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データから見える土壌汚染対策法の現状と課題

鷹取 敦
掲載日:2009年4月3日


 平成15年2月の土壌汚染対策法施行より平成21年2月で丸6年が経過した。1月30日には環境省が毎年公表している「土壌汚染対策法の施行状況及び土壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果」が公表されたので、この調査の具体的なデータに基いて、土壌汚染対策法の現状と課題について述べる。
◆平成19年度 土壌汚染対策法の施行状況及び土壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果、平成21年1月、環境省 水・大気環境局
http://www.env.go.jp/water/report/h20-06/index.html
 上記調査は、環境省が平成19年度までの法施行以来5年間の結果をまとめたものである。土壌汚染対策法により施設の廃止伴う調査(法第3条)の実施累積件数は以下のとおりである。(ただし、本稿では手続き中案件数を除き、昨年度手続きに入った案件を含めた数字を引用しているため合計数は一致しない。)
調査対象となる施設廃止数 4,181件
調査結果報告件数 941件
調査猶予件数 3,313件
※ここで言う「猶予」とは「調査しなくても良い」ということと同義である。
   つまり調査が行われたのは対象となる施設が廃止されたもののうち22%に過ぎない、あとは対象物質の取り扱い等の情報により、あらかじめ汚染がないものとみなされて調査を行わなくてよい、とされたものである。

 次に調査の結果、著しい汚染が認められて、指定区域に指定された件数および指定されなかった件数の累積は以下のとおりである。約3割に著しい汚染が認められて、措置(対策)が行われなければならない指定区域に指定されている。廃止された施設の約6%である。
指定区域に指定 267件
指定区域に指定されなかった 670件
 土壌汚染対策法では、施設の廃止以外に、都道府県が調査命令を発する場合(法第4条第1項)、および都道府県が自ら調査を行う場合(法第4条第2項)が定められている。累積件数は以下のとおりである。
都道府県の調査命令による調査 5件
都道府県による調査 0件
 都道府県は調査命令も自らの調査もほとんど行ってこなかったことが分かる。個別の案件の事情は分からないが、都道府県がまともに法の規定を活用するつもりがないか、施行令に定められている「要件」(調査しなければならない条件)が緩いためと考えられる。(後で述べるように法以外による調査事例の件数が圧倒的に多い。)

 指定区域に指定された土地は「措置」つまり対策が行われなければならない。実際に行われた対策種類別の累積件数(複数回答あり)を、3件以上あったものについて件数の多い順番に以下に示す。掘削除去が圧倒的に多いことが分かる。
掘削除去 161件
現位置浄化(化学的分解) 12件
地下水の水質の測定 11件
アスファルト舗装 9件
現位置浄化(土壌ガス吸引) 7件
現位置浄化(地下水揚水) 7件
立入禁止 6件
現位置浄化(バイオメデレーション) 3件
盛土 3件
 環境省はこれについて、掘削除去に偏重し土地所有者に過剰な負担を強いている、と考えており、出来るだけ掘削除去を行わないで済む方向に制度を変えたい意向を持っているようである。しかし、掘削除去が多いのはそれが経済的に合理的だからである。

 土壌汚染対策法が経済的合理性を全く考慮していないことは、法対象以外の調査件数をみても分かる。例えば平成19年度の法第3条による調査報告件数は244件(累計941件)であるが、法以外による調査は、以下のとおり1,100件を超える。(括弧内は昭和50年度以降の累計)以前に環境省の水・大気環境局土壌環境課長の笠井俊彦氏が示したデータによると全体の9割が自主調査である。

行政による調査 45件 (535件)
事業者による調査(条例・要綱に基づく) 705件 (3,047件)
事業者による調査(その他) 411件 (2,157件)
その他 10件 (132件)
合計(回答事例数) 1,116件 (5,603件)

 土壌汚染対策法以外を含む措置(対策)の種類別件数(土壌環境基準設定以降の累積のうち上位10)は以下の通りで、やはり掘削除去が圧倒的に多い。
掘削除去 2,407件
地下水の水質の測定 475件
現位置浄化(地下水揚水) 439件
現位置浄化(土壌ガス吸引) 241件
アスファルト舗装 167件
コンクリート舗装 133件
現位置浄化(化学的分解) 121件
盛土 102件
立入禁止 97件
現位置浄化(バイオメデレーション) 72件
 つまり法・条例の如何に関わらず多くの調査が行われており、その結果取られる対策の圧倒的多数が掘削除去によるものである。制度によるものかどうかに関わらずと言うことは、それが経済的に合理的であるからである。

 先に紹介した環境省笠井課長は「汚染対策の費用は汚染者ではなく、その土地をきれいにして使いたい人が負担すべき」と述べたが、これは経済的合理性を全く考慮していない認識である。なぜならその土地の利用に際して汚染対策費用がかかると分かっていれば、その土地を取得する際には少なくともその分を差し引いた価値しか認めない、つまりその価格以上では購入しないからである。そうであれば汚染土地の所有者は、予め土壌汚染対策を行って土地の価値を上げてから売却するか、対策コストを差し引いた価格で売却するか、の2つの選択肢しかない。

 これに関連して分かりやすく具現化される制度が、2010年度(平成22年度)より企業会計に導入される見通しとなっている「環境債務」である。これは、所有する建物の建材にアスベスト等が含まれている、機器にPCBを含む部品が使用されいている、所有している土地が汚染されている場合に、その将来の潜在的な処理コストを貸借対照表などの財務諸表へ記載する費用の明示が難しい場合には、その存在を財務諸表に注記する、ことを義務づけるものである。

 将来、必ず必要になる隠れた環境対策に関わる債務(環境債務)を明示することで、これらの対策の早期処理を促すことに繋がることに、環境面においても大きな利点が期待できる。また、潜在的な処理費用を「環境債務」として計上する必要があるとなれば、土地の利用に際して、土壌汚染が生じないよう、予防的にコストを投入することが合理的な判断となる。土壌汚染対策法だけでは、措置値(基準値)以下であれば汚染しても大丈夫、調査の対象にならなければそもそも調べなくていい、ということにしかならない。

 この時にどこまで処理する必要があるのか、土壌汚染であれば、掘削処理する必要があるのか、それとも(環境省の言うように大半の場合)盛土でいいのか、基本的には法律(土壌汚染の場合には土壌汚染対策法等)で求められる処理方法の費用を計上することになる。しかし、実際に企業間で土地の取引をする場合、盛土の下に汚染物質が残っていたのでは、当然、その分割り引かれた価格での取引となるだろうから、土地の所有者としては出来れば掘削除去まで行いたいと考えるのが合理的であろう。つまり、実態としては環境省が目論むように、盛土程度などという緩い対策を促すということが出来るとは思えない。

 以前から本コラムで土壌汚染対策法の課題について何度も指摘してきた。しかし、当面の土壌汚染対策法の改正の方向としては、法施行以前の案件も対象にする、企業の自主調査も対象にする方向での改正が検討されているに過ぎない。豊洲の土壌汚染問題など、個別の案件について大きな問題が指摘される都度、わずかずつ対象を広げたり、技術的に細部を改訂する程度の小手先の改正しか行われていないのが現状である。