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ソウルの秋・歴史

鷹取 敦

掲載日:2007年11月14日


 金曜日の深夜に東京を出発し月曜の早朝に東京に戻る2泊4日という日程で、韓国・ソウルを訪れた。日数は短かったが1週間以上にも感じられるほど充実した内容だったのは、何度も韓国を訪れたことのある青山所長の事前の綿密なプランと案内によって可能となった。

 今回は、私にとって初の韓国訪問だった。東アジアの一国に住むものとして、よい面、わるい面をふくめて歴史と文化の少なからぬ部分を共有してきた近隣の国を訪れたいと思いつつ、なかなか実現できずにいたので、とてもよい機会だった。


ソウル特別市西大門刑務所跡地内で。左から青山、池田、鷹取
撮影:朝原真実

 タイミングと言えば、季節、日程もまさに絶好のものであったことが、ソウルを訪れてはじめて分かった。

 ひとつは素晴らしい紅葉である。大都市ソウルの中心部にある西大門刑務所歴史観、独立門、景福宮、清渓川、世界遺産でもある宗廟・昌徳宮・昌慶宮等を訪れたのだが、木々が緑から黄色、橙色、紅、赤など色鮮やかにグラデーションを成して色づいていた。


清渓川復元事業でできた憩いの場にて。中央が筆者。
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10

 週末であるためか、若い人達から親子づれお年寄り、そして先生に引率された子供達までが、歴史的な文物を訪れ、学び、自然を満喫しているように見えた。大統領府もその一角にある大都市の中心でこのように市民が憩う場所があり、そこに大勢の人が気軽に訪れている風景は、貴重なものであると感じた。

 もう1つは、「青山貞一:大新聞が報じないソウルの「反格差社会」大規模デモ」で紹介されたデモである。ソウルの一画にある博物館等を目指して歩いていると、各所に集結する機動隊が見えはじめ、メインストリートである大統領府からの直線道路では、大量の警察車両が道路の封鎖を始めたところに遭遇した。歩くにつれ緊迫感が増し、上空には警察らしきヘリコプターが1機、2機と飛来し、超低空飛行でビルの間を何度も旋回し、サイレンをならしていた。そしてその先に見えたのが、2万人を越すデモ隊であった。


デモ隊の頭上を舞う警察(公安)のヘリ
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10

 日本では近年このように熱気を帯びた激しいデモを見かけない。警察に届けてできるデモはせいぜい数列に並んで、自動車交通に遠慮して、細く細く長く長く伸びた列で静かに歩いていくウォーキングのようなものだ。

 しかし私が生まれたころには日本でもこのような風景が日常的に存在していた。学生運動がもっとも盛んだった時代である。デモに限らずソウルの街の熱気は、そのころの日本、経済も大きく成長しつつあった時代を彷彿とされるものがあるように感じた。

 今回のソウル訪問で最初に訪れたのは西大門刑務所歴史館だった。ここは日本の植民地時代に作られた刑務所であり、占領し弾圧してきた日本の権力に抵抗する人々が収監され、拷問されていた場所である。


西大門刑務所跡地にある博物館の展示場にて。左が筆者。
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10

 歴史として語られていることの1つ1つが事実であるかどうかについては別としても、植民地下における抵抗の展示に接するにつれ、自然と「占領された側の視点」に自らの視点を置くことが出来た。


西大門刑務所跡地にある博物館の虐待留置施設前にて
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10


西大門刑務所跡地にある博物館の虐待留置施設にて。体験する筆者
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10

 個人的には他国との関係に限らず、相手の立場に自らを置き、相手が感じているであろうことに思いを致すよう心がけてきたつもりであったが、今回の展示に接して初めて感じたことは少なくなかった。惜しむらくは日本語の解説が限定的であり、写真や展示されている物、模型等から察するしかない部分が少なくなかったことである。

 日本でも近隣の国との間の歴史を展示した施設があるが、日本人が見て感ずることと、当の相手の国の人がみて感ずることの持つ意味は全く異なるだろうと思う。他国の人が日本の施設をみて知ることは、展示してあるもの、そこで説明されているもの、主張されていることがらだけではない。その展示全体の背景にある「思い」を感じ、日本人はそのように他国との関係を捉えているのだと、「理解」することになる。


鐘路3街の露天にて。右が筆者
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10

 西大門刑務所歴史観でみた不当な権力に抵抗する人々の姿は、リアルタイムで接したデモの姿に重なった。時間的に大きな隔たりがあるものの、つながった1つの歴史の一部であると感じた。

 極めて限られた日程に、予期していなかった2つのタイミングが重なり、自らの生き方と自らの国のあり方までも考える貴重な機会となったのは、偶然を超えたものとさえ感じた。

 高速道路を撤去して復元された清渓川に集う老若男女、大都市の中心で景福宮などで歴史と自然を楽しむ人々、そして不当な権力に徹底して抵抗する熱気。これらが実質2日の短い時間にも関わらず、1週間以上にも感じたこの週末の密度の高いソウルでのひとときであった。


植物園にて。中央が筆者。
撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10