキシン類(PCDD+PCDF)の土壌中の含有濃度の分析を行った。


4.現地試料採取方法

採 取 日:2001年3月26日(S2以外の地点)、2001年3月31日(地点S2)
採 取 者:地域住民協力者
       株式会社 環境総合研究所 主任研究員 鷹取 敦

土壌を採取する鷹取主任研究員 採取した47サンプル

 重金属類の分析を行った44地点の土壌試料の採取に際しては、できるだけ踏み固めや踏み荒らしのない場所を選び、土壌の表土(5cm以内)をおよそ50g〜80gずつ採取した。



5.測定分析の方法(全含有濃度分析)

・共通手法(原子吸光法:Graphite Furnace Metals)
・米国環境保護庁(EPA) Method 7000A シリーズ  http://www.epa.gov/testmethods/7xxx.htm



6.測定分析機関

Maxxam Analytics Inc.(カナダ・オンタリオ州)



7.測定分析結果

7−1 重金属類の含有濃度分析結果

 今回の土壌中重金属類の分析結果は、表7−1から表7−4に示す通りである。

表7−1 項目別測定結果概要
    単位 カドミウム ヒ素
平均値 mg/kg 0.40   45.7 6.1
最小値 mg/kg ND   13.4
最高値 mg/kg 1.5 527 12.9
中央値 mg/kg 0.3   30.3

注)カドミウムの平均値についてはND=1/2MDLとして計算

表7−2 土壌に含まれるカドミウム含有濃度
地点番号 カドミウム Cd [mg/kg]
N NE E SE SSE S SW W NW





1 0.8 1.0 0.6 0.1 0.9
2 0.1 0.1 0.2 0.4 0.2 1.0 0.3 0.3 0.5
3 0.1 0.2 0.3 0.1 0.7 0.7 0.2 0.2 0.4
4 0.1 0.1 0.3 0.5 0.5 0.2 1.5 0.2 0.3
5 0.3 0.5 0.4 0.4 0.3 0.9 0.2 0.2 0.4
6 0.1 0.8 0.2 0.3 0.7
7 0.2
定量下限値(MDL) 0.1

表7−3 土壌に含まれる鉛含有濃度
地点番号 鉛 Pb [mg/kg]
N NE E SE SSE S SW W NW





1 69.0 58.8 40.8 23.2 527.0
2 23.8 23.0 23.4 21.7 38.3 64.2 38.6 32.5 40.2
3 22.4 24.3 62.4 14.7 54.0 49.0 23.0 15.1 29.8
4 13.4 24.4 42.7 40.3 51.1 27.0 51.8 18.6 18.6
5 27.7 34.1 23.6 41.9 28.4 55.3 20.1 17.5 37.8
6 17.3 45.9 27.8 79.1 53.0
7 30.3
定量下限値(MDL) 1 注)
                     注)NW1の定量下限値は15?g/g

表7−4 土壌に含まれるヒ素含有濃度
地点番号 ヒ素 As [mg/kg]
N NE E SE SSE S SW W NW





1 3.0 2.0 7.0 5.0 9.0
2 4.0 3.0 5.0 3.0 6.0 8.0 6.0 6.0 5.0
3 5.0 7.0 5.0 4.0 6.0 8.0 9.0 7.0 5.0
4 4.0 6.0 5.0 4.0 6.0 6.0 9.0 9.0 7.0
5 6.0 12.9 7.0 6.0 7.0 9.0 6.0 6.0 6.0
6 6.0 8.0 5.0 8.0 7.0
7 5.0
定量下限値(MDL) 1

上記の分析は、表7−5に示す精度管理データより、分析精度が確保されていることがわかる。

表7−5 精度管理データ
項   目 カドミウム
Cd

Pb
項   目 ヒ素
As
MATRIX SPIKE 回収率 ERI-575〜596 109% 98% MATRIX SPIKE 回収率 ERI-575〜599 105%
ERI-597〜621 99% 108% ERI-600〜601 88%
ERI-602〜621 84%
SPIKED BLANK 回収率 112% 101% SPIKED BLANK 回収率 91%
METHOD BLANK [μg/g] 0.1 1 METHOD BLANK [μg/g]
QUAITY CONTROL 回収率 100% 102% QUAITY CONTROL 回収率 97%



8.評価

8−1 評価基準

 我が国では土壌中の重金属類の含有濃度についての環境基準は定められていないが、表8−1に非汚染地域の水田、畑、森林土壌の過去のデータを示す。
 今回の分析結果を下記の表層土の値と比較すると、カドミウムは平均値が0.4mg/kgであり未汚染地域の水田、畑、森林の表層土の濃度と同程度である。一方、最高値は1.5mg/kgと高く、上記の各土壌の5.6倍〜3.9倍の濃度となる。
 鉛は平均値が45.7mg/kgであり、上記の3倍〜2.3倍の高濃度が検出されている。今回の最高値である527mg/kg(NW1)を除いた平均値は35.2mg/kgとなり、その場合でも上記の2.4倍〜1.8倍となり、極めて高い濃度である。
 ヒ素は、平均値が6.1mg/kgであり、上記の表層土の値と同程度である。最高値は12.9mg/kgであり、上記未汚染地域の2倍程度の濃度となっている。

表8−1 非汚染森林土壌の有害金属濃度 (単位:mg/kgDW)
         水田土壌
(n=231)
畑土壌
(n=166)
森林土壌
(n=236)
全体
(n=633)
カドミウム Cd 表層土
下層土
0.382
0.230
0.373
0.246
0.266
0.208
0.330
0.226
鉛 Pb 表層土
下層土
19.9
15.9
14.8
13.3
16.4
14.0
17.1
14.5
ヒ素 As 表層土
下層土
6.69
7.19
7.95
7.24
6.23
6.25
6.82
6.87
      
注)幾何平均
  表層土:林地ではA0層を除き0〜10cm
  下層土:地表下おおむね30〜60cmのうち主要な層位15cm
  分析方法 は硫酸−硝酸−過塩素酸分解法
  日本土壌協会(1984)より作成
出典:日本土壌の有害金属汚染 浅見輝男著、アグネ技術センター発行、2001年3月16日


 環境省は平成13年8月2日に「土壌の含有量リスク評価検討会」は「土壌の直接摂取によるリスク評価等について」という報告書を公表した。この報告書は、従来の地下水汚染のリスクの把握を目的とした溶出基準では把握できない、皮膚接触や飛散した土壌などの直接摂取のリスク低減のための措置の考え方を示したものである。ここでは個別重金属に対する「要措置レベル」として含有濃度レベルが示されている。
 ここで示された「要措置レベル」は、リスク低減のための何らかの措置(土壌除去、覆土、処理など)を取らなければならない汚染レベルとして、将来の環境基準、ガイドライン値などを定める際に参考にされるものと考えられる。表8−2に本調査の対象であるカドミウム、鉛、ヒ素の要措置レベルを示す。
 今回の分析結果を要措置レベルと比較すると、カドミウム、ヒ素については全て要措置レベルを下回っているものの、鉛については地点NW1において要措置レベルの約3.5倍である527mg/kgの非常に高い濃度が検出されている。

表8−2 要措置レベル(土壌の含有量リスク評価検討会)
重金属 要措置レベル
カドミウム

ヒ素
150mg/kg(=μg/g)
150mg/kg(=μg/g)
150mg/kg(=μg/g)

 次に、土壌汚染対策に関する法整備が進んでいるドイツをはじめとするヨーロッパでは、土地利用や地質に応じてきめの細かい規制値やガイドライン値が定められているので、それら諸外国の基準等との比較を行うこととする。(表8−3参照)

表8−3 諸外国の土壌汚染評価基準(重金属)
諸外国の評価値 適用地 評価値 [mg/kg]
カドミウム ヒ素
ドイツ 連邦土壌法 試験値 遊び場 10 200 25
住宅地 20 400 50
予防値 白 土 1.5 100
粘 土 1 70
砂 地 0.4 40
英国 ICRCL勧告値 *1 遊び場 2〜10 200 20〜25
庭 園 1〜 2 200〜300 20〜40
ICRCLガイドライン値 *2 庭 園 3 500 10
スウェーデン 一般ガイドライン値 1997年 敏感な土地*3 0.4 80 15
カナダ 連邦政府暫定評価値 1991年 0.5 2.5 5
連邦政府回復基準値 1991年 住宅・公園 5 500 30
オランダ ダッチリスト評価値   50 20
      
注)*1: イギリス汚染土壌地再開発国際委員会(ICRCL)による土地利用別重金属勧告値より遊び場用、庭園用の勧告値(Recommendation Level)         
*2: イギリス汚染土壌地再開発国際委員会(ICRCL)による土地利用別ガイドライン値より庭園用ガイドライン値
*3: 住宅、公園、農地などの敏感な用途に使用されている土地についての基準値


 上記の各国の指針やガイドライン値、基準値等と今回の分析値を比較してみる。

(1)カドミウム
 カドミウムについては、スウェーデンの一般ガイドライン値とドイツ連邦土壌法の砂地の予防値が0.4mg/kgと各国の中では最も厳しい評価値を持っている。これと比較すると、47地点中20地点(0.4mg/kgの地点を含む)が超えている。次に厳しい値であるカナダの連邦政府暫定評価値(1991年)の0.5mg/kgを基準とすると、47地点中14地点(0.5mg/kgの地点を含む)が超えている。英国の庭園用ICRCL勧告値、ドイツの粘土地の予防値1mg/kgを超えているのはSW−4の1地点のみであった。方向別にみると、指標値を超える値が検出された方向は、柳泉園の南側に多いことがわかる。
 これらの結果から、柳泉園周辺の住宅地等の土壌は、方向によって一定の評価値を上回る汚染が見られる地域であると判断することができる。

(2)鉛
 鉛については、最も厳しいカナダの連邦政府回復基準値(1991年)の2.5mg/kgは、全地点がこれを超過している。ドイツの連邦土壌保護法の砂地の予防値である40mg/kgと比較すると、47地点中18地点が超えている。オランダの評価値である50mg/kgを指標とすると、11地点が超過している。ドイツの連邦土壌保護法の予防値、粘土質の70mg/kg以上の地点は1地点のみであった。方向別に見ると、カドミウムと同様、柳泉園の南側に高濃度が分布していることがわかる。
 これらの結果から、柳泉園周辺の住宅地等の土壌は、方向によっては、一定の評価値を上回る汚染が見られる地域であると判断することができる。

(3)ヒ素
 ヒ素については、最も厳しいカナダの連邦政府暫定評価値である5mg/kgを指標とすると、47地点中39地点がそれを超過する。次に厳しい英国のガイドライン値10mg/kgと比較すると、1地点のみが超過することになる。方向別には、南を中心に、南南東〜南西にかけて高濃度となっている。
 これらの結果から、ヒ素についても、一定の汚染レベルにあると判断することができる。


8−2 濃度分布

 今回分析した3項目の重金属類について、スプライン補間法を用いて濃度分布を作成した。(巻末濃度分布図)

(1)カドミウム(Cd)
 全地点のデータを用いた濃度マップ(図8−1)と、最も高濃度(1.5mg/kg)となったSW−4地点を除いた濃度マップ(図8−2)を作成した。その結果、発生源と考えられる柳泉園を中心に北西方向〜南方向にかけて敷地境界から100mないし、200mの範囲で高濃度が分布していることがわかった。また、北東方向のNE−6地点と南方向のS−5方向にも高濃度が見られた。北方向、西方向、南東方向は濃度が低いエリアとなった。

図8−2


(2)鉛(Pb)
 全地点のデータを用いて補間した濃度マップ(図8−3)と、最も高濃度(527mg/kg)となったNW−1地点を除いた濃度マップ(図8−4)を作成した。その結果、カドミウムの分布と極めて類似した濃度パターンとなり、柳泉園を中心に北西〜南にかけて高濃度が分布していることがわかった。カドミウム同様、NE−6が高くなっている。一方、SSE−6にも高濃度地点が出現している。

図8−4


(3)ヒ素(As)
 全地点のデータを用いて補間した濃度マップ(図8−5)と、最も高濃度(12.9mg/kg)となったNE−5地点除いた濃度マップ(図8−6)を作成した。その結果、カドミウム、鉛と同様に、柳泉園を中心に北西〜南にかけて高濃度域が分布していることがわかった。

図8−6


(4)共通する濃度分布
 3つの重金属の濃度分布に共通する傾向は、柳泉園を中心として南方向、南西、南南東方向および、北西の柳泉園に近い地点(NW−1等)の濃度が高いことである。南方向は、3物質ともS−4地点が低くなっている。また柳泉園から離れた地点としてはNE−5、6の濃度が高くなっている点も共通している。S−4地点は、何らかの理由によって土壌が入れ替わっている可能性もある。


 これらの特徴は3つの重金属に共通することから、共通の発生源の影響を強く受けているものと推定される。
 図8−7に柳泉園周辺地域の風配図を、また、図8−8に周辺4地域を平均した風配図を示す。これを見ると、この地域では、明らかに北西〜北北西の風が卓越しており、また、南の風も10%と頻度が多いことが分かる。
 南、南西、南南東の地域はこれらの風向において柳泉園の風下となり、風上側(南の風においては風下側)については柳泉園に近い地点だけが高い濃度となっていることから柳泉園焼却炉の排ガスが周辺地域の土壌の重金属濃度に影響を与えているものと思われる。
 柳泉園から離れた地点であるNE−5、6については、地域的な分布および気象条件から柳泉園以外の発生源によるものであると考えられる。発生源の特定に向けた調査が必要である。

図8−7 武蔵野市・小平市・東大和市・清瀬市の風配図(1997年度)

図8−8 武蔵野市・小平市・東大和市・清瀬市の平均風配図(1997年度)


<参考>対象化学物質の特性と毒性

 本調査では、重金属類の内、ヒ素(As)、鉛(Pb)、総水銀(Hg)の3種類について測定分析を行った。各物質の特性及び毒性は以下の通りである。

(1)ヒ素

a 物質の同定 元素記号 As
原子番号 1558
分子量 74.92
CAS登録番号 7440-38-2
b 物理的・化学的特性 溶解性 不溶
蒸気圧 1mmHg
蒸気圧の温度 372℃
比重 5.730

  急性毒性物質。外観は銀色又は黒色結晶。酸化剤と反応する。

●有害性情報 急性毒性 ラット、腹腔内、半致死投与量(LD50)13390μg/kg
モルモット、皮下、最小致死量(LDL0) 300mg/kg
男性、経口、TDLo、7857mg/kg/5年
ACGIH発癌性評価 A1(人に対して発癌性が確認された物質)
EPA発癌性評価 A(人に対する発癌性がある)
変異原性 染色体異常試験、マウス(生体内)、陽性
(出典:化学物質安全性データブック、上原陽一監修、化学物質安全情報研究会編平成8年9月10日)
注)ACGIH :アメリカ産業衛生専門家会議、EPA :アメリカ環境保護庁


ヒ素(As)とその毒性  出典:「労働の科学」52巻1号

 ヒ素(Arsenic : As)は,古代から使われてきた半金属性元素で,灰色,黄色,黒色の3種の同素体があり,化学式As,分子量 299.68,比重5.727(灰色)である。ヒ素およびその化合物は無機ヒ素系農薬,工業薬品の原料,木材防腐剤,乾燥剤などとして使われている。

 ヒ素は無機と有機ヒ素化合物およびアルシン(気体:AsH3)に分類され,それらの毒性も各々異なる。3価の無機ヒ素は生体細胞酵素の活性部分に存在するチオール基(SH基)と高い親和性をもち,酵素の活性を阻害し,強い生体毒性を示す。5価の無機ヒ素はSH基との親和性が弱く3価ヒ素より毒性が弱いと考えられている。一般 に有機ヒ素化合物の毒性も無機ヒ素より弱いといわれている。アルシンは自然界には存在せず,鉱石中のヒ素が水素と結合して生成する。アルシンは還元型グルタチオンを減少させることにより,赤血球膜のNa-Kポンプ機能が障害され,溶血を起こす。ヒ素中毒はその成因によって職業性と非職業性とに区別 され,また曝露期間によって急性と慢性中毒に分類される。急性中毒は無機ヒ素による場合が多く,服毒自殺や無機ヒ素が混入した飲食物の摂取により起こる。臨床症状は胃腸障害と頻脈がある。慢性中毒は汚染された飲料水を長期間飲用した場合,あるいは金属精錬,亜ヒ酸や農薬製造のときに三酸化ヒ素を含む粉じんおよびフュームに被曝した場合に起こる。症状としては,色素沈着症,角化症,多発性神経炎,気管支肺疾患,末梢循環障害などがあげられる。アルシンによる急性中毒は非鉄金属製錬所やタンクの清掃現場などで発生し,溶血の結果 ,ヘモグロビン尿,黄疸,腹痛を引き起こす。ヒ素の遺伝毒性は研究により結果が分かれている。発がん性に関して人では呼吸がんと皮膚がんを引き起こし,ヒ素曝露と発がんの因果 関係も疫学的に実証されているが,動物実験では未だに確認されていない。特別な曝露のない場合では,ヒ素は主に食事を介して摂取され,全身各臓器に分布され,尿と糞から排泄される。作業現場気中許容濃度はACGIHの提案ではアルシンは0.05ppm,ヒ素元素と無機化合物(Asとして)0.01mg/m3 (TWA)である。


(2)鉛

a 物質の同定 元素記号 Pb
原子番号 82
原子量 207.19
CAS登録番号 7439-92-1
b 物理的・化学的特性 融点 327.5℃
沸点(1気圧) 1,740℃
比重 11.34
(出典:化学物質の安全性評価−国連IPCS環境保健クライテリア抄訳− 第1集、編集 国立衛生試験所化学物質情報部、化学工業日報社発行、1995年12月27日発行)
●有害性情報 急性毒性 ラット、腹腔内、最小致死投与量(LDLo) 1g/kg
女性、経口、TDLo、450mg/kg/6年
IARC発癌性評価 2B(人に対して発癌性の可能性がある))
EPA発癌性評価 B2(動物試験では十分証拠があるが疫学調査が不十分)
(出典:化学物質安全性データブック、上原陽一監修、化学物質安全情報研究会編、平成8年9月10日)
注)IARC :国際癌研究機関

鉛(Pb)とその毒性 出典:「労働の科学」51巻4号

 鉛(Lead, Plumbum : Pb)は,古代から使われてきた金属元素で,分子量 207.19,比重11.34である。その用途は蓄電池,合金等の原料として幅広く使われている。

 鉛による急性中毒は,鉛の短時間大量曝露によって起きるが,非常にまれである。初期症状は口渇,金属味がみられ,その後悪心,腹痛,嘔吐が続く。感覚異常症,疼痛そして筋力低下等の神経症状もあげられる。急性溶血のため貧血やヘモグロビン尿が認められる。

 慢性中毒では典型的症状は鉛蒼白,貧血,鉛縁,鉛疝痛,伸筋麻痺,コプロポルフィリン尿があげられていたが,最近わが国ではこのような症例はほとんどみられない。胃腸管症状は鉛が胃腸管の平滑筋に作用して食欲不振,腹部不快感,便秘,腹痛などが起こる。末梢神経症状は神経筋症状,手首の伸筋麻痺による下垂手(鉛麻痺)や末梢神経伝導速度の軽度遅延などがある。鉛による血液学的影響は,溶血性貧血とヘム合成系への障害に大別 される。溶血性貧血は主に鉛のトランスフェリン結合鉄および非結合鉄の網状赤血球への取り込み障害,Pyrimidine 5'-nucleotidase活性障害,Kイオンチャンネルの活性低下および赤血球細胞膜のナトリウムポンプ阻害によってもたらされたものと考えられる。ヘム合成の障害は主に鉛のδ-アミノレブリン酸脱水酵素(δ-ALAD)に対する阻害によるものと考えられ,その結果 は,尿中のδ-ALA,コプロポルフィリン排泄が増加し、血中δ-ALAD活性が低下する。これらのパラメーターと血中鉛が鉛曝露指標として用いられている。その他,鉛による腎臓への影響や免疫系への抑制もあげられている。鉛の遺伝毒性が報告されているが,人の発がん性に関する報告は見当たらない。なお有機鉛(四エチル鉛と四メチル鉛)は主に精神・神経症状を引き起こす。鉛は主に呼吸器系と消化器系からも吸収され,全身各臓器に分布されるが,骨組織が最も高い。体内に入った鉛は尿と糞から排泄される。人の鉛の生物学的半減期は約10年間といわれている。作業現場気中許容濃度はACGIHの提案では鉛として無機化合物,粉じん,ヒュームおよび四メチル鉛では0.15,四エチル鉛では0.1mg/m3 (TWA)である。

重金属の毒性について(出典:国立公衆衛生院

重金属―カドミウム、鉛、水銀

重金属、カドミウム、鉛、水銀、が内分泌撹乱物質の候補として挙げられている。(文献1)
これらの金属に関しては非常に多くの研究が行なわれており、生体に対する毒性のメカニズムについても、分子レベルのものも含めて詳しい報告がなされている。(文献2、3、4、5、6)

カドミウム、鉛、水銀の毒性のメカニズムは次のように考えられている。
体内に摂りこまれたカドミウム、鉛、水銀は、2価の陰イオンに変換され、タンパク質やアミノ酸のsulfhydryl(SH)基と結合し、通常は吸収されることなく代謝、排泄される。しかし短期的に高濃度に、あるいは低濃度でも中、長期的に摂取した場合には、過剰の金属イオンが遊離の金属イオンとなり、これが生体に損傷を与える。遊離金属イオンはSH基との親和性が強いことから、細胞内、外の膜や器官に広く存在する、構造や機能に重要なタンパク質と結合する。その結果、多くの酵素が不活性化し、構造タンパク質の形成異常や、細胞の膜透過性の変化がおき、造血系、細胞内伝達系、遺伝子系、免疫系などあらゆる機能に影響が現れる。また遊離金属イオンは生体内のカルシウム恒常性を変化させ、カルシウムに依存する反応(細胞内情報伝達系、神経伝達系など)を阻害することが知られている。

以上のことから、カドミウム、鉛、水銀については生殖器官はもちろん、体内のさまざまな器官、機能におよぼす影響について、血液―脳関門を通過した後の脳内での作用や、胎盤を通して胎児や新生児に現れる影響についても詳しい研究が進められつつある。

今回、カドミウム、鉛、水銀が内分泌撹乱物質に該当するかどうかを確かめるために、多くの文献を調べた。その結果、生殖器官、内分泌器官が影響を受けることが確認された。そしてほとんどの場合、臓器の細胞そのものの変化(変性、壊死、炎症、浮腫など)によるものであることがわかった。これは従来から重金属の毒性として報告されているものであり、現時点では特に内分泌撹乱作用によるものと定義づけられるものではないという結論を得た。

なお、現在これらの重金属については、環境庁の法令により基準値(排水、排出、水質汚濁、土壌環境汚濁などについて)が定められ、厳しく規制されている。

(参考文献)

1. Colborn T, vom Saal FS, Soto AM. Developmental effect of endocrine-disrupting chemicals in wildlife and humans. Environ Health Perspect 101, 378-384,1993.
2. 和田 攻 . 金属とヒト . 朝倉書店 . 1985 .
3. ATSDR. Toxicological Profile for Cadmium. Atlanta, GA: Agency for Toxic Substances and Disease Registry, 1998.
4. ATSDR. Toxicological Profile for Lead. Atlanta, GA: Agency for Toxic Substances and Disease Registry, 1998.
5. ATSDR. Toxicological Profile for Mercury. Atlanta, GA: Agency for Toxic Substances and Disease Registry, 1998.
6. Goyer RA. Current concerns. Environ Health Perspect 100, 177-187, 1993.


<参考>
ATSDR. Toxicological Profile for Arsenic. Atlanta, GA: Agency for Toxic Substances and Disease Registry, 1998.