映画『ダーウィンの悪夢』 について考える(5) 阿部 賢一 2007年4月2日 |
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11. ヴィクトリア湖の水位低下 英国植民地時代の1954年、ヴィクトリア湖の出口ジンジャ(Jinja)付近に、最初の水力発電ダム、オーウェンズ・フォール・ダム(Owens Fall Dam)が完成した。現在はナルバーレ・ダム(Nalubaale Dam)と改名され、ヴィクトリア湖を巨大な貯水池化した。
オーウェンズ・フォール・ダムの完成に際し、ナイル河下流の最大の利用者であるエジプトとウガンダ(独立以前の英国植民地-----1962年独立)の間に水利用についての協定書が結ばれ、ヴィクトリア湖の水位に応じて、ダムの最大取水量を、毎秒300m3〜1,700m3とするという、いわゆる「合意曲線(Agreed Curve)」発電取水量が定められた。この水量は1949年、1953年、そして1991年に、三回、合意・確認されている。 ダムは、ヴィクトリア湖からの唯一の出口であるJinja付近の自然の岩堰を爆破して建設されたが、その自然の岩堰から流れ下っていた水量と、発電用タービンを通過する水量をほぼ同じにするということで、両国間で合意された。ダムの完成によって、ヴィクトリア湖の唯一の出口であった岩堰リポン瀧( Ripon Falls)が埋没した。 水位低下問題は、ウガンダがヴィクトリア湖直下に二番目の発電所を完成させた2002年に始まった。直後から、地元住民からヴィクトリア湖の水位が低下しているとの通報があった。 これがナルバーレ・ダムの1キロ下流に建設されたキイラ・ダム(Kiira Dam)、200MW である。オーウェンズ・フォール・ダム・コンプレックスの拡張を目指したものである。ナルバーレ・ダム発電に利用されなかった水量を発電用に活用しようというものであった。すなわち、ナルバーレ・ダムの水門から放流される水でさらに発電をしようという計画であった。 1993年、キイラ・ダム・プロジェクト*が着工、1999年には主要分が完成した。二つのダムは連携してヴィクトリア湖の水位と流出量をコントロールすることになった。 * このダムは世界銀行の融資で建設された。 1960年から1964にかけて、ヴィクトリア湖の水位がそれまでに比べて2.5mも上昇した(下図参照)。 多くの専門家が、降雨量が多い期間であるとしたが、降雨量が多い原因が何であったのかについては議論が様々だった。キイラ・ダムの計画にあたってはヴィクトリア湖からの平均流出量の計算には、この多雨期間の記録にもとづいて行われた。 それまで長年にわたってヴィクトリア湖の水位観測がなされてきたが、1960〜1964年の異常とも思える降雨量と水位のデータを意図的に利用したとしか思われない。これはよくある「はじめに建設ありき」のための統計資料の活用ではなかったのかという疑問を感じる。 下図の1900年から1960年までの水位の上下に比べて、それ以後の1960〜1964年の水位上昇は異常である。 ********
当初のキイラ・ダムの設計及び費用便益分析は、1961年以後に経験したそれまでよりも高い平均流量にもとづいている。 コンサルタントの投資リスク分析によれば、この高い流出量が続く可能性は99%と推定した。ということは、早期に流出量が下がるという推定は1%ということになる。 (現実は、このコンサルタントのリスク分析と逆の結果になってしまった) ナルバーレ発電所は発電出力180MW(18MWx10基)であり、これにキイラ発電所(200MW)を加えて全体で380MWに改修・拡張して、適切な管理でオーウェンズ・フォールの水力発電能力の可能性を獲得しようと設計された。キイラ発電所には、40MWx3基(120MW)と最近40MWx2基(80MW) が設置された*。 * Low
Water Levels Observed on Lake Victoria September 26, 2005http://www.fas.usda.gov/pecad/highlights/ オーウェンズ・フォール・コンプレックスのプロジェクト目標発電能力は380MW、キイラ発電所に40MWx2基が据付られる以前の発電能力300MWの発電設備が設置されていた。 しかし、2006年2月、ウガンダ電力当局者によれば、ヴィクトリア湖の水位低下で、この300MWのうち、 170MWしか発電できなかった*。水量不足で発電できず、ウガンダはこのため電力危機に瀕している。 February 12, 2006 http://www.ugpulse.com/articles/daily/homepage.asp?ID=306 オーウェンズ・フォール・コンプレックスは、とりわけキイラ・ダムは過剰設計であるという結論になる。 このシナリオはキイラ・ダム計画書類に記されている。 「経済的実現可能性にとって唯一の重要なリスクは、1961年以前の流量データ水準の流量が生ずることである。この場合、発電設備の増強は経済的ではない」と1991年の世界銀行の報告書に書かれている。 出典: Uganda Accused of 'pulling Plug' on Disappearing Waters of Lake Victoria Scientist blames secret draining by dam complex ・ Power company says lower rainfall is cause http://www.buzzle.com/editorials/2-8-2006-88441.asp Lake Victoria illegally drained for
electricity in Uganda http://news.mongabay.com/2006/0208-victoria.html Low Water Levels Observed on Lake Victoria September 26, 2005 http://www.fas.usda.gov/pecad/highlights/2005/09/uganda_26sep2005/ 国連疾病撲滅国際戦略部門の在ナイロビ水利研究者ダニエル・クル(Mr. Daniel Kull)は、過去二年間にウガンダの上記二つのダムが毎秒約1,250m3平均で発電用に利用され、協定書で合意されている水量よりも55%も多く取水していると推定した。 彼の2006年2月8日に発表された論文*の要約は、下記の通り。 *Connections Between Recent Water Level
Drops in Lake Victoria, http://www.irn.org/programs/nile/pdf/060208vic.pdf 最近2〜3年、ヴィクトリア湖の水位は急激に下がっており、過去10年間の平均水位よりも1.1m以上も下がっているのが現状である。これはオーウェンズ・フォールのダム(NalubaleとKiira)が水位低下を引き起こしていること、そしてもうひとつは旱魃が原因であるといわれている。 2004年〜2005年のヴィクトリア湖の激しい水面低下の原因は5項目挙げられる。 (1)旱魃によるもの45%、オウェーンズ・フォール・ダム群(Nalubaale とKiira)による発電用水のために過剰利用したもの55%である。 (2) オウェーンズ・フォール・ダム群が発電用に利用するために協定書で合意された水量を遵守しなかった。 (3) 現在のヴィクトリア湖の水文学資料や過去百年以上にわたる水位観測データにもとづけば、オウェーンズ・フォール・ダム群は設備が過大である。 (4) 現在の水文学、長期にわたる観測、オウェーンズ・フォール・ダム群の発電取水量が合意された取水量を遵守していないことなどを、現在計画中のブジャガリ・ダム(Bujagali Dam)の費用便益分析の際にも考慮されるべきである。 (5) ダム放流量、ダム・オペレーション、河川流量などに関する情報が少ないので、ヴィクトリア湖やナイル河で行われている水力発電及び計画中の水力発電について、外部の者が適切に判断することはきわめて難しい。さらに、旱魃、ヴィクトリア湖水面の低下、ナイル河の流量などを含む気象条件は、上記(3)及び(4)をさらに悪化させることになり、計画発電量を生産することが出来なくなり、ウガンダにとっては、実行可能な代替エネルギー対策が必要になる。 これに対して、ウガンダのプロフェッショナル環境学者協会(National Association of Professional Environmentalists)のフランク・ムラムジ氏が「新科学者雑誌(New Scientist magazine)」に、「ダム群がヴィクトリア湖の栓を引き抜いている」と語った。 一方、ウガンダの発電会社は、ダニエル・クルの論文に対して、「過去二年間、ヴィクトリア湖の集水域の降雨が10〜15%減っていることが湖水面低下の原因だと反論している*。 * Uganda
Accused of 'pulling Plug' on Disappearing Waters of Lake Victoria ダニエル・クルの項目の(4)にあるブジャガリ・ダム(Bujagali Dam)計画地点は、オウェーンズ・フォール・ダム群の数キロ下流、ヴィクトリア湖の北8km地点である。 写真を見ると、ブジャガリ瀧(Bujagali Fall)は階段状の瀧群で景観も素晴らしい。オウェーンズ・フォール・ダム群が建設されて埋没したリポン瀧( Ripon Falls)も多分同様の景観を示していたのではないだろうか。 ブジャガリ瀧はラフティング(筏乗り)の観光客が多く、毎年6,000万米ドルをも稼ぐことが出来る観光地でもあるという*。
『今日のコラム』に映画「ダーウィンの悪夢」についてのコメントを寄せている島津英世氏が、JICA専門家として、1999年1月から2月に現地を訪問して、ブジャガリ・ダム計画について、当時の現地紙報道を報告している*。 * ウガンダのブジャガリ滝水力発電ダム建設を巡る新聞報道 http://www.seiryo.ac.jp/iaia-japan/news/news3-3/d00002.html ウガンダ政府と地元関係者、そして融資者を含む建設関係者などの間で、建設の是非、建設コスト、発電コスト、そして契約内容などについての合意に手間取り着工が遅れた。 最貧国にこのような巨大なダム建設を行って果たして電力の販売がうまく行くのかという疑問が大きい。 ウガンダ国内でも95%〜97%の人々は電気と無縁の生活をしている。 当初のスポンサーは、AES Corporation (米国) とMadhvani International (南アフリカ)である。 資金手当ては、スポンサーのAES Corporation自身、IFC、世界銀行IDA, AFDB, DEG, ECAs (GIEK, ERG, Finnerva, SACE)など。施工はブジャガリ発電コンソーシアムで、Veidekke, Skanska International Civil Engineering, Alstom Power Limited, GE Energy, ABB Distribusjonなど世界的な大手の連合となっている。 先進諸国の大手業者と国際金融機関、そして現地政府と現地住民など、これまでの発展途上国における大型プロジェクトと同様の典型的な構図である。 建設契約は2000年に締結されたが、遅れて2003年に着工、完成は2005年の予定であった。2005年9月の米国農務省資料によれば、2009年の早い時期にオープンの予定という*。 * Low Water Levels Observed on Lake Victoria September 26, 2005http://www.fas.usda.gov/pecad/highlights/2005/09/uganda_26sep2005/ ブジャガリ・ダムは、ロックフィル・ダムで堤長850m、ダム体積750,000m3の大型ダムである。 このダム造成によって落差30mを利用して、タービンを4基据付け、200MW〜290MWの発電を計画している。建設コストは、約5.5億米ドルである。 出典:Bujagali Hydro-Power Dam, Jinja, Ugandahttp://www.power-technology.com/projects/bujagali/ ところが、2002年2月、AESが世界銀行からの融資を獲得した直後、エンロン同様、金融破綻を引き起こし撤退してしまった*。* Washington, Feb. 21, 2002 (Bloomberg) 現在では、新しいスポンサーとしてケニアのIPS社(アガ・カーンの関連会社)がなっている。 世界銀行グループは、今年(2007年)第一四半期には融資再開の決断をすべく検討中であり、欧州投資銀行その他の融資機関についても同様である。ドイツ政府はこのプロジェクトにカーボンクレジット(温暖化の排出権取引)の対象として考えている。そのためには、プロジェクトは、世界ダムコミッションの枠組みを遵守することが求められる。 しかし、今年(2007)2月8日に公表された国際河川ネットワーク(IRN)の報告書では、異常気象によるヴィクトリア湖の水位低下は重大であり、到底、ブジャガリ・ダム計画は世界ダムコミッションの枠組みを満たすものではないと分析、プロジェクトの便益に疑問を呈している*。 * Analyzing Bujagali Dam Against the WCD ヴィクトリア湖の水位低下や異常気象(乾燥化)などの影響を考えると、ブジャガリ・ダム計画に期待する電力が得られるかどうか、見通しは不透明である。 ウガンダは、電力危機に直面している。しかも、オーウェンズ・フォール・ダム群(ナルバーレ・ダムとキイラ・ダム)の水力発電二ヶ所に依存しているのが現状である。 NASAのホーリー・リーベックの2006年3月13日付レポート*がヴィクトリア湖の最近の状況を伝えている。 これを抄訳した。 * Lake Victoria’s Falling waters
オーウェンズ・フォール・ダム群(ナルバーレ発電所とキイラ発電所)はウガンダの貴重な電力源である。ここ2〜3年、ヴィクトリア湖の水位低下で発電量は減少。その一方で電力需要が高く、ウガンダは電力危機に陥っている。これを解消するために、ブジャガリ・ダム(Bujagali Dam)開発が計画された。 ブジャガリ・ダム(Bujagali Dam)開発で経済推進と貧困脱却を図ろうとするウガンダ政府に対して、国民の95%はいまだに電力と無縁であり、国内外のNGOその他の機関などが発電コストの高いダム(建設費約5.5億米ドル)は経済的に問題であり建設を止めるべきだと主張する。 ウガンダは、独立以来、度重なるクーデターにより内政、経済は混乱したが、1986年に成立した現ムセべニ政権がほぼ全土を平定した。2006年2月23日の選挙でムセベニ大統領が三選され、一応、政情は安定しているかにみえる。 しかし、北部地域では、20年に及ぶ反政府組織「神の抵抗軍」(LRA)との戦闘が継続している。 さらに、現在も200万人近い国内避難民を抱える人道危機に直面している*。 * 外務省情報 ヴィクトリア湖の自然条件は、ダニエル・クルやホーリー・リーベックの報告にあるように、地形上の集水地域が意外に小さく、ヴィクトリア湖面に降る雨に大きく依存している。そのため、湖面水位がその年度の雨季の降雨量の多寡によって激しく上下する。それに近年の旱魃も加わって、湖面からの蒸発も湖面水位を低くする要因となる。 その一方で、豊かな水を求めて多くの人々が1960年代から湖辺に集まり、世界でも有数の人口過密地帯となっている。人口が増えれば、様々な問題が同時発生的に地域に発生する。ヴィクトリア湖周辺の山林伐採や耕地化・住宅地化が自然環境を破壊する。各種産業のオペレーションによる廃棄物・汚染物の発生、人口過密化による生活インフラの整備不足による人々の生活環境の悪化、それが、ヴィクトリア湖の汚染化・富栄養化に広がる。 ヴィクトリア湖は国際湖沼であり、下流はエジプトという国際河川である。水不足がこれら関係諸国間の紛争の火種になる危険をはらんでいる。二十一世紀は水戦争の時代であるといわれるが、その発火点のひとつがヴィクトリア湖になる可能性がある。 (つづく) |