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化学物質関連制度の
最近動向と日本の課題


鷹取 敦

掲載日:2007年3月29日


 PRTR、MSDS、GHS、REACH、SAICM

 これらはいずれも化学物質に関する制度などの略語である。化学物質というだけで難しい、頭が痛くなるという方は少なくないと思うが、アルファベットを並べた略語をみると、なおさらそう感じてしまうだろう。このうちPRTR、MSDSは日本でも「化学物質排出把握管理促進法」(略称:化管法)という法律で既に制度化されているので、目にしたことがあるのではないだろうか。

●化学物質は大気・水・土壌へどれだけ排出されてどれだけ捨てられているのか知らせることによって量を減らそう
(PRTR・Pollutant Release and Transfer Register)


 PRTR「化学物質排出移動量届出制度」の説明と問題点は以前のコラムで説明したのでこちらを参照していただきたい。
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-col37.html

 PRTRは2005年、第5回目の集計結果が先日、公表された。先日、後述するNPO(Tウォッチ)が主催し、環境省、経産省の担当者を招いて説明を受け、その後NGOから問題点を指摘する集計データ検討会に出席した。

 会の主催者のひとりである中地重晴氏も指摘していたが、あいかわらず肝心な点、すなわち「正直者がバカをみる」制度であるという点について全く改善が図られていないことが分かった。実態を全く反映していない可能性のあるデータを評価して意味を見いだそうとすることに意義がないとまでは言わないが、ある種の空しさを感じざるを得ない。

 また、対象となる物質が廃棄物焼却炉、下水道処理施設などは、規制対象項目についてのみ報告すればよいこととされており、たとえば廃棄物焼却炉から排出される重金属類などが大気へ排出される量についてのデータは得られない。それにも関わらず集計データの一部に一般廃棄物焼却炉から大気への重金属類の排出量が示されていることについて環境省の担当者に質問したところ、日本でも条例によって上乗せ的に重金属類の一部の測定を義務づけている自治体や自主的に重金属類の排出を測定している例があると言うことであった。

 廃棄物焼却炉の重金属類の排出の問題については以前から指摘されており、EUなどでは規制値も設けられている。当然、日本でも規制すべき項目であるが、仮に規制対象としていなくても、排出量の実態把握および削減への自主的な努力を促すというPRTRの目的にてらしてみても、重金属類をはじめとする多くの化学物質を報告の対象とすべきである。

 なお、PRTRの詳細データを国から入手するためには、手続きを経て法律で定められた手数料を支払う必要がある。手続きさえふまえれば、誰でも入手できるし使用目的に制約はないのだから、いっそのことウェブから自由に参照できればいいと思うがそうはなっていない。

 PRTRは事業者、国に加え、一般の国民が重要な役割を果たすと位置づけられている制度であるにもかかわらず、手続きと手数料を設けることによって敢えてハードルを設けているようなものだ。ウェブに掲載しておけば、1件1件の申し込みに対応するための行政の事務量も減るから行政にとっても負担軽減となる。

 この点についてNPO(有害化学物質削減ネットワーク・Tウォッチ)は、開示したデータを用いてウェブ上で閲覧できるようにする取り組みを行っている。
 http://toxwatch.gotdns.org/SearchPRTR/Search.aspx
本来、国が行うべきことをNPOが肩代わりしている形だ。これによってひとりひとりが国からデータを「買う」必然性はなくなった。これこそ「公共部門」が果たす役割であったことが示されたことになる。

 これに対応して、遅ればせながら国はウェブ上で詳細データの公開を行う方針を固めたと報じられた。

有害物質情報をネット公開 削減求め環境、経産両省(共同通信・2007/3/15)
 環境、経産両省は15日、工場などから出る有害な化学物質の排出量について、情報開示請求があった場合に限り有料で公表している現行制度を見直し、全国で約4万件に上る事業所ごとのデータを、両省のホームページで公開する方針を固めた。

 健康や生態系への影響が懸念される化学物質の排出データを積極的に公開し、住民の監視強化を通じて企業の削減努力を促す。化学物質排出管理法の改正案を来年の通常国会に提出、2009年度からの実施を目指している。

 現行制度では、工業用の溶剤として使用されるトルエンやベンゼンなど有害性がある化学物質を年間1トン以上扱う事業所を対象に、大気や河川などへの排出状況を国に届け出ることを義務付けている。

 業種別など集計結果の概要は両省のホームページで公表しているが、個別事業所のデータについては「請求があった場合に開示する」としてる。

 NPO(Tウォッチ)は毎年、国の担当者を招いてPRTR集計データ検討会を開催し、合わせて制度の問題点を指摘しているから、国がTウォッチの取り組みを知らないはずはない。国の発表だけを報じている記事では触れられていないが、国の方針転換はNPOの取り組みに後押しされたものに他ならない。この事実が読者に伝えられていないのは、記者クラブ依存の報道の体質の現れであろう。


●使われている化学物質の安全性(危険性)を知りたい
MSDS(Material Safety Data Sheet)


 PRTRと同様、化管法による「MSDS制度」とは、化学物質の性質(性状)、取り扱いに関する情報、危険性等のデータ(MSDS)を事業者が製品とともに事前に提供することにより、化学物質の適切な管理に役立てるものである。

 たとえば、ある製品の製造に必要な化学物質を購入したとして、その物質がどんな性質をもち、どのような危険性があり、どのような点に注意して扱わなければならないのか、購入した側が自分で調べるのでは充分な情報が得られない可能性もあること等から、販売した側に情報提供を義務づけようという制度である。

 この情報は上流である化学品の製造・輸入業者から下流である加工業者、卸売業者、小売業者に向かって流される(提供される)ことになるが、残念ながら小売業者で止まっており、消費者への提供までは義務づけられていない。そのため、消費者は製品に関わる化学物質の安全性について知りたい場合には、自分で調べなければならない。


●安全性(危険性)についての説明が分かりにくい
GHS(Globally Haramonized System of Classification and Labelling of Chemicals)


 一方、GHS(化学物質の分類及び表示に関する世界調和システム)というのはMSDSにも関連した制度で、簡単にいえば国ごとに化学物質のハザードもしくはリスクなど安全性等に関する分類、表示の仕方を統一して、かつ分かりやすく行おうというものである。

 GHSでは物理化学的危険性、健康有害性、環境有害性に着目してラベル表示を行う。ラベルには(コンピュータのアイコンのような)絵が表示され、一見して危険性の種類等が分かるように工夫されている。
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/
kokusai/GHS/pictograms.htm


 日本では化学物質に関する表示は、対象となる製品によって関連法規が多岐にわたりそれぞれの規制分野ごとに異なる表示のシステムを定めている。また、表示義務のある対象物質が特定されている、消費者の手元に届く最終製品に関する化学物質の体系的な表示制度が存在しない、などの特徴がある。(参考:増沢陽子氏(鳥取環境大学)資料、GHSとは何か−日本・海外の化学物質表示制度との比較から)

 なお、日本でも、国連のGHSに関する勧告を受けてMSDSに関わるJISが改訂されJIS Z7250(2005)においてGHSへの対応が推奨される等、整合が図られているものの、MSDSにおいて指摘した同じ課題がGHSにも当てはまる。


●そもそも化学物質の有害性・毒性について充分に把握されているのか
REACH(Regulation on the Registration, Evaluation and the Authorisation of CHemicals)


 PRTRにしても、MSDS、GHSにしても、有害物質に関する情報提供に関わる制度であるから、重要なのはそもそもどのような物質にどのような有害性があるのか、という基礎情報である。

 実はこれがほとんど調べられていない、という表現が実態に近いだろう。既存の化学物質の有害性についても知見は不十分だし、新たに開発される化学物質についても有害性(安全性)についての調査・検証が充分であるとは言えない。

 日本でも化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律・1973年)により新規化学物質については毒性についての一定の審査が行われるようになったものの、化審法施行時点に使われていた約2万種類のの化学物質については国が安全性点検を実施することとなっており、その後30年以上経過した現在においてもそのうち数百種類しか毒性試験が行われていない。

 これの問題についてEUでは、化学物質を使用する事業者自身に安全性(毒性)の試験を義務づけ、ノーデータ・ノーマーケット、すなわち安全性の不明な物質は使用を認めないという制度であるREACH(化学物質の登録・評価・許可に関する規制)を作り上げた。2003年の欧州委員会における提案から欧州議会等における採択を経て2006年12月30日に官報告示、2007年6月1日に発効する。

 REACHの詳細およびSAICMについてはまた機会を改めて説明したい。