環境中の大気濃度から焼却炉の
排ガス濃度を推定する調査
(逆シミュレーション手法)
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【調査の背景と目的】
周知のように、わが国では、焼却炉排ガスの濃度は、年に1回事業者自らが測定分析業者に依頼し濃度を測定し、それを行政機関に届け出ることになっている。この届出は、年に1回、しかも立ち上げ時を除く、わずか4時間程度の排ガスサンプリングとその分析をもとに行われるものであり、年間を通じて稼働する焼却炉の排ガス濃度としての信頼性は、原理的、方法論的にみて著しく低いものと考えられる。しかしながら、現行制度では第三者が工場に立ち入りし、排ガスをサンプリングし、分析することは困難である。
本調査の目的は、一般廃棄物、産業廃棄物を問わず、焼却炉の「排ガス濃度」を「環境大気濃度」から推定することにある。
本調査は、神奈川県厚木米軍基地に隣接する産業廃棄物焼却施設(エンバイロテック社保有)の排ガス濃度の推定で用いられている。依頼者は、アメリカ政府司法省、調査実施者は環境総合研究所(東京都目黒区)である。以下の解説は、その事例をもととしている。
環境大気濃度から排ガス濃度を推定する手法の研究〜厚木米海軍基地に隣接する産廃焼却炉を事例として〜
【排ガス濃度推定手法の原理】
焼却炉の風下における環境大気中の濃度(C)は、焼却炉の汚染排出量(Q)に比例し、風速(U)に反比例することが知られている。すなわち、C=a・Q/Uとなる。ただし、aは係数、また汚染排出量(Q)は、排ガス量(V)×排ガス濃度(C’)である。
上記の関係式を用いることにより、環境大気中の濃度から排ガス濃度を求めることが可能となる。
ただし、現実には、環境大気中には問題となる焼却炉からの汚染しか存在しないと言うことはなく、他の施設からの影響も存在する。したがって、他の施設からの寄与分(これを背景濃度と言う)を環境大気中の濃度から差し引いた濃度を環境大気中の濃度(C)とすることになる。
次に、地形・建築物・構造物を考慮することが可能な3次元流体モデルと大気拡散のコンピュータシミュレーションを用い、焼却炉の煙突からの排ガス濃度に規準濃度(たとえば1ng-TEQ/m3N)を与え、任意の地点の環境濃度を得られるシミュレーションを行う。
この規準濃度(排ガス濃度)による大気拡散シミュレーションは、気象条件(風向・風速出現頻度)については、年平均を原則とするが、たとえば、1日、1ヶ月、季節などの期間でもよい。もちろん、それに対応した環境大気中の汚染濃度が得られることが前提となる。この場合、シミュレーションにより得られる特定地点の環境大気濃度と実測した環境大気濃度から背景濃度を差し引いた濃度の比が、規準濃度(1ng-TEQ/m3N)と実際の排ガス濃度の比に比例することになる。
これらの関係を定式化したものが以下である。
環境大気濃度実測値−背景濃度値
排ガス濃度推定値=------------------------------×規準濃度(1ng-TEQ/m3)
規準濃度時の環境大気濃度推定値
【必要データ】
本調査で必要となるデータは、以下の3つである。
(1)環境大気濃度データ |
年平均濃度、季節平均濃度、月平均濃度、週間濃度、1日濃度のいずれか。
(注)年平均濃度は、クロマツの針葉をサンプルとした濃度測定で代替が可能。 |
(2)気象データ |
(1)に対応した期間内の風向、風速データ。 |
(3)発生源関連データ |
排ガス量、排ガス温度、実煙突高、煙突口径など。 |
●環境大気濃度データ
表1に厚木基地内の3地点で、1999年夏に1日単位で56日間連続測定した濃度データを示す。これは日米共同モニタリング調査として実施されたものである。
ちなみにこの調査では表1にあるように、産廃焼却炉の風下のサイトBで最高54pg-TEQ/m3と、日本の環境基準(0.6pg-TEQ/m3)の実に97倍と高濃度に及んでいる。また56日間の期間平均濃度も6.6pg-TEQ/m3と環境基準の11倍と高濃度である。さらに図2をみると、サンプリング期間中、日によって環境大気中のダイオキシン類の濃度が著しく変動していることが分かる。なお、本調査では、夏期だけでなく、冬季にも56日間連続測定を行なっている。
●気象条件
以下は、厚木基地内の海上自衛隊が厚木基地内の滑走路南側地点(1999年2月以降)で測定している風向・風速測定結果から作成した年間、夏期56日間、冬期56日の風配図である。
図2 (1999年度年平均) |
図3 (1999年度夏期調査期間) |
図4 (1999年度冬期調査期間)
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●発生源関連データ
以下は、厚木基地に隣接する産業廃棄物焼却炉の排ガス濃度推定調査で実際に用いたエンバイロテック社の焼却炉発生源データの一部である。
表2 発生源データの例
【地形・建築物・構造物データの作成】
次に、地域の地形、建築物、構造物の3次元データを作成する。以下は、厚木基地及びその周辺地域の3次元データの一部である。
図5 厚木基地及びその周辺地域の地形、建築物、構造物3次元データ
【3次元流体シミュレーション】
ここで、上記の気象データ、地形データを用い、排ガス濃度に規準濃度を与え3次元流体シミュレーションを行う。
図6〜図8は年平均の平面及び断面濃度の推定結果の例を示している。
図6 年平均濃度推定の例
図7 年平均濃度推定の例、南北断面図
図8 年平均濃度推定の例:東西断面図
【逆シミュレーションによる排ガス濃度の推定】
(1) 操業中の平均排ガス濃度の推定値
エンバイロテック社自らが実施した焼却炉からの排ガス濃度の測定データは4〜22ng-TEQ/m3N程度であったのに対し、環境総合研究所が実施した本調査では、夏と冬、それぞれ56日間の排ガスの平均濃度推定値は表3にあるように、夏期が190〜230ng-TEQ/m3N、冬期が280〜480ng-TEQ/m3Nと推定された。
通常、産廃焼却炉からの排ガスは産業廃棄物中間処理業者自らが分析業者を使い濃度を測定するが、事業者はその測定分析時に通常の産廃の燃焼方法、焼却物の種類とは異なった方法などをとることにより、実際の排ガス濃度よりも著しく低い測定濃度を自治体に届出ていることが専門家から指摘されている。
本調査では、産廃業者が神奈川県に届け出ている排ガス濃度の9倍から50倍も排ガス推定濃度が高いことが分かった。
(2)焼却たち上げ、立ち下げ時の排ガス濃度の推定値
エンバイロテック社は平成11年夏のお盆休み明けの立ち上げ時に、日米共同調査結果では、大気中DXN濃度がサイトBで54pg-TEQ/m3と前代未聞の高濃度となっていた。その時の排ガス濃度は3,600ng-TEQ/m3Nと推定された。
焼却炉では火の立ち上げ,たち下げ時に高濃度のダイオキシン類を排出するとされている。これは点火、消火時に燃焼温度が低く、また不完全燃焼となりやすいことから排ガス中DXN濃度が高くなるためである。本調査では、事業者の県への届出値より最高で900倍も高い排ガス濃度が出ていたことが分かった。
表3 厚木基地産廃焼却炉排ガス中ダイオキシン類濃度の推定結果 排ガス濃度の単位:ng-TEQ/m3N
【本調査で分ったこと】
米国政府が環境総合研究所に委託した本調査から産廃焼却炉の排ガス濃度は、事業者が民間測定機関に委託し実施し自治体に届け出ている濃度の数倍から数100倍に及ぶことが分かった。
本調査の結果が意味するところは、エンバイロテック社が神奈川県に毎年届け出ている焼却炉排ガス中のダイオキシンン類の分析濃度が実際の濃度より著しく低いものであり、その値の信頼性は著しく低いと考えられることであった。
わが国の排ガス濃度規制値は、依然として欧米の先進諸国に比べ大幅に緩い。しかし、エンバイロテック社の場合、その緩い排ガス規制値(この場合、80ナノグラム)を数10倍も超過している可能性が高いことである。
本調査結果は、米国政府司法省から横浜地裁に書証として提出され、債権者側証人として環境総合研究所所長の青山貞一が平成12年9月21日に主尋問、平成12年10月26日に反対尋問に対応している。主尋問は梶山正三弁護士が担当した。
<参考・引用文献>
@環境庁/米国海軍省、在日米海軍厚木海軍飛行場における日米共同モニタリング結果報告書、平成12年2月
A環境総合研究所、エンバイロテック社焼却炉排ガス中ダイオキシン類濃度の推計および周辺環境への影響調査報告書、2000 年9月7日
B防衛庁、厚木海軍飛行場内の米軍家族住宅地区の大気環境問題について、平成13年8月24日
【調査の提案】
本調査では、焼却炉風下で最低1カ所の環境大気中のダイオキシン類濃度データと、それに対応した風向、風速データがあれば、排ガス濃度が推定が可能となる。また摂南大学と環境総合研究所が共同で研究開発したクロマツの針葉を用いた環境大気中のダイオキシン類濃度(年平均濃度)調査結果と年平均の気象データを用いれば、年平均レベルでの正確な排ガス濃度の推定が可能となる。実際、上記の厚木基地調査でも松葉調査を実施している。
本調査は、一般的には煙突が低い産業廃棄物の焼却炉に適するが、大型、広域の一般廃棄物の焼却炉の排ガス濃度の推定にも適用が可能である。
なお、手法の詳細は、以下を参照のこと。
環境大気濃度から排ガス濃度を推定する手法の研究〜厚木米海軍基地に隣接する産廃焼却炉を事例として〜 |
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