映画『ダーウィンの悪夢』 について考える(4) 阿部 賢一 2007年4月2日 |
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9. ナイル・パーチの輸出 ユーロフィッシュ(EUROFISH)*という国際機構がある。EUROFISHは2002年に活動を開始したが、1996年に設立されたFAO EASTFISHプロジェクトを引き継いだ組織である。 EUROFISHの任務は、貿易、マーケティング、加工、養殖に的を絞って中央及び東ヨーロッパの水産業の発展を支援することである。加盟国は現在12カ国(アルバニア、ブルガリア、クロアチア、デンマーク、エストニア、イタリア、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、ルーマニア、スペイン、トルコ)、これにハンガリーが協定に署名しているが、批准に至っていない。 * http://www.eurofish.dk/ ユーロフィッシュが2006年8月に公表した『FISH INFOnetwork Market Report*』は、最近のヴィクトリア湖のナイル・パーチの諸問題、漁獲量、ヨーロッパへの輸出量、価格などについての報告である。 * FISH INFOnetwork Market Report , Published in August 2006 http://www.eurofish.dk/indexSub.php?id=3276 この報告書の抄訳は以下の通り。 ************** (1) ナイル・パーチの諸問題 ナイル・パーチ資源が減少し、その加工生産量も減少傾向にある。ナイル・パーチの価格は、工場出荷段階では、1キロ2米ドルの高値を保っている。他の淡水魚種(オオナマズPangasiusとティラピアtilapia)とは異なり、ナイル・パーチ加工産業はEU市場で厳しい競争にさらされており、値上げできるような状況にないので、生き残りをかけて厳しい対応を迫られている。 1キロ7米ドルでのナイル・パーチの切り身の輸入価格では、輸送コストの上昇もあり、利益はほとんどでない状況である。現地加工水産業は、切り身加工段階で発生する廃棄物を利用して収入を増やそうと躍起になっている。脂肪酸抽出プラントを導入した会社もあり、切り身に付加価値を付ける方法を模索している会社もある。 ナイル・パーチ資源の減少は現地の漁民や水産加工会社に大きな影響を与えている。その一方で、環境の多様性という面ではむしろ好転している。ヴィクトリア湖を囲む現地関係機関では、ヴィクトリア湖へ1960年代初頭にナイル・パーチが放流されたために、減少もしくは消滅したナマズ、ドジョウ、肺魚など、原産魚類が再び出現してきたことに沸き立っている。ハプロクロミス属種(haplochromis species)(シクリッド・ハプロクロミス属の種類----カワスズメ科)は、いったんは絶滅したと考えられていたが、ヴィクトリア湖に再び現れている。この魚がヴィクトリア湖に再出現した原因は、「ヴィクトリア湖の総生物量(total biomass)にしめるナイル・パーチの生息数の減少----1980年の90%から2005年の50%----に因るところが大きい。エル・ニーニョ効果、ホテイアオイ(water hyacinth weed)の繁茂がヴィクトリア湖の稀少魚種の復活に重要な役割を果たしている、と研究者達がコメントしている。
(2) ケニアの問題 ケニアについては、EUミッションが魚類の陸揚場の衛生状態の検査を行い、2006年4月、ヨーロッパ市場への輸出認証の更新を行って一段落した。今後、施設改善が進まなければ輸入禁止措置が取られる可能性もある。ケニアからEU市場への水産輸出高は年間1.4億米ドルである。そのなかでもナイル・パーチは主要輸出品目であるので輸入禁止となれば、その影響は大きい。 (3) ナイル・パーチ価格の急騰 ナイル・パーチの価格が2006年初頭に60%も跳ね上がり、ナイル・パーチ加工場の出荷価格が1キロ2米ドルに達した。これはヴィクトリア湖の水面低下が原因で漁獲量が少なかったからである。漁獲量減少で数千人もの漁民や取引業者の仕事がなくなる一方で、漁獲コストが上昇、漁業関係者は利益をほとんど上げることができない状況に追い込まれた。ナイル・パーチのヨーロッパ市場における輸入価格は1キロ7米ドル台であるが、一年前に比べて1キロ約1.5米ドルも高くなっている。 タンザニアのヴィクトリア湖からの切り身の輸出は、ヴィクトリア湖における魚類資源の急激な減少に伴うリスクに遭遇している。タンザニアの輸出高は2004年から2005年の間に7,000トンも減少した。それにも拘らず、タンザニアはまだ、EU向けナイル・パーチ切り身の主要輸出国に留まっている。ケニアからの輸出は幾分減少したが、ウガンダからの輸出は5,000トン増加した。ケニア、ウガンダ両国からのナイル・パーチのEU市場への輸出量はタンザニアからの輸出量に迫ってきている。資源が減少傾向にあるにも拘らず、タンザニアのナイル・パーチ加工産業は最近施設を増強している。 (4) ナイル・パーチのEUへの輸出量 全体として、ヴィクトリア湖三カ国からEU市場に輸出されるナイル・パーチは、2004年の56,000トンから2005年の52,800トンへと減少した。しかしながら同時期、その輸出金額は1.92億ユーロから2.10億ユーロに増えている。これは供給事情を反映して2005年には価格が上昇し続けたからだ。 2004年には1キロ3.43ユーロであったが、2005年には1キロ4.00ユーロに上昇。それでも、EUが輸入禁止解除直後の2002年の1キロ5.00ユーロの水準に比べればまだまだ安い。 ナイル・パーチの切り身を最も多く輸入しているのはスペイン、フランスとイタリアがそれに続く。EU輸入統計は実態を表してはいない。その理由は、すべての輸入品目はEUに最初に陸揚げされた場所で報告されるからであり、ナイル・パーチの取引が行われているのは、ベルギーとオランダであるからである。フランスとイタリアは、ベルギーあるいはオランダ経由よりも、ここ数年前から直接取引を始めた。 同じ統計上の問題は、2003年と2004年にナイル・パーチを輸入したオーストリアについてもいえる。オーストリア経由の輸入量の大半は、その後イタリアとドイツに出荷されたからである。
********** 10. ヴィクトリア湖の魚類のEU輸入禁止措置 EU等にヴィクトリア湖の魚が輸出されるようになってから、これまで二回、EUの輸入禁止措置が取られた。 第一回目は、1997年初頭、特にスペインとイタリアが、ヴィクトリア湖の魚にサルモネラを含む細菌の汚染レベルが高いことに気付いた。二カ国はEUに対してヴィクトリア湖岸国からの魚の輸入禁止を要求した。その後、東アフリカにコレラが発生、EUは鮮魚と冷凍魚の輸入禁止措置を取り、東アフリカ諸国からの冷凍魚、果実、野菜についての強制検査を義務付けた。この輸入禁止措置は1999年の3月から7月まで続いた。 第二回目は、農薬残留問題で、1999年3月にから2000年8月まで続いた。 EUは、ヴィクトリア湖の魚、水および堆積物の有機塩素残留物、有機リン残留物、PCBs、および微量元素等の水準を決める総合的監視プログラムを湖岸参加国に要求した。三カ国は国際機関等と協議して農薬関係法規や罰則を定め、国民を啓発し衛生環境の改善に努めた。 この二回の輸入禁止措置により、湖岸三カ国は貴重な外貨獲得の機会を逃した。三カ国は国際関係機関およびEU関係機関との協議に基づく改善措置等を講じることにより、EUの信頼を受ける衛生水準の確保に努めて輸出が再開され、現在に至っている。 出典:FISH SAFETY AND QUALITY ASSURANCE ? UGANDA’S EXPERIENCE タンザニアとウガンダからのナイル・パーチの輸出量・金額ともほぼ同量に近い。ケニアが少ないのは、領有湖岸が少ないことによることは、領有湖面を見れば一目瞭然である。 ナイル・パーチ漁獲量が減少、ナイル・パーチの生息数も少なくなることで、これまで絶滅が懸念されていた原産魚類が、しぶとく生き延びて再出現していることも報告されている。 ヴィクトリア湖の環境汚染・水質汚染が進まなければ、原産魚類の復元・繁殖も期待できる。 ザウパーのドキュメンタリーは『タンザニアのムワンザと武器取引の闇』に的を絞ったものであり、極めて局所的な視点であり観客に誤解を招く。そのために、タンザニア政府や現地ムワンザの人々の抗議を受けている。ヴィクトリア湖全体を見渡して、その状況を説明して、ムワンザに焦点を絞り込めば、観客のイメージも全然違ったものになるはずだ。 ザウパーは、魚のアラに蛆が湧くシーンを挿入した。これには意図的なものを感じた。魚が不衛生に取り扱われていることを示唆するものである。 EUはヴィクトリア湖からの魚の輸入に関して、厳しい衛生状態の維持を求めている。農産物や水産物の輸入禁止で打撃を受けた輸出三カ国は、それを厳しい衛生基準を遵守していなければ、貴重な外貨を獲得できない。 (つづく) |