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公共工事の諸問題
予定価格の原点から考える

その8 英国の多様な工事入札方式(3)

阿部 賢一

2006年10月1日


5. オープンブック・アカウンティング方式
 ["open book" accounting]

 上述の通り、プライムコントラクティング方式にはオープンブック方式が採用されているが、それ以外にも採用されている事例を紹介する。

 

 ロンドン市内の南東発電給湯会社(SELCHP*)は、年間42万トンが排出される三つの行政区(Borough)の家庭ごみを焼却して、発電(35 MWの蒸気タービン発電機、11kVで発電し、132kVに変圧して周辺5万戸への電力供給と7.5千戸への地域給湯供給を行っている。

* South East London Combined Heat & Power (SELCHP) Ltd

http://www.selchp.com/

 

 ジョン・ライン社(ゼネコン----プライムコントラクティング方式の項で紹介)が自治体と専門業者のコンソーシアムによって操業を行っている第三セクターなどの取りまとめ役を担っている。

 ゴミ埋立地の満杯が予測される中で、プロジェクトは1986年に着手された。1988年に官民有志による促進コンソーシアムが結成され、焼却施設の建設は1991年半ばに始まり、1994年一に完成した。

 

 実際の建設作業は19918月に始まった。固定価格による設計施工ターンキイ方式の契約[firm-priced turnkey design and construction agreement]であった。プラントのコストは1991年価格で85百万ポンドと見積もられた。これには、土地取得と変電所接続およびプロジェクト関連付帯工事等のコストも含まれている。プロジェクトの競争性を最大化するために、オープンブック入札方式が取られ、プロジェクトチームに助言をするコスト監査グループ[cost auditors]が加わった。

 パートナリング協定書の締結によるオープンブック方式の契約をすることにより、発注者(事業者側)は、請負者側のコストの実際を把握することができる。そして、操業期間中も事前に合意した実績測定評価規定にもとづき定期的なモニタリング、見直しができりことによりベストバリューが確保されている、とSELCHPは述べている。

 プロジェクト全体の約85%の資金は18年長期ローン、これは施設建設期間と最初の15年間の操業期間をカバーするものであった。

 

 1990年代初期に、すでに英国ではこのような方式でゴミプラントの建設および操業が進められていたのである。

 

 最近のわが国のごみ焼却プラント建設にまつわる汚職事件や官製談合、官民癒着構造によるコスト水ぶくれの実態多発状況を見ると、いったいわが国の事業者もコンサルタント、ゼネコンも何をやっているのだと、防衛庁官製談合同様、ごみ焼却施設発注者に怒りを加速させる事態である。

 

 SELCHPのゴミプロジェクトにはわが国のように中央政府の至れり尽くせりの補助金制度はないことに注目したい。

 わが国の補助金政策が、官民癒着、官製談合、民間談合を誘発して、ゴミ処理事業を高コストにしている実態について、国民全体、そして地域住民は、プロジェクトに積極的に関与して監視を強めなければならない。

 

6. 多種多様な調達方式と契約書式

 英国土木技術者協会*[The Institution of Civil Engineers:ICE]は、英国内外の土木技術者のRegistered Charityである。我が国では一般に『英国土木学会』と訳されているが、我が国の大学および官庁土木関係者が集まるいわゆる学術研究を主とした「学会」とは異なるプロフェッショナル・シビル・エンジニアの集団で、1818年設立、1828年にはRoyal Charterを授与された歴史を有する。

 英国内の土木工事関係の工事請負方式標準契約約款を1945年にはじめて公表。改訂を重ね、現在はその最新版は第7版である。設計施工方式の標準約款もある。

 これらはICE約款[ICE Conditions of Contract]といわれるものだが、土木関係の英国政府の工事や海外工事などにも標準約款として用いられ、国際コンサルティングエンジニア連合[FIDIC]の約款の基礎にもなっている。英国の旧植民地、英連邦諸国など、英国の影響を大きく受けている諸国では、ICE約款をベースにした標準約款が用いられている。筆者が係った、アジアおよび中東諸国の公共発注者の工事請負約款はICE約款をベースにしたものであった。

 ICE1993年、新しい構成の標準約款を作成公表した。それがエンジニアリングおよび建設約款[Engineering and Construction Contract:NEC]である。1995年にその改訂版第2版が発表され、2005年に第3版が出されている。それが、NEC3*である。

* NEC3 - The New Engineering Contract Engineering and Construction Contract :NEC ECC

 この約款は、英国のユーロトンネル接続鉄道工事、ヒースロー空港ターミナルNo.5その他の大型プロジェクトに採用されている。NEC3は現在全部で23*で構成されている。

 

* NEC3一覧表[A List of NEC3]

1. NEC3 Engineering and Construction Contract (the black book).

2. NEC3 Engineering and Construction Contract Option A: Priced contract with

activity schedule.

3. NEC3 Engineering and Construction Contract Option B: Priced contract with

bill of quantities.

4. NEC3 Engineering and Construction Contract Option C: Target contract with

activity schedule.

5. NEC3 Engineering and Construction Contract Option D: Target contract

 with bill of quantities.

6. NEC3 Engineering and Construction Contract Option E: Cost reimbursable

 contract.

7. NEC3 Engineering and Construction Contract Option F: Management

 contract.

8. NEC3 Engineering and Construction Contract Guidance Notes.

9. NEC3 Engineering and Construction Contract Flow Charts.

10. NEC3 Engineering and Construction Subcontract.

11. NEC3 Professional Services Contract.

12. NEC3 Professional Services Contract Guidance Notes and Flow Charts.

13. NEC3 Engineering and Construction Short Contract.

14. NEC3 Engineering and Construction Short Subcontract.

15. NEC3 Engineering and Construction Short Contract Guidance Notes and

 Flow Charts.

16. NEC3 Adjudicator’s Contract.

17. NEC3 Adjudicator’s Contract Guidance Notes and Flow Charts.

18. NEC3 Term Service Contract.

19. NEC3 Term Service Contract Guidance Notes.

20. NEC3 Term Service Contract Flow Charts.

21. NEC3 Framework Contract.

22. NEC3 Framework Contract Guidance Notes and Flow Charts.

23. NEC3 Procurement and Contract Strategies.

出典:

http://www.alway-associates.co.uk/legal-update/article.asp?id=96&criteria=NEC

 

 上述の【3.多様な入札契約方式】で紹介した様々な方式に対応するものである。

 これらの約款は価値あるお墨付きを商務庁Office of Government Commerce (OGC)*から貰っている。

 すなわち、英国の中央・地方を問わず公共調達発注者に対して、現在の政府の方針『建設の優秀性達成政策』推進のために、プロジェクトの目的に応じて、NEC3約款の採用を勧告しているのである。

 

 政府自身が作成した標準約款も勿論あるが、民間が作成した標準約款(大きく分けて土木関係はICE約款とNEC3約款、建築関係はJCT約款)も推奨するとともに、実際に積極的に採用するという態度を示している。

 

 我が国では国土交通省所管の中央建設業審議会(中建審)が昭和24年の発足以来、公共工事用として公共工事標準請負契約約款、民間工事用として民間建設工事標準請負契約約款()及び()並びに下請工事用として建設工事標準下請負契約約款を作成し、勧告している。

 実際に、公共工事標準請負契約約款は、各省庁等の国の全ての機関、都道府県、政令指定都市、公団等の政府関係機関、電力会社、ガス会社、JR各社、NTT等の民間企業に対して、中建審から勧告が行われている。また、地方公社、市町村等には、都道府県を通じて勧告されている。

 

参照:http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/const/kengyo/yakkan/KAISETU.htm

 

 筆者がシリーズ前回(その7 我が国のデザインビルド方式の導入について)で紹介したように、国土交通省では、設計施工分離方式による価格一括金額による発注以外に、様々な方式の試行および実施を拡大してきているが、いまだにそれらの方式の標準約款が公表されているのを見たことがない。

 

 時代の要請に応えて新しい調達方式が試行・実施されるのは大変結構なことである。そのための調達についての基本的な枠組みの再構築と標準約款の作成・公表・普及がなされなければ意味がない。そして、現行標準約款を無理やり採用しているのであれば、その矛盾や不都合の処理に透明性を期待することはできない。

 

 シリーズその5/6で紹介した米国の調達方式、そして今回紹介した英国の公共調達の実態などと比較すると、我が国の公共調達の実態は、法令の整備、情報公開の面での遅れが明らかである。

 

 頑なにこだわる中央政府発注者側の「予定価格」制度、いつまでも後を絶たない談合摘発、一般競争方式増加に伴う低入札価格の頻発、「均衡ある国土の発展」政策の下に増加し続けた地方建設業者数と公共工事縮小に伴う建設業者間の過当競争激化、補助金による公共工事の地方配分政策の行き詰まり等々、公共調達をめぐる問題は未だ前途視界きわめて不良である。

 

 平成174月から施行された公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)などのよる個別法令による公共調達の改革は、目前の問題対処策に過ぎない。根幹である「会計法」の大改訂を目指す公共調達の枠組みの再構築が必要である。それなくして、我が国公共調達の透明化もほど遠く、公共発注者のアカウンタビリティも達成不可能である。

 次回からは昨年来問題化した随意契約問題を取り上げる予定である。