リニア新幹線ルート中央に 位置する町が抱える問題 ~山梨県早川町の苦悩(1)~ 池田こみち (環境総合研究所顧問) 独立系メディア E-wave Tokyo 2021年8月22日 |
本文 東京と名古屋を結ぶリニア新幹線といえば、静岡県知事が県内を通過するトンネル工事により地域の地下水に大きな影響を及ぼすとして反対の意向を示し強く抵抗していることに注目が集まっている。 また、山梨県から長野県にかけての、トンネル工事については、当該工事等により各地に絶大な生活環境の破壊、自然環境の破壊等の被害を生じさせ、又近隣住民の人格権、財産権の侵害をも生じさせているとして、地域住民がJR東海を相手取って工事差し止め訴訟を闘っていることも知られている。 平野で直線部が多い中国では既にリニアモーター新幹線が実用化の段階にはいっているが、改めてJR東海が進めている品川駅と名古屋駅を結ぶリニア中央新幹線のルートをみると、全ルートが平坦な砂漠や草原の平野部を走行する中国のリニアと異なり、日本の場合には、山梨県・静岡県・長野県・岐阜県の山間地を通過することから全区間の 86%に及ぶトンネル掘削工事が必要となっており、ここにきて様々な課題が噴出し完成が危ぶまれていることがわかる。 さて、この夏は、コロナ禍が続く中、例年のようにあちこち出回ることも出来ず、長雨のつづいた8月のお盆時期に晴天に恵まれた一日、環境総合研究所の保養所がある群馬県北軽井沢から山梨県身延山久遠寺(身延町)にお参りするため、ロングドライブを敢行した。 身延山と七面山、富士川、早川の位置関係 出典:グーグルマップ グーグルマップをもとに池田こみちが作成 土砂が積み置かれる前の早川の自然景観 出典:グーグルマップストリートビュー その帰りにたまたま、身延町に隣接する早川町に立ち寄ったことで、リニア中央新幹線が地元自治体にもたらす影響の一端を垣間見ることとなった。 リニア中央新幹線のルートと早川町 静岡新聞: 早川町について調べてみると、町としては日本で一番人口が少ない(約950人)町で、富士川に注ぎ込む早川の両岸の山に囲まれた自然豊かな町である。私たちが早川町を訪れたのも、廃校を利用した町営の自然に親しむ温泉宿泊施設を訪れるためだった。 ヘルシー美里の外観 写真 青山貞一 Nikon Coolpix S9900 ヘルシー三里周辺の自然景観 写真 青山貞一 Nikon Coolpix S9900 早川町に行くには、国道52号に添って市街地が広がる身延町(人口1万強)から西に向かう県道37号を富士川の支流早川に沿って進むことになる。早川は早川町から身延町にかけて流れている全長71kmの河川であり、上流部には複数の温泉も有り、合流点から40km余り進むと創業1300年の歴史をもつ有名 旅館もあるという。 しかし、川と山に囲まれた自然豊かな早川町であるはずが、県道37号添いの早川の河岸は、そこここに土砂や砂利が積み上げられ、決して美しい景観とは言えない状態となっていた。 たまたまお盆時期だったため行き交う土砂や川砂利の運搬トラックの往来は少なかったがすれ違う車の大半がトラックであることに変わりなかった。後で調べたところ、最大一日450台ものトラックが往来しているという。 ◆静岡新聞:山梨県 県道建設に活用 観光振興に光、町民期待【大井川とリニア 県外残土の現場から・中】2021/7/30 さらに調べると、早川町の北部山間地をトンネルで通過するリニア中央新幹線の掘削土砂を事業者であるJR東海の費用負担により、早川の河川敷や河川周辺の土地に、早川町が置き場を提供していることがわかった。 そればかりではなく、静岡県と長野県(佐久地方)を南北につなぐ「中部自動車横断道」の工事も進んでおり、ここでもトンネル工事が多いことから、道路工事で排出される残土も町が受け入れていることが分かった。 衰退する町の経済をこうした「公共事業」に流れるお金に依存しようとする早川町の厳しい状況が伺える。町民の中には、そうした町の姿勢を批判する人も多く、「町の景観や自然が破壊される」ことへの危惧も広がっているという。そればかりか、早川の水は富士川に流れ込み、南下して、最終的には静岡県清水区と富士市の境から駿河湾に流れ込むことから、こうした地域では海への影響も危惧されているという。 もうひとつ、早川町を悩ませているのが同町雨畑地区にある雨畑ダムの堆積土砂撤去に伴う土砂の処分と河川水への影響の問題がある。雨畑ダムについては以下を参照のこと。 ◆静岡新聞:「国策」と富士川(5)雨畑ダムとリニア 土砂抱える最少の町 2020/8/3 ※雨畑ダム(Wikipediaより) 日本軽金属がアルミニウム製造の電力確保のために、柿元ダムに続いて建設した民間企業所有ダムであるが、柿元ダムが重力式コンクリートダムなのに対し、地形上の理由でアーチ式コンクリートダムとなっている。 柿元ダム同様このダムより発電された電気は静岡県静岡市清水区にある蒲原製造所へ送られアルミニウムの精錬に使われている。近年ダム底の堆砂が進んでおり、2016年の堆砂率は93%と総貯水量500万m3以上のダムではトップとなっている。また、この堆砂や土砂の不法投棄などで雨畑川から早川、さらには富士川を経て駿河湾へ濁水が流れ、サクラエビの不漁の原因になっているとする指摘があるが因果関係は証明されていない。また、2011年9月の台風での山腹崩落による河川への土砂の流入、2020年7月の台風では上流の稲又第3砂防堰堤などが破損[5]するなど自然災害が発生する地域であり、山梨県の調査[6]によれば降雨時などに雨畑ダムに流入する雨畑川上流の濁りが確認されている。(以下略) かくして、早川町は、現在、JR東海によるリニア中央新幹線のトンネル掘削土砂置き場、国の中部自動車横断道のトンネル工事の土砂置き場、さらに雨畑ダムの浚渫土砂の埋め立て場所を巡る問題に直面し、加えて、JR東海が事業費の多くを依存する北部の早川芦安連絡道路の整備に大きく依存しながらこの先の町作りがどうなっていくのかまったく先が見えない状況であると言っても過言ではないだろう。 ◆「早川・芦安連絡道路」説明会資料 平成26年3月17日 山梨県道路整備課 於:早川町役場 ◆隣の山麓で 山梨、長野の現場から(上) 山梨県早川町「ダンプ街道」 中日新聞: 2020年12月22日 自然とそれに囲まれた温泉施設だけが町の資源だった早川町が自らの資源をまるでタコが足を自ら食べるように切り売りすることでこの町の未来があるのかどうか大きな疑問である。その町を通り過ぎるだけのリニアや道路などの公共事業への依存が「脱・過疎」の切り札となるとは思えない。 (2)につづく |