映画『ダーウィンの悪夢』 について考える(7) 阿部 賢一 2007年4月8日 |
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(4) ムワンザの観光 ムワンザはヴィクトリア湖における主要な港であり、ナイル・パーチの加工・輸出産業を中心に経済成長が著しい。さらに世界から観光客をひきつける魅力を備えている。 ヴィクトリア湖の中にある多数の島々は野生動物の聖域であり、自然公園にもなっている。また地理的には有名なセレンゲティ国立公園にも近い位置にある。 映画『ダーウィンの悪夢』騒ぎの後、現地紙*(2006年7月29日付Daily News---Dar es Salaam)にムワンザの観光記事がある。以下に抄訳した。 これを読むと、『ダーウィンの悪夢』とは違った、いわゆる野生王国アフリカのイメージが湧く。 タンザニア最大の部族スクマ族の中心地(Capital of Sukuma Land)であり、伝統文化も多く博物館もある。しかし、まだまだ観光施設関係の投資が少ないようで、国際級のホテルはないようだ。
上の二つの図はムワンザのランドマークとなっているヴィクトリア湖のビスマルク・ロックである。 ムワンザ周辺およびヴィクトリア湖内には、このような奇形花崗岩の岩塊が散在している地域でもある。ビスマルクの名前がついたこの岩塊は、ドイツ植民地時代の名残であろう。 ヴィクトリア湖の南岸に位置するムワンザはタンザニアの中で最も活発な商業中心地のひとつである。タンガなどの旧都市や新首都ドドマ(Dodoma)をしのいでいる。 ムワンザの繁栄は1928年にさかのぼる。英国統治下にタボラからムワンザ間に、525kmの鉄道が敷設された。鉄道は、タボラ(Tabora----タンザニア全図のほぼ中心点)からナイル源流を探査中の英国人ジョン・スピークの辿った古いキャラバン・ルートに沿って敷設された。 ルートは、シンヤンガ(Shinyanga)あたりでほとんど樹木のない草原の大きなうねりの地形に変わるところまではミオンボ林地帯(miombo woodland)*に覆われていた。 シンヤンガを通り過ぎると、荒涼たる地平線上に特異な円いくっきりとした巨大花崗岩露出地帯が出現する。そして突然、湖が現れる、緑色の水面が陽を受けて燦々と輝いている。それがヴィクトリア湖である。 出典: http://www.nationalgeographic.com/wildworld/profiles/terrestrial/at/at0706.html 昔はニャンザ(Nyanza)と呼ばれていたが、これは現地語で湖という意味で、この広大な湖面はスピークによって英国ヴィクトリア女王の名に改められた。 ムワンザ市はヴィクトリア湖に突き出した狭い半島部にある。建物群が湖の南岸の背後の岩山の上の方まで続く。燦々たる湖面を見下ろす一帯はタンザニアで最も景色のよい住宅地となっている。 鉄道の終点であり、ヴィクトリア湖の主要港として、ムワンザは活気を呈している。タンザニアの肥沃な西部地域からの綿花、茶、コーヒー等の農産物の集積地である。 ムワンザは、ブコバ、ムソマ、シンヤンガなど国内各地からの農産物の集積地であるとともに、国境を越えたウガンダ、ルワンダ、ブルンジなどからの産物も集まってくる。 ムワンザの魅力は、前面に大きく広がるヴィクトリア湖、世界第二の淡水湖である。その中には沢山の島や小さな群島である。 魚類はティラピアや1960年にウガンダ湖岸で放流されたナイル・ピーチが豊富で、大物の魚釣り(fishing)が楽しめる。地元漁民が漁をしていたが、海外の水産加工会社が進出し、魚類の輸出で成功している。 ナイル・パーチがヴィクトリア湖に放流された当初は、獰猛な捕食性が心配された。漁業関係者は、ヴィクトリア湖固有種のティラピア(ハプロクロミスとシクリッド種)が居なくなってしまうのではないかと心配した。 しかし、ティラピアは漁民たちの心配を乗り越えて生き延び、いまは国内向けや輸出向けの主要な役割を占めている。 アメリカン・ブラックバスもヴィクトリア湖の中に入ってきている。ブラックバスはナイロビの近くのナイバシャ湖などケニアの湖沼やダムなどで養殖された。ブラックバスはこれらの養殖場からヴィクトリア湖に紛れ込み、次第に繁殖していった。 ムワンザ住民はタンザニア最大のスクマ族である。百万を越える人々が、綿花、メイズ、キャッサバなどを栽培して農業を主として生活している。そして、多数の家畜群を所有している。彼らの日常生活は、古くからの相互互助の伝統の中で暮らしている。 ゴボゴボ(Gobogobo)ダンス、この有名な蛇の踊りは伝統儀式の一部である。 観光客は、市の中心部から20kmのブジョラ・スクマ村博物館(Bujora Sukuma Village Museum)で、ゴボゴボ・ダンス(蛇踊り)を観覧することが出来る。 観光客は、サーナネ島(Saa Nane Island) へ数日間、滞在することも出来る。そこは野生動物の聖域であり、ヌー、シマウマ、ヤマアラシ、カバ、檻に入れられたチンパンジー、ライオン、ヒョウなどを観察できる。 島自体は、なだらかな起伏の草原、そのなかに美しい花崗岩の岩塊があり、冷気を醸し出す樹林の渓谷もある。この島にはムワンザからは船便が往復している。 最も魅力的な野生動物の聖域は、ルボンド島国立公園(Rubondo Island National Park)とその周辺の小島群であり、広さは240km2。1977年、この島に数種の動物達が持ち込まれて、国立公園になった。島そのものはそんなに大きくはないが、ユニークなサファリメニュー、すなわち、歩くサファリ、ボート・サファリ、ゲーム・ドライブなどを楽しむことが出来る。 ルボンド島は、サバンナ、雑木林から密林、パピルス湿原など多様な植物の原生地としても恵まれている。ヴィクトリア湖は年間を通して水があるので地下水位まで樹木の根が張り、ルボンド島は年間を通して緑に覆われる。10月から12月までの短い雨季には、地生え蘭、樹上蘭、グロリオサ・ユリ、スカドクサス(火の玉ユリ)などが咲く。デイゴなどの樹木は年間を通じて花を咲かせてくれて壮観である。 ルボンド(Rubondo)は、島であるので自然保護がしやすい。手がついていない森林が多くの動物たちに平穏な環境を供する。カバ、ワニ、ブッシュバック(大型レイヨウ)、シタツンガ(水陸両用カモシカ)、ベルベット・モンキー、沼地マングース、ジェネット(ジャコウネコ科)などに出会うことが出来る。キリン、ローン・カモシカ、コロンブス・モンキーなども住んでいるが、彼らを見つけるのは難しい。それは、密林が深くて見通しがきかないからであり、そろりそろりと探索するからである。ゾウ、サイ、チンパンジーなど(これらの動物は公園に持ち込まれたのだが)を見つけるのも難しい。 ルボンド島の地形は高低があり、森林はバード・ウォッチャーのパラダイスである。水辺に住む鳥、森に住む鳥などが多く、東アフリカ、中央アフリカに住む鳥たちや欧州や南米からの渡り鳥もある。 ウオクイワシ、ゴリアテサギ、アフリカクロトキ、クラハシコウ、カワセミ、カッコー、ハチクイ、タイヨウチョウ、その他多様多種の水鳥が数多く観察できる。しかし、島にはテント施設があるだけで、観光客は食糧持参でこの島に行かなければならない。 * Mwanza, the fast growing city with tourist attractions Daily News July 29, 2006 http://www.dailynews-tsn.com/page.php?id=2460 今年3月、タンザニアの資源・観光大臣がアメリカ各地で一週間のタンザニア観光キャンペーンを行った。 そして帰国後、現在米国からの観光客は56,000人だが来年は200,000人にしたいと抱負を語った。 CNNネットワークにキャンペーンを依頼し、大手新聞社、旅行・観光雑誌などにも特集記事を依頼した。 昨年のタンザニアへの海外からの観光客は約65万人、そのほとんどは欧州からであるが、アジアからの観光客にも来てもらおうと努力している*。 『ダーウィンの悪夢』によるタンザニアの海外における悪印象を払拭しようとタンザニア政府や関係者は必死である。 * Daily News March 9, 2007/04/07
ムワンザ空港はカテゴリーUの空港である。空港はムワンザ市の北北東約10kmにある。 滑走路は一本、長さ3,250m(10,830ft)、空港は海抜1,130m(3,763ft)である。 世界的に有名なセレンゲティ国立公園やゲイタ金鉱山地域に最も近い空港であり、大湖地域のナイル・パーチの切り身の輸送ハブ空港ともなっている。また、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、コンゴ、ブルンジ等、近隣の東・中央アフリカ諸国間の重要なハブ空港ともなっている。 ムワンザ地域は、魚の切り身及び(ムワンザから90km〜100km地点にあるゲイタ鉱山産出の)金の輸出など、活気のあるビジネス中心地である。空港利用客も1999年の8万2千人から2002年には12万人、年15%の増加となっている。 空港には、これら乗降客の少なくとも10%の人々の宿泊施設が必要であるとタンザニア政府が考えているが、まだ計画段階である。機体メインテナンス・ハンガー(70m x 65mxH15m)(150万米ドル)の建設が計画されている。ザウパーの映画ではこれらの建設状況は確認できなかった。ロシア人クルーが炎天下のエプロン付近で機材を分解してメンテナンス作業を行っているシーンがあった。 ムワンザ空港の利用状況
出典:MWANZA AIRPORT http://www.tanzaniairports.com/inv_opportunities_details.htm http://www.tanzaniairports.com/statistics.htm 映画『ダーウィンの悪夢』では、滑走路周辺に墜落して放置された航空機の残骸のシーンがある。 滑走路先端の湖岸には離陸に失敗して沈んでいる一機を写すシーンがある。 航空機事故が多いことを印象付けるシーンである。確かに事故は多いようだ。 2000年2月3日の夕方、カーツームからナイル・パーチを積むために飛来したボーイング707型貨物機が、着陸態勢に入ったとき空港は停電中、空港は自家発電装置を起動して着陸誘導したが、貨物機は滑走路を2〜3回バウンドして、ヴィクトリア湖に墜落、乗員5名が死亡した*。 *Accident description http://aviation-safety.net/database/record.php?id=20000203-0 ザウパーの映画撮影後の2005年3月23日にも、イリューシン’76TD機が真夜中、クロアチア向けの50トンのナイル・パーチを積んで飛び立ったが、離陸に失敗し、湖中に墜落した。乗員8名が死亡した*。 * Accident http://aviation-safety.net/database/record.php?id=20050323-0&lang=en 2005年3月23日の事故の一週間前には、隣国ウガンダのエンテベ空港に着陸しようとしたイリューシン76型貨物機が着陸に失敗したが、乗員5名は救助されている。 このムワンザ空港における2005年3月23日事故は、最近4年間で発生した三度目の事故であり、いずれも、ナイル・パーチを積んで飛び立つ際に起きたものだ。幸いに前二回の事故ではクルーの死亡者はなかった。 しかし、この事故の数日前にダルエスサラームからムワンザ空港に着陸した乗客85人ボーイング737型旅客機は着陸時にタイヤ4本がパンクする事故が発生している*。 * Cause of Mwanza plane crash unknown March 28,2005 http://www.nationmedia.com/eastafrican/28032005/ 2007年1月24日付のIPPメディアは、タンザニアの地方空港の滑走路の安全性を取り上げた。タンザニア地方空港で滑走路の状態が悪いことで事故が多発していることに、警鐘を鳴らしている*。 * Review runway safety conditions in Tanzania http://www.ippmedia.com/ipp/guardian/2007/01/24/82950.html こんなに航空機事故が頻発すると、東アフリカを航空機で旅行するのも命懸けを覚悟する必要がある。 ******* 余談だが、他所の国のことはいえないのが現在の日本の航空界でもある。 ANAボンバルキア機はたびたび異常事態を引き起こしていることで有名である。幸いにして人身事故に至らなかったが、3月13日ANAボンバルキア機が高知空港で胴体着陸したことは記憶に新しい。そして、全日空は同型機13機すべてを総点検した。しかし、直後の4月3日、また同型機(中部国際空港発松山行き全日空1827便)が三重県四日市市の上空約1800mで、異常があり中部国際空港に引き返している。 同じ4月3日、羽田発福岡行きJAL329便ボーイング機の右翼エンジンに異常発生で、左翼エンジンだけで福岡空港に緊急着陸した。 どうやらどこへいっても命懸けの覚悟で航空機に乗らなければならない時代である。 ******** 14. 「死の影」を強調するシーンの連続 映画『ダーウィンの悪夢』の最初のシーンで、ムワンザ空港管制塔室内で何かに苛立つ航空管制官が、ハエ?を叩き殺すシーンがある。 管制官は空港の無線が故障していること、滑走路の案内照明灯が着かず、着陸態勢に入った航空機の誘導に苦心した話をしながら、もう一匹のハエ?を叩き殺す。このシーンが何を意味するのか最後までわからなかった。それにしても、この管制官はどうして管制室内で撮影することを許したのだろうか。あの管制官も夜警ラファエル同様、後で航空局のお偉方にたっぷり絞り上げられたに違いない。 ある映画評によれば、このハエ?叩きはザウパーの「死」の表現であると評している。このドキュメンタリーの最初から最後まで「死」がテーマになっているという。 なるほど、街中のストリートチルドレンたち、ペットボトルの飲み物を飲んで、だきあって眠りに入るふたりのこども、湖畔で魚を包装するために使われたプラスチック製の容器を溶かして蒸気を嗅ぐこども、「タンザニア」を歌っていた娼婦が殺されたことを話している仲間の娼婦たち、空き缶で炊いた食料を奪いあう子どもたち、その奪い合いの中に、ひとりの大人がその中に入ってこどもたちを引き分ける。その騒ぎのなかで一人のこどもの凄まじい顔*のアップがこの映画公式サイトで掲載され、映画ポスターにもなっている。どうもこのシーンは不自然で「やらせ」の臭いがする。 魚を獲るために湖に潜って網を張って片足をワニに食われた男、墜落した貨物機の残骸、よろよろと道を歩いて働けなくなって村に帰るのであろう男の後姿、村でのエイズに罹っていると思われる痩せこけた無気力な女、そして最も印象に残るのが、裸足の女がアラを乾している「骨場」、至るところに「死」の影を想像させるものだ。 「骨場」のシーンは、エル・グレコやヒエロニムス・ボッシュの絵画のように潜在的な恐怖を起こさせるようなイメージを沸かせるヨーロッパの観客を意識したシーンだという映画批評もある。それから巨大な腐った魚の頭が地面にどさっと落ちる場面、こどもが大きなナイル・パーチのアラ(頭部と骨部)を持つ異常なシーン*、裸足の足元の腐ったアラに蛆が蠢くシーン等々。観客はグロテスクなシーンの連続で強烈に印象付けられるが、いずれも不自然で「やらせ」を感じる。 *『ダーウィンの悪魔』日本語公式サイト http://www.darwin-movie.jp/introduction.html (つづく) |