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現代のウクライナはソビエト時代に
つくられたものだとプーチンが主張、
歴史的なロシアの土地を「犠牲にして」
新しい国が作られたと語る

 RT  2021年7月12日
Modern Ukraine is invention of Soviet-era,
Putin claims, saying new country was created
‘at expense’ of historical Russian lands

RT  12 July 2021

翻訳:池田こみち (環境総合研究所顧問)
 独立系メディア E-wave Tokyo 2021年7月13日
 

ロシアのプーチン大統領は、ロシアのビジネスオンブズマンであるボリス・ティトフ氏とロシアのモスクワにあるクレムリンで会談した。© Sputnik

本文

 ロシア大統領は、ウクライナの多くは歴史的にも民族的にもロシア人であり、2014年のキエフ・マイダン以降のキエフの西側への転向は、モスクワとの深い結びつきと政治的現実の拒否に等しいと主張している。

 ウラジーミル・プーチン大統領は、月曜日にクレムリンのウェブサイトに掲載された記事の中で、東欧諸国のほぼ全域がロシア帝国の下に置かれていたことや、ウクライナ人とロシア人が共通のルーツを通じて文化や歴史を遡ることができることを説明した。

 「そして、現代のウクライナは、完全にソ連時代に造られたものだ。歴史あるロシアを犠牲にして造られたたことは、我々もよく知っている。」と指摘。彼によれば、「ボルシェビキは、ロシア国民を社会実験の無尽蔵の材料として扱った。彼らの考えでは、国民国家を完全に廃止する世界革命を夢見ていた」という。そのため、ロシアの「国境は恣意的に切断され、寛大な領土が『贈り物』として配られた。」とプーチンは主張した。

※ボリシェヴィキ Wikipediaより
 ボリシェヴィキ(ロシア語では「多数派」の意)は、ロシア社会民主労働党が分裂して形成された、ウラジーミル・レーニンが率いた左派の一派。後のソビエト連邦共産党の前身である。


 例えば、紛争中のクリミア半島の地位は、モスクワとキエフの間で重要な争点となっている。民族的にはロシア人が多く、歴史的には1954年までモスクワが管理していたが、ソ連には国境がないため、技術的には当時のニキータ・フルシチョフ首相が署名した。しかし、ソ連崩壊後、2014年にロシアに再吸収されるまで、クリミアはキエフから統治されていた。

 プーチンによれば、2014年のマイダンの背後にいる人々や、海外から蜂起を支援している人々によって、ロシア人とウクライナ人双方の共通の利益が無視されたという。「欧米諸国は、ウクライナの内政に直接介入し、クーデターを支援した 」と。「急進的な民族主義グループに支配されていた。彼らのスローガン、イデオロギー、そして多くの点で攻撃的なロシア嫌いが、ウクライナの国家政策を決定し始めた。」と述べた。

 さらに大統領は、ウクライナの政治家が検討している新しい法案を批判した。この法案は、何世紀にもわたってこの地域に存在してきたロシア民族が、この国の「先住民」とみなされる権利を否定するものだ。「最も嫌なことは、ウクライナに住むロシア人が、何世代にもわたって祖先から受け継いできた自分たちのルーツを放棄するだけでなく、ロシアが自分たちの敵であると信じることを強いられていることだ。」と述べた。

 「強制的な同化政策と、ロシアに積極的に敵対する民族的に純粋なウクライナ国家の形成は、その効果において、我々に対する大量破壊兵器の使用に匹敵すると言っても過言ではない。」とプーチンは書いている。

 しかし、ロシア大統領は、モスクワとキエフの間の緊迫した状況を嘆きつつも、ウクライナ人の自決権を支持した。ロシア大統領は、ある国が独立した国家として独自の道を歩むことを選択する理由はたくさんある、と述べた。

 「我々はこれをどう扱うべきか?」とプーチンは問いかけた。その答えはただひとつ、「敬意をもって」である。

 「我々は、ウクライナの言語と伝統を尊重し、自分たちの国が自由で安全で繁栄することを望むウクライナ人の願いを尊重する。」と続けた。

 さらに大統領は、「ロシアはこれまでも、そしてこれからも『反ウクライナ』ではない。そして、ウクライナがどうあるべきか、それはその国民が決めることです。」と付け加えた。