映画『ダーウィンの悪夢』 について考える(3) 阿部 賢一 2007年3月29日 |
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タンザニア水産研究所支所の夜警ラファエル・ルチコ(Raphael Luchiko)とザウパーとのやりとりは、ドキュメンタリーというよりも、普通の映画場面そのものであり、老けた元兵士ラファエルはバックライトに照らされて、充血した眼でぎょろりと凄みをきかす立派な俳優を演じている。ドキュメンタリーとしては違和感がある。 この水産研究所の入口付近での会話では、ラファエルは夜警の仕事をするために、数本の弓を持ち、その鏃には毒を塗ってあるという。一日1ドルの給料をもらっており、彼がその仕事にありついたのも前任者が殺されたからだ、という。泥棒が侵入してきたら、「ジーと見守る。そして、ものを盗み出す瞬間に毒矢を射る。泥棒は、この毒矢で死ぬんだ」と赤く充血した眼で凄むシーンがある。 ムワンザ飛行場付近の丘で貨物機が滑走路に降りてくるシーンではラファエルと息子も出演する。 そのシーンでは多くの人々が穏やかな表情で夕日に照らされて滑走路を見ている。夕涼みをしているのだろうか? しかし、その背景には急斜面に掘立小屋がへばりつき、まるで南米リオデジャネイロの貧民屈ファベーラかと見間違う。 そして、ザウパーが、その息子に将来なにになりたいか、と問うと、彼は滑走路に着陸する貨物機を見ながらパイロットになりたい、と答える。 最後に近いシーンで、ラファエルはザウパーに答える。 Raphael tells the camera that war is good for the people around here. The army pays a good salary, he says, and takes good care of soldiers. “Many people hope for war here,” he adds. “Are you fearing war?” he asks Sauper. “I’m not fearing war,” Raphael adds reassuringly. 筆者訳: ラファエルはカメラに向かってつぶやく。「戦争はここらあたりの住民にとってはいいことだよ。軍隊はお金をたんまり払ってくれる。兵隊達を大切に扱ってくれる。」 「ここでは多くの人が戦争を望んでいるよ。」と付け加えた。ザウパーが彼に問うた「戦争は怖いか?」「戦争なんか怖くないよ」とラファエルは安心させるようにつぶやいた。 ------ http://rwor.org/a/048/darwins-nightmare-review.html これも、一対一の会話でザウパーが引出したかった答えだろう。 しかし、これは、ラファエルの本音であるかどうか?。どうもザウパーがこうゆう答えをして欲しいのだろうということで、ラファエルがザウパーの意を汲んでしゃべったのではないかと推察されるシーンだ。 このラファエルについては、その後現地英字紙で次のように報じられている。 これは、ドキュメンタリーにも登場した地元ムワンザのジャーナリスト、エマヌエル・チャチャのリポートである。 タイトルは「Participant disowns ’Darwin’s Nightmare’ film maker」。 それを要約すると、 現地を訪れてラファエルを尋問した国会の資源・環境委員会メンバーに対して、ラファエルは、映画製作者の尻馬に乗ったんだといって、「あれは本当のおれではない。監督がドキュメンタリーに住民を使ってのトリックだなんて知らないで出演したんだ」と吐露した。 委員長は、現地に到着する前に、ラファエルを首にしたのかどうかとタンザニア漁業研究所(TAFIRI)ムワンザ支所に着く前に(幹部達に)訊ねて、まだ首にしていないといわれて、不快の表情を示した。 委員長は、どうして何の気もなしに映画に出たのかと穏やかにラファエルに尋問した。元タンザニア人民軍の男(ラファエル)は、ボスがザウパーを助けてやれと、自分に指示したんだ、と答えた。お前は英語ができるからザウパーを助けてやれ、といわれたんだ。いままでも訪問者が来たときにはいつもそうゆう応対していたんだ。 俺たちは、湖の周りをあちこち行った。おれはうまくやってやろうとした。ザウパーの目的なんか分からなかったよ。ここをたびたび訪れる他のヨーロッパ人同様、調査しに来た者だと思っていた。 委員会のメンバー達はこれを聞いて怒り出し、誰がザウパーのドキュメンタリーを助けたのかと矛先をTAFIRIの幹部達に向けた。 タンザニア水産研究所(TAFIRI)ムワンザ支所長は、ザウパーは、資源・環境省とタンザニア水産試験場を訪問する科学者としての許可を取っていたので、断れなかった、といった。 委員のひとりが、その言をさえぎり、「ラファエルもTAFIRIの幹部達も、自分達が関係ないスキームにお前達は利用されたんだよ」といった。 出典:Participant disowns ’Darwin’s Nightmare’
film maker http://www.darwinsnightmare.net/Participant_disowns_ ラファエルの国会議員向けの応答も、本心かどうかはわからない。しかし、彼が英語を話せるので、軍の元幹部から外国人のザウパーに英語の出来るお前が協力しろよといわれて、出演したということだろう。 ザウパーに対して、誰が取材許可を与えたのか、役人の間で責任逃れの発言もみられる。 ラファエルは、その後、生活の糧であった夜警の仕事を首になってしまったようだ。
7.ヴィクトリア湖 映画『ダーウィンの悪夢』ではヴィクトリア湖はタンザニアのシーンしかない。しかし、ヴィクトリア湖は水面がタンザニア、ウガンダ、ケニアに分割*されている。国際湖沼である。 ヴィクトリア湖は、タンザニアが51%、ウガンダが43%、ケニアが6%、その湖面を領有する世界第二位の大きさの淡水湖、面積68,800km2 (琵琶湖の約103倍)である。水面の標高1,134 m、周囲長3,440km、平均水深40m、最大水深84m、透明度は0〜2mである。
出典:http://www.lib.utexas.edu/maps/africa/tanzania_pol_2003.jpg しかし、映画『ダーウィンの悪夢』では、タンザニアだけが『ダーウィンの悪夢』であるナイル・パーチの水産加工・輸出ビジネスを行っているかのように、タンザニアのムワンザに的を絞ったシーンの断片を編集したシーンで示している、と地元ムワンザ・コミュニティ・サイト*では抗議している。 * Karibu Muwanza http://www.mwanzacommunity.org/fishing.html 8.東アフリカ共同体(East Africa Community:EAC) ケニアとタンザニアの方針の食い違い、タンザニアとウガンダの紛争などで解体していた、ヴィクトリア湖岸三カ国のケニア、タンザニア、ウガンダによる東アフリカ共同体が2001年に再結成された。 東アフリカ共同体の経緯については、根本利通氏のダルエスサラーム便り『東アフリカ共同体』に詳しくレポートされている*。 * ダルエスサラーム便り 根本利通 東アフリカ共同体(2004年6月1日) http://jatatours.intafrica.com/habari26.html 昨年(2006年11月)開催された第8回EACサミットで、ようやく政情が安定してきたブルンジとルワンダ両国のEACへの2007年7月1日からの加盟が認められた*。 * Joint Communique of the 8th Summit of EAC http://www.eac.int/news_2006_8th_summit_communique.pdf ブルンジとルワンダ両国はヴィクトリア湖の集水流域に含まれる。 この二カ国を含めた地域を、大湖地域(Great Lakes Region)という。スワヒリ語圏で地理的にも近く、人的交流も深い。ヴィクトリア湖全体の水系と環境を考える上でも、これら二カ国を加えて考える必要がある。
ヴィクトリア湖流域についてEACホームページに紹介されている*。 Lake Basin ----Importance of Lake... http://www.eac.int/lvdp/basin.htm その概略は: ヴィクトリア湖流域(Lake Victoria Basin)は、漁業及び観光、輸送と通信、水とエネルギー、農業、商業及び工業関係への投資のポテンシャルがある。流域全体を見れば、野生生物、森林、鉱物、肥沃な土壌など天然資源が豊富にある。 水産資源は、ヴィクトリア湖の最も重要な資源であり、アフリカにおける内陸水産資源として最も豊かである。一時期、500種を超える固有の魚種が住んでいた。最近のヴィクトリア湖からの漁獲量は、年間50万トン、一日当たり1,500トン。金額にして年4億米ドル、一日あたり百万米ドルを僅かに超える程度である。 ヴィクトリア湖の(水系)流域は193,000km2であり、タンザニアが44%、ケニア22%、ウガンダ16%、ブルンジ7%、ルワンダ11%を占める。 この湖の形状が周辺地域の天候や気象に大きく影響を及ぼす。ヴィクトリア湖流域の人口は約3千万、湖岸を領有する三カ国では約2,500万の人々が居住しており、三カ国(ケニア、タンザニア、ウガンダ)の全人口の約30%となる。 ヴィクトリア湖流域住民の80%以上が農業を営んでおり、その大多数は小規模農家で家畜を保有している。とうもろこし、換金作物としての、砂糖、茶、コーヒー、綿、小麦などを耕作している。 湖の魚類資源で約300万の人々が、直接・間接に、水産業関連で生計を立てている。水産業は外貨獲得源として極めて重要であり、年間3〜4億米ドルの水揚げを上げている。 その一方で、湖は周辺に住む住民や工場からの廃水の最終受入池となっており、流域から自然に浸食され流出した土壌や新たに流入する人々と土地開発などで流出させた土壌の最終受入池ともなっている。 ヴィクトリア湖流域におけるさまざまな活動により、環境の劣化・悪化の傾向やその勢いが増している。 ヴィクトリア湖を取り囲む地域は現在様々な脅威にさらされている。 ● 環境劣化(汚染、汚濁、土地/森林の荒廃、生物多様性の劣化、外来種の導入など) ●ヴィクトリア湖流域への人口増加圧力 ●ヴィクトリア湖流域全域わたる貧困の拡大化 ●死亡率の上昇(結核とマラリア) ●HIV/AIDSの急増 などである。 ヴィクトリア湖流域は東アフリカ地域統合と開発に向けて多くの利点や展望が開けている一方で、地域の経済開発計画担当者の挑戦をひるませている。ヴィクトリア湖は矛盾を抱えている。 問題だらけの海(a sea of problems)であると同時に、好機の大洋(an ocean of opportunities)でもある。潜在力はあるのだが、ヴィクトリア湖及び流域に対する現地及び海外の起業家の投資の動きは鈍い。ヴィクトリア湖流域に住む3千万の人々はいまだ大きく貧困に苦しめられており、地域住民の半分は貧困ライン以下のぎりぎりの生活を強いられている。 学者達は環境劣化と貧困の相互関係を論証してきた。「ヴィクトリア湖流域の場合、悪循環(vicious cycle)が地域への投資と経済成長の機会を削いでいる」と。 東アフリカ諸国間では、悪循環から脱却するために、この流域は論理的な手法で管理され、持続可能な基盤のもとに開発されるべき資源としての湖及び流域の重要性に対する認識が高まっている。 これまで四十年以上にわたり、ヴィクトリア湖は地域住民の諸活動及び人類起源論の両面で劇的な環境上の変化を体験してきたが、その主なものは次の通り。 酸素欠乏期間の長期化、藻類集団の増殖と豊富な種の変化、魚種多様性の減少、湖における最近のホテイアオイ(浮き草の一種)の出現。 集水地域においては、さまざまな環境上及び自然保護上の大問題が発生している。山林伐採面積の増大、農地放棄、湿地帯からの排水が危機的な状況にあることなど。 「ヴィクトリア湖に堆積する沈泥物(silt)が倍増している」という論文がヴィクトリア湖環境管理プロジェクト会議に提出されている。これらのさまざまな要因により、ヴィクトリア湖のエコシステムは極めて由々しき状態に陥っている。 ヴィクトリア湖のさまざまな問題は、決して「バケツ一杯のナイル・パーチが投げ込まれた」ことによって発生したわけではない。ヴィクトリア湖流域全体にわたるさまざまな問題がすべてヴィクトリア湖に注がれ、自然環境を悪化させてきたのであり、人々の生活を貧困に追い込んでいる。 (つづく) |